R.タゴールの祈り
10
ここに あなたの足台がある。もっとも貧しい人、もっとも賎しい人、挫折した人たちの住むところ、そこで あたは足を休めたもう。
あなたの御前にぬかずこうとしても、わたしの礼拝はとどきません---もっとも貧しい人、もっとも賎しい人、挫折した人たちにまじって、あなたが足を休めていられる奥処までは。
おごる心では けっして 近づくことはできません---もっとも貧しい人、もっとも賎しい人、挫折した人たちにまじって、下層の民の衣をまとい、あなたがあるいていられるところへは。
わたしのこころは どうしても 見いだすことはできません---もっとも貧しい人、もっとも賎しい人、挫折した人たちにまじって、友なきものを友とする あなたのもとに通じる道は。
14
わたしの願望は数多く、わたしの叫びは哀れっぽい。それでもおんみは かたくなな拒絶でわたしに救いの手をさしのべる。そして、その厳しい慈愛は わたしの生命のうちに十重二十重に織りこまれる。
日ごと おんみは 求めずとも 素朴で大きな贈り物をとどけてくれる---この空と光、この肉体と生命と精神を。そしてこの身を その贈り物を受けるのにふさわしいものにしてくれる---過度な欲望の危険から、わたしを救いながら。
ときには もの憂げにためらい、ときには 目覚めて 目的地を求めてひた走ることもあるが、おんみは 非常にも わたしの前から姿をお隠しになる。
日ごと おんみは 非情にも わたしの願いをつぎつぎ拒むことで この身をして おんみを完全に受け入れるのにふさわしいものにしてくれる---あさはかな 漠然とした欲望の危険からわたしを救いながら。
17
わたしは ひたすら愛するひとを待っている---ついには その手に この身をゆだねるために。そのために こんなにも遅くなり、こんなにも怠惰の罪を犯してしまったのです。
人びとは 規則や掟をもって来て わたしをがんじがらめに縛ろうとしますが、わたしは ひたすら愛するひとを待っている---ついには その手に この身をゆだねるために。
人びとは わたしをとがめ 軽薄よばわりをいたします。たしかに 人びとの非難はもっともです。
市の日が過ぎ、忙しい人たちも すっかり仕事を終えました。わたしを呼びにきた人たちは
無駄だと知って、怒って帰って行きました。わたしは ひたすら 愛するひとを待っている---ついには その手に この身をゆだねるために。
19
あなたが言葉をかけてくださらないなら、わたしは、あなたの沈黙を心にみたして、じっとそれに耐えましょう。まんじりともせず、星のまたたく夜のように、辛抱づよく頭をたれて、わたしは 静かに じっと待ちましょう。
朝はかならず来るでしょう。---闇は消え、あなたの声は 空をつきやぶる金色の流れとなって 降りそそぐでしょう。
そのとき、あなたのことばは、わたしの鳥たちの巣の一つ一つから 歌の翼となって舞いあがり、あなたの歌声は わたしの鳥たちの巣のひとつひとつから 歌の翼となって舞いあがり、あなたの歌声は わたしの森のどの茂みにも 花となって咲き出ることでしょう。
24
一日が終わり、鳥たちはもう歌わず、風も疲れてなえるとき、闇のヴェールを わたしの上に厚くかけてください---あなたが 大地を眠りの夜具でくるみ、夕暮れ 萎れた蓮の花びらをやさしく閉じてやるように。
旅路がいまだ果てぬまに、雑嚢の食糧が空になり、旅衣はやぶれて埃にまみれ 精根尽きた旅人から、恥辱と貧困を取り去ってください。そして、あなたのやさしい夜の被いのもとに憩う一本の花のように、旅人の生命をよみがえらせてください。
27
光よ、おお、光はどこにあるのか?熱望の燃える火で 燈りをつけよう!
燈火はあっても 焔のかすかなゆらめきさえ見えない---心よ、これがおまえの運命なのか!ああ、それならば、おまえには 死のほうがはるかにましだ!
