皆川 達夫の祈り
音楽も人をすくうことができる
中学校時代のわたくしは日本の伝統音楽、とくに謡曲に熱中していた。もちろんベートーヴェンらの音楽からもふかい感動をうけてはいたものの、両者の論理はまったくかみ合わない。その相違はどこにあるのか。そんな疑問をいだきはじめた頃に、当時としては稀有なことだが、中世のグレゴリオ聖歌やルネサンス期音楽などヨーロッパの古い音楽のレコードを聴いて、大きな衝撃を受けた。
東西の古い音楽の研究をしてみたい。そんな少年の夢は、しかし、迫ってきた戦争の前にあえなくついえた。偏狭な国粋主義をふりかざして正義の戦争を謳歌し、音楽ごときに熱中する者には「非国民」「国賊」というレッテルを貼りつける風潮一色に塗りつぶされていったのである。なにやら今の日本に再びこれが起こりそうにも案じられるのだが、そうなったら思想や信仰の自由、人権、女性の平等などは一切抹殺されてしまう。
そのような空気の中で、自分が死ぬのもいやだが人を殺すのもいやという人間が生きる唯一の方法は、音楽をすてて医者になることである。幸い医学勉強の中途で戦争は終結し、生命を失わずにすんだわたくしは、一度死んだはずだから食えなくてもよいと、念願の音楽史研究の道を歩むことにした。ある先輩から「医学は人を救うことが出来るが、音楽では出来ない。医者になれ」と忠告されたが、わたくしの心中には「音楽も人を救うことが出来る」という思いが鳴り響いていた。
この信条はかなり後、隠れキリシタンの「オラショ(祈り)」との出会いによって決定的にされた。徳川幕府の弾圧下、九州の離島でひそかにキリスト教の信仰を守り続けてきた人びとが不思議な節回しで歌う「オラショ」の中に、スペイン固有のラテン語聖歌が秘められていることを、七年間にわたるヨーロッパの図書館調査で明らかにした。四百年前に日本にもたらされた聖歌が今なお歌いつがれていることを確かめて、言いしれぬ感動をおぼえた。明日にも磔にされるかもしれぬ極限状況の中で、隠れキリシタンたちは歌いつつ祈ることで救われたのである。
さらにしばらくして、ある女子大で講義が終わったわたくしのところに一人の学生が近づいてきた。「先生、私がこの世に生まれて今日あるのは、先生のおかげです」
事情を聴くと、彼女を胎内に宿した母親が病院のベッドから起きあがることも出来ずに苦しんでいた時、唯一の救いはわたくしが二十年間解説を担当してきたNHKFM放送『バロック音楽の楽しみ』であった。「この世にはこんな美しい音楽があるのだから、私もがんばろう」。それによって無事、彼女を出産することが出来たという。わたくしのような者が人の生命を救うことが出来た。涙が出る程うれしい話である。しかし救ったのはわたくしではなく、音楽であった。医学をとるか音楽をとるか迷った時、「音楽も人を救うことが出来る」と信じたのは決して誤りではなかったのである。
皆川 達夫(立教大名誉教授) : 自分と出会う : 2001年10月23日 : 朝日新聞朝刊
私も、皆川達夫先生解説のNHKFMの『バロック音楽の楽しみ』はよく聞いた。朝6時からの約1時間のさわやかな時間帯の番組であった。皆川先生の温厚で真摯な解説と、復興して全盛期を迎えつつあったバロック音楽一杯のさわやかでこころ洗われる素晴らしい内容だった。バロック楽器の先駆者のコレギウムアウレウム合奏団や夭逝した名バロック演奏家デヴィッド・マンロウ氏やレッパード氏やウェストミンスター合唱団などのイギリスの名演奏家、そして名カウンターテナーのデラー氏、またブリュッヘン氏やアンナ・ヴィルスマ氏を始めとするオランダの名古樂奏者たちの素晴らしい演奏、そして当時全盛期だったカール・リヒター氏などの名演奏を感動しながら聞き入ったことを思い出すのである。この番組を聞いて、私も救われることが多かったし、今日も生きようという気持ちにさせられたことを思い出し、「音楽は人を救う」ということに気付かされた。今日の音楽療法の先駆けともなったこの素晴らしい番組は、同時に皆川先生の素晴らしい人格と祈りによって私達に伝えられていたのである。
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