フランシス・ファーセラス・チャーチの祈り
「サンタはいるの?」
サン新聞社さま----
わたしは八歳です。
私の友だちに「サンタクロースなんているもんか」っていっている子がいます。
パパは、「サン新聞にきいてごらん。サン新聞のいうことがいちばん正しいだろうよ」と、いっています。
どうか、ほんとうのことを教えてください。
サンタクロースって、いるんでしょうか?
バージニア・オハンロンより
バージニア、あなたの友だちは「サンタクロースなんているもんか」といってるそうですが、その子はまちがっています。
このごろは、なんでもかんでも「そんなのはうそだ」と疑ってかかる人が多いけれど、その子もそんな疑りやりやさんなのでしょう。そういう子は、目に見えるものしか信じようとしないし、自分の頭で考えても理解できないものは、「あるもんか」と思ってしまうのです。しかし、自分の頭で考えられることなど、おとなだって子どもだって、そんなに多くないのですよ。
わたしたちの住んでいる、このかぎりなく広い宇宙とくらべたら、人間の知識なんてものは小さな虫ていど、そう、アリのようにちっぽけなものです。この広い世の中にある「すべての真実と事実」を考えてみたら、わたしたちが頭でわかっていること、知っていることなどは、ほんの少ししかありませんよね。
そう、バージニア、サンタクロースはいるのです。
サンタクロースがいる、というのは、この世の中に愛や、やさしさや、思いやりがあるのと同じくらい、たしかなものです。わたしたちのまわりにある愛や思いやりは、あなたの生活を美しく楽しいものにしているでしょう?
もし、サンタクロースがいなかったとしたら、この世の中はどんなにつまらないことでしょう!サンタクロースがいないなんて、バージニアみたいな子どもがいない、というのと同じくらいさびしいことだと思いますよ。
サンタクロースがいなかったら、すなおに信じる心も、詩も、夢のような物語もなく、人生はちっとも楽しくないでしょう。わたしたちが、喜びを感じるのも、目で見たりさわったり聞いたりできるものだけになってしまいます。そして、子どもたちが世界中にともした永遠の光も、消えてしまうことでしょう。
サンタクロースが信じられない、とはね!それじゃあ、妖精がいることも信じない、ってことになるね!
なんだったら、パパにたのんで、だれか人をやとって、クリスマス・イブに街中の煙突を見張ってもらって、サンタクロースをつかまえてみることにしましょうか?でも、もしサンタクロースが見つからなくても、それがどうしたっていうんです?
サンタクロースを見た人は、だれもいません。でも、だからといって、サンタクロースがいない、といえるでしょうか。この世の中でいちばんたしかでほんとうのもの、それはおとなの目にも、子どもの目にも見えないのです。
妖精が芝生の上でダンスしているのを、見たことがありますか?もちろん見たことがないでしょう。でも、見たことがなくても、妖精なんかいないんだ、ということにはなりません。この世の中には、目に見えないものや、見ることができないものが、ずいぶんたくさんあります。そんなふしぎなもののすべてを、人間がわかったりできるものですか。
赤ちゃんのガラガラはどうして音が出るのか、もし知りたかったら、それをこわして、中を調べることはできますね。
しかし、目に見えない世界は、一枚のカーテンでおおわれていて、どんな力持ちでも、力持ちが何十人集まっても、そのカーテンを、引きさくことはできません。そのカーテンを開けることができるのは、信じる心、想像力、詩、愛、夢見る気持ちだけなのです。そういう心さえあれば、カーテンのむこうにひろがる、美しく、きらきらした輝かしい世界を見ることができるのです。
そんな世界は幻ではないかって?バージニア、カーテンのむこうのそんな世界こそが、ほんとうであり永遠なのです。
サンタクロースがいないだなんて!うれしいことに、サンタクロースはちゃんといるし、これからもずっと生きつづけるでしょう。今から一千年たっても、いえ、その百倍の月日が流れても、サンタクロースは子どもたちの心の喜びとして、ずっとずっと、生きつづけることでしょう。
サン新聞 : 1897年9月21日号
執筆 : フランシス・ファーセラス・チャーチ
村上ゆみ子 : 著 : 「サンタの友だちバージニア」 : 偕成社
ニューヨーク・サン新聞社説 : 中村妙子: 訳 : 「サンタクロースっているんでしょうか?」 : 偕成社
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