苦悩が おまえの戸口を叩いて、ことづてをもたらす---おまえの主は眠らずに、夜の暗闇のなかで おまえを愛の密会に呼んでおいでだ、と。
空には雲がたちこめ、雨は小止みない。わたしの内部にさわぎたつ このものは何か、その意味は何か、わたしにはわからない。
稲妻が一瞬ひらめくと わたしの目の前はいっそう暗くなる。そして、夜の音楽がわたしをさしまねく方向へと わたしのこころは 道を捜し求める。
光よ、おお、光はどこにあるのか!熱望の燃える火で 燈りをつけよう!雷鳴がとどろき、風は叫びつつ 虚空を駆けぬける。夜は黒曜石のように真黒だ。闇のなかで むなしく時をすごしてはならない。おまえの生命で 愛の燈火に灯をともすのだ。
32
この世でわたしを愛する人たちは、なんとしてでも わたしをしっかりつなぎとめておこうとする。けれども、彼らの愛よりはるかに大きいあなたの愛は そんなことはなさらない。あなたは わたしを自由にさせておく。
わたしが彼らのことを忘れはすまいかと、人びとは わたしを独りにはさせてくれない。けれど、どんなに月日が過ぎ去っても、あなたのお姿は見えない。
わたしが 祈りのときに あなたの御名を呼ばず、心にあなたのことをとどめていなくとも、わたしにたいするあなたの愛は それでもなお わたしの愛を待ち受けている。
36
わが主よ、これがおんみに献げるわたしの祈り---願わくは、」わたしの心の貧しさの根源を 打って打って 打ちすえたまえ。
願わくは、喜びにも悲しみにも かるがると 耐え忍ぶ力を与えたまえ。
願わくは、わたしの愛を 奉仕において 実らせる力を与えたまえ。
願わくは、貧しい人びとを拒むことなく、傲慢な権力の前にも 膝を屈することのない力を与えたまえ。
願わくは、わたしの心を 日常の無益なことどもから 超然と孤高に保つ力を与えたまえ。
そして願わくは、わたしの力を 愛をこめて おんみの御意志のままに従う力を与えたまえ。
43
そのとき、わたしには あなたを迎える準備ができていなかった---それなのに、わたしの王よ、あなたは群集のなかの一人のように、招かれもしないのに わたしの心のなかにこっそりしのびこみ、わたしの人生の過ぎ行く多くの瞬間に 永遠の刻印を押していった。
そして今日、その上にふと燈りをかざして、わたしはあなたの署名に気がついた。それらはわたしの忘れられていたありふれた歳月の喜びや悲しみに混ざって、塵のなかに散らかっていた。
塵にまみれた子供っぽいわたしの遊びを見ても、あなたは 軽蔑に眉をひそめて 立ち去りはしなかった。むかし わたしが遊び場で聞いた足音は、星から星へとこだまする あの天体の音楽とおなじものなのだ。
56
このように、おんみの歓びは わたしになかに みちみちています。このように、おんみはわたしのもとに降りてこられたのです。おお、おんみ、あらゆる天界の主よ、もしわたしが存在しなかったなら、おんみの愛は どこにあるのでしょう?
おんみは このすべての富を分かち合う盟友として わたしをお選びになりました。わたしの心のなかには おんみの歓びの尽きせぬ戯れがあります。わたしの生命のなかに おんみの意志が たえず 形となって現れます。
そして、このために、王のなかの王であるおんみが わたしの心を虜にしようと、美しく身を飾られたのです。また、このために、おんみの愛は おんみの恋人の愛に溶け、二人の全き結合のなかに おんみの姿が見られるのです。
57
光よ、わたしの光よ、世界に充満する光よ、目に口づけする光よ、心をやわらげる光よ!
