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私の祈り10 私たちは、孤独や絶望や病いという事態に立たされた時、どうしたらよいか大変混乱した状態にならないだろうか? そのときは、「神さま、助けて下さい」と心の中で叫ぼう!「私はつらいのです」、「私は泣きたいくらいにつらいのです」、「私は絶望のあまり涙も涸れ果てました」、「もう頼る人も誰もいません」、その様なときに「もう神さまにしかすがれません。どうか助けて下さい」と心の中で祈ってみよう。 我々が、疲れ果て、絶望の淵に立たされたとき、孤独の涙が涸れ果てたとき、そのときこそ必死になって神さまが我々を支えて下さるのだ。 我々はこの世に生を受け、様々な困難に出会う。困難の中には、他人では解決出来ることではなく、自分で解決しなければいけないことが必ずあるだろう。、その荷物があまりに重いとき「神さま、助けて下さい」と祈ってみよう。 神さまは私たちを愛していてくださる。われわれは普段は神さまのことに気が付かない。「苦しいときの神頼み」と半ば茶化して言われることがほとんどだが、苦しいときにこそむしろ神さまの愛にすがってみよう。 神さまの愛は一方的な愛である。われわれがこの世に生を受ける前から、神さまはわれわれの事を覚えていてくださり、愛していてくださるのだ。 私たちが困難なときに「何で私がこんな目にあわなくてはいけないのだろう?」「この世には神も仏もいないのか?」と思う事態に遭うことも人生の中ではあるだろう。その様なときに神さまにその理由を問うても答えは返ってこないことがほとんどだろう。その様なときには神を恨まず「神さま、助けて下さい」と祈ってみよう。 ひたすら、ひたすらに祈ってみよう。 天国とは、多くの苦しみ、艱難(かんなん)を乗り越えたところにあるのだ。 どんなに絶望的な状況でも、神は決してお見捨てにはならない。 |