私の祈り7

田中耕一さんノーベル賞受賞について 

 2002年のノーベル化学賞に、田中耕一さんが選ばれた。この田中さんの受賞には、近年あまり感じられないとてもさわやかなものを沢山感じた。
 まず、田中さんが全く純粋で無欲であること。博士号も修士の資格も持たず、しかも会社でも、昇進して役職につくと研究が出来なくなるからとの理由で、下から3番目の主任の地位で満足しているとのこと。地位や名誉欲にぎらついている人が多い中で、何と高潔ですがすがしいことではないだろうか。
 そして、田中さんの研究を発展させたドイツの研究者が、田中さんよりも論文提出が早かったにもかかわらず、その論文の中に「この研究は田中さんの功績によるが」との意味の一言を加えたため、田中さんにノーベル賞が与えられたこと。そのドイツの研究者も実にフェアであり、またそのことに関して田中さんがそのドイツの研究者が共同受賞をしなかったことを残念がっていることも実に感動的である。
 科学者といっても、他人の研究を自分の功績にしたり(柳田邦夫著「ガン回廊の朝」参照)、徒党を組んでオリジナリティーを無視して本を出版したりする輩も多いのが現実の世界であるのに、今回の田中さんのノーベル賞の受賞は純粋で素晴らしい。
 首相に会見するのにも、新幹線の「のぞみ」に乗れたことを嬉しがっていた事も、また首相ともう一人のノーベル賞受賞者小柴さん3人での会食で何を食べたかをよく覚えていなかったことも金や権力とは全く無縁であることの証明であるようで、ほほえましくもあり、いい話である。
 また、田中さんは生後すぐにご母堂に亡くなられお父さんの弟さんの家で養子として育ったそうであるが、それを田中さんは大学入学手続きまで知らなかったそうで、田中さんを自分の子供と分け隔てなく育てられたご両親の愛情もとても美しいと思った。
 田中さんのノーベル賞受賞は、暗い世の中への一条の光明であり、努力する人が報われる世界、そして人の心の美しさを再確認させてくれた。
 多くの人が夢や希望を失っている今の日本で、大切なことは何かを教えてくれた、感慨深いうれしいニュースだ。
 リストラが進み、冒険が許されなくなっているこの現実の世の中で、ひとりひとりの人間が掛け替えのない大切な存在であり、失敗のないところには貴重な経験が無く、貴重な経験の積み重ねが大切な財産になることを、今一度多くの人々のこころに刻み込んでいただきたい。

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