おお、いとしいものよ、光は踊る---わたしの生命の中心で。いとしいものよ、光は奏でる---わたしの愛の竪琴を。空は裂け、風は激しく吹きわたり、笑いが大地を駆けめぐる。
蝶たちは 光の海に帆をひろげ、百合もジャスミンも 光の波頭に揺れ動く。
いとしいものよ。光は、雲の一つ一つに 金色に砕け、おびただしい宝石を撒きちらす。
陽気なざわめきが 葉から葉へと ひろがり、喜びは果てしない、いとしいものよ。天の川が 岸に氾濫し、歓喜の洪水があたりいちめんにひろがる。
59
そうです、わたしは知っている。すべてみな あなたの愛にほからぬことを。おお、わが心の恋人よ---木の葉の上に踊る あの金色の光も、大空に帆をかけて流れてゆくかのものうげな雲たちも、わたしの額に涼しさを残して吹きぬけてゆく この微風も。
朝の光が わたしの目に溢れる---これこそは わたしの心に宛てたあなたの音信。あなたの顔が 天の高みから覗きこみ、あなたの目は わたしの目をじっと見おろしている、そうして、わたしの心はあなたの御足に触れていた。
63
おんみはわたしを わたしの知らなかった友らに ひきあわせてくれました。おんみはわたしの家でないところに わたしの席をもうけてくれました。おんみは 遠くの人たちを近づけ、見知らぬ人を兄弟にてくれました。
住みなれた家郷を去らなければならないとき、わたしの心は不安におののきます。そんなとき、新しいもののなかに 古いものがやどっていることを、そこにもまた おんみが住んでいることを わたしは忘れているのです。
生と死を経めぐり、この世でも あの世でも、おんみちびきたもういづこでも、歓喜の絆で いつも わたしの心を未知なる人たちに結びつけてくれるのは おんみです---わたしの果てしない生命のただ一人の道づれ、恒に変わることなきおんみです。
人、おんみを知るとき、一人として異邦人はなく、一つとして閉ざされた扉はありません。おお、わたしの祈りをききとどけてください---多くの人たちとの触れ合いのなかで一つなるものに触れる至福を見失うことがありませんように。
86
おんみの僕である死が、わたしの戸口にやって来た。使者は 見知らぬ海を越え、おんみのお召しを わたしのもとにたづさえた。
夜は暗く、わたしの心は おびえている---それでもわたしは 灯火を手に 門を開き、うやうやしく使者を迎えよう。わたしの戸口に立っているのは、おんみの使者だ。
わたしは 合掌して 涙ながらに 使者を礼拝しよう。わたしの心の宝を その足もとにささげて 礼拝しよう。
使者は 役目をはたすと、わたしの朝に暗い影を残して帰って行くだろう。そして、侘しいわが家には、ただよるべないわたしの自我だけが おんみへの最後の献げ物としてとり残されることだろう。
92
わたしは知っている---いつの日か 地上のものがみえなくなり、生命が わたしの目に最後の帷をおろして、静かに 立ち去る日が来るだろうことを。
それでも、星々は 夜どおしまたたき、朝は 変わることなく 明けそめるだろう。そして時は 海の浪のように高まり、喜びや苦しみを打ち上げるだろう。
わたしの時間のこの終焉を思うとき、刻々にきざまれる瞬間の仕切りは破れる、そして死の光にすかして 巧まぬ財宝にみちたおんみの世界を わたしは見る。そこでは どんな賎しい座も すばらしく どんな卑しい生命も 尊い。
わたしが求めて得られなかったものも 得たものも---みんな 消え去るがいい。ただ、わたしがかつて 退けたもの、見のがしてきたものを まこと この手に持たせてください。
93
いざ 別れのときが来た、さようなら、兄弟たちよ!君たちみんなにおじぎをして わたしは旅にでかけよう。
ここに わたしの扉の鍵をお返ししよう---こうしてわたしは 家の権利をことごとく放棄する。いまは 君たちの口から 最後のやさしい言葉だけが聞きたい。
わたしたちは 永いあいだ隣人だったが、わたしは 自分が与えることができたものより、多くのものを受けとってきた。いま、夜が明けて、部屋の暗い片隅をてらしていた灯は消えた。お召しが来たのだ。そして わたしは旅支度をととのえて待っている。
95
生の敷居をまたいで はじめて この世を訪れたとき、わたしは なにも知らなかった。
真夜中の森の一つの蕾のように、わたしを この広大な神秘の懐へと花咲かせてくれたのは どんな力であったのか!
朝になって 光を仰ぎ見たとき、たちまち わたしは気がついた---わたしは よそものとして この世にきたのではないことを---名もなく形もない不思議なかたが わたしの母の姿となって その腕にわたしを抱きあげてくれたことを。
同じように、死してもまた、同じ未知なるかたが 古いなじみのように わたしの前に姿を現すことだろう。そしてわたしは、この生を愛するゆえに 死をもまた愛するだろうことを知っている。
幼な児は、母に右の乳房から引き離されると 泣き叫ぶが、次の瞬間、左の乳房をふくませてもらって 安らぎをみいだす。
タゴールの「ギタンジャリ」は東洋で初めて1913年ノーベル賞(文学賞)を受賞した。
R.タゴール:著: 森本 達雄: 訳:
「ギタンジャリ」: 第三文明社
「タゴール全集第1巻」より
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