桜井哲夫の祈り

千鳥ヶ淵に来ました

石川逸子から詩集『千鳥ヶ淵に行きましたか』が
   贈られてから
長い時間が流れて
ようやく来ました 千鳥ヶ淵霊園に
二〇〇一年五月二十七日から六月一日までの韓国
   釜山旅行を果たして
ようやく霊園の前に立つ事ができました

千鳥ヶ淵霊園には
多くの無名戦没者が祀(まつ)られてあった
人が生まれ名前のないひとがどこの世界にいるでし
  ょうか
千鳥ヶ淵霊園に祀られた人々にも
大きな期待と願いを込めた
両親や祖父母や知人達によってつけられた
立派な名前があったはずだ
どうしてその人々が
無名の墓に眠らなければならないのだろうか
沸々と湧く怒りに手が震え足が震えた
一緒に頭を下げている石川逸子も金正美(キムチョンミ)も権徹(ゴンチョル)も
   赤尾拓子も同じ想いなのだろう
木立に鳴く蝉の声さえ怒りに震えていた

石川逸子は手向けの詩を朗読した
地下に眠る多くの名を奪われた人達の魂の嗚咽が
   聞こえてくる
朗読している石川逸子も泣いている
みんな泣いている
たった一つしかない見えない僕の目からも涙が流
 れた

千鳥ヶ淵の墓標の前を静かに離れた
七十七歳の身障者の俺に
再び霊園にお参りする機会が与えられることはな
   いかもしれない
だけど俺は決してあなた達を忘れない
あなた達が奪われたように
俺もまた両親からもらった名前を奪われたのだか
   ら

「桜井哲夫詩集」 : 土曜美術社出版販売

桜井哲夫氏はハンセン病のために国立草津療養所栗生楽生園に収容され、世間とは差別隔離された生活を余儀なくされた。ハンセン病は不治の病で伝染病で遺伝病であると固く世間に信じられ忌み嫌われ、名前さえ忘れ去られて生きていたのである。26歳で子供を産んだ(ハンセン病の親同士の子供は強制的な堕胎が当たり前だった)後亡くなった妻真佐子さんのお父さんは侵略者としての意識を持って朝鮮半島で働いていたそうだ。千鳥ヶ淵霊園には、第二次世界大戦での在日の韓国・朝鮮の戦争犠牲者も日本人とともに祀られているという。虐げられた運命を持った者だからこそ、虐げられた人々への哀悼は切実でわたしたちのこころを捕らえて離さない。

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