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安田善次郎の祈りT
誰しも人から悪口をいわれると、一時は好い気持ちはしない、誤解を受ければそれを弁解したいと思うのは人情である。けれども私はいずれの場合にも、これは天がいわしめられるものである、自分の注意の足りない所を天が訓戒せられるものであると受取って、必ず身ら反省して後来(将来)を戒めるのである。汝の敵を愛せよという言葉は、この場合に於いて最も適切であると思われる。普通の友は自分に対して気に逆らうようなことはなるべく遠慮していわない、けれども
敵であれば、自分の欠点短所を遠慮なく暴露する、自分が自分の過失を覚えることの出来ない場合に、敵は遠慮なく真実を指摘してくれる。故にそれを取って以って後日の戒めとして修養すれば、敵の我に対する悪言は、我を策励(さくれい)する所似の忠言に外ならず、誹謗は我の真実を映す鏡ではないか。こう考えて見れば、敵は我を鼓舞し激励させる所似の良友であるから、汝の敵を愛せよとの古言は実に金言である。
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