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落合恵子の祈り
世の中を、もっとうつくしくするために
あれはいつだったろう。わが家の庭いっぱいにオレンジ色のポピーに似た花が咲いた春があった。
もう20年近くも前のことだった。
種子をまいた覚えはなく、ケシの一種だろうということはわかったが、名前もわからなかった。
「それがアマポーラよ」。弾んだ口調で教えてくれたのが「せんせ」だった。子どものころによくお世話になった小児科の医師である。
「ずっとずっと前、夫とスペインを旅行したの。生まれてはじめての海外旅行だったわ。そのときわたしたちが持ち帰った種子をご近所に配ったのよ、うちの庭は狭くてまききれなくて」
その種子がどこかの庭からわが家まで越境したのだろう。
庭がオレンジ色の花でいっぱいになったその春、「せんせ」はよく遊びに来た。
「彼も春まで待ってれば、よかったのに。そしたら、その花が見られたのに」。その前の年に、「せんせ」の夫は亡くなっていた。「そそっかしいんだから、あのひとは」。そう言った「せんせ」の丸い縁なしの眼鏡の奥に光るものを見つけて、わたしは「お茶、飲みませんか?」としか言えなかった。
毎年4月の夕暮れどきになると、「せんせ」の姿はアマポーラのそばにあった。
アマポーラは数年、花盛りを見せてくれて、なぜだかある年から咲かなくなってしまった。あれからさらに十数年。「せんせ」の家はすでになく、「せんせ」と仲がよかった母もまた、アマポーラといってもそれが何のことか思いだせない日々を送っている。こうして月日は滑り落ち、誰かの胸の、どこか深くて遠いところに普段は眠っている記憶が突然甦(よみがえ)り、思いがけない涙を連れてきたりする。
・・・・・遠い遠い昔、女の子は大好きなお祖父さんに言った。「大きくなったら、わたしもとおくにいく。そしておばあさんになったら海のそばの町にすむことにする」
「それはけっこうだがね」と言ってから、お祖父さんは続けた。
「世の中を、もっとうつくしくするために、なにかしてもらいたいのだよ」
女の子は深くも考えずに「いいわ」と頷(うなず)いた。
やがて女の子は「大きく」なって、遠い国を旅したり、図書館で働いたりした。そして・・・・・。あの日、お祖父さんに言った通り、海のそばで暮らすようになったとき、女の子は「おばあさん」になっていた。お祖父さんとの約束通り「世の中を、もっとうつくしくするために」大好きな花、ルピナスの種子を彼女は村中にまいて歩いた。・・・・・・のはらに、海ぞいのおかに、ひろいみちのりょうがわに、ほそいみちのわきに、きょうかいのうらに、くぼちに・・・・・・。そして「おばあさん」になったかつての女の子は種子をまいた花の名で呼ばれるようになった。
「ルピナスさんは小さなおばあさんですが、むかしからおばあさんだったわけではありません」。こんなフレーズが心に迫って、ダメだ、鼻のつけ根が痛い。
落合恵子 : 著 : 「絵本屋の日曜日」(「ルピナスさん--小さなおばあさんのお話--」バーバラ・クーニー作、かけがわ やすこ訳:ほるぷ出版) : 毎日新聞2005年3月13日:日曜くらぶ
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