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私の祈り14
患者さんの運命は、出会いによって左右される。
患者さんは、出会った医師や、友人、知人によってその運命が左右されることはあることだと思う。
せっかく、良い治療法を行う医師に恵まれる幸運な患者さん、せっかく良い治療を行う医師と出会っても、その医師の持つ本当の力を拒絶して、自分で治療法をきめてしまう患者さん。
患者さんは、正しい医学情報を持たないことが多いので、知人、友人で治らなかった病気が、良い医師との出会いによって良くなったことを聞いて、自分も良くなりたくてその医師の扉をたたく人と、それでも他の情報に頼りその医師の持つ良い医療にめぐり合えない患者さんもいる。
最近、驚いていることがある。
それは、健康雑誌やインターネットのホームページの広告によって、正規の治療ではない保険外の治療を(もちろん自費である)行う医療機関と、それを受ける患者さんが増えていることである。
医療・社会福祉制度がどんどん後退していく中で収入が減って収入をあげようという医療側と、藁をもつかみたい弱い立場の(しかしお金持ち)患者さんの需要が増えているためだろう。
私は、このようなことが堂々と行われているのは、患者さんの集まる東京などの大都市の話だとばかり思っていた。
しかし、最近は、この仙台市でも、また東北地方にも、このような動きが出てきたことである。
保険の制限が進む中で、藁にもすがりたい患者さんは、健康情報に敏感だ。
医学は科学であるが、まだまだ100%の患者さんに有効な治療法というのも、あまり多くはない。
それで、経済的に余裕のある患者さんは、ある患者さんに聞いたというかすかな情報を頼りに、情報をどんな手段でもつかって収集しようとする。その結果、高額の保険外の自費治療に飛びつくのだ。
保険証1枚で、日本国の住民はだれでも好きな医療機関で、公平な治療が受けられたはずだった。
このことも、最近の医療制度改革で、患者さんがