中野孝次の祈り

 世間一般の人がどこそこの何の某であるのに対して、良寛はどこにも属さない。何も持たない、何者でもない人である。そのところが良寛のとらえがたさであり、また世間の人にとって気になるところだ。
 だが、この無に照らしたとき、有であるわれわれの姿が、はじめてこういうものかとわかってくる。有どうしで見合っていてはわからなかったのが、良寛という無用性を鏡としたとき、姿がはっきりとその鏡に映しだされる。
 これはちょうど、闇があるから光がある。暗さがあるから明るさがあるのと同じだ。まわり全部が明るさばかりだったら、明るさもわからず、美しいものも、ありがたいものもわからない。良寛という無があるから、われわれの有がわかる。良寛という人の役割はそこにあったのだ、とわたしは思った。無の有用性とはへんな言葉だが、良寛の位相はまさにそこにあったのである。
 そしてわたしの思いはさらに飛んで、実はわれわれ自身もすでにそのことを身をもって体験しているから、そういった事情がわかるのだ、と思うにいたった。体験とはほかでもない、1941年の開戦から45年の敗戦までの戦争中と、45年から50年ごろまで、戦後の廃墟の中での窮乏の体験だ。
 したがってこれを知っているのは、敗戦の年に十歳ぐらい以上であった年齢の人に限られるが、あの戦中戦後の極度の窮乏----食うに食い物なく、着るに衣服なく、住むに家なく、働くに仕事がなかった時代----まさに無にまで堕ちた生活が、有のありがたさを知らせたのであった。生きるために必要とするものがないから、それのあることがありがたかった。あのありがたさは無いということを体験しない人にはわからないだろう、とわたしは思った。
 いま、戦後の「奇跡の復興」から高度経済成長をへて、世界でも有数の経済大国となった日本には、食い物でも、衣類でも、クルマでも、テレビでも、何でもあり余っている。それが常態であり、当たり前のことになれば、誰ももうとくに物があってありがたいなどと、ことさらに思わない。とくに1945年以降に生れ、高度経済成長の中で育った人達には、物がいつでも手に入るということのありがたさなぞ、ぜんぜん感じないでだろう。
 有をありがたいと感じるには、無を体験しなければならない。ごくなんでもない当たり前のこと、たとえば自分が今日も生きているということを、ありがたい仕合せと感じるためには、死を、どんな形にしろ、体験しなければならない。死の恐怖、死への嫌悪があってはじめて生のよろこびがある。

中野孝次 : 著 : 「風の良寛」 : 集英社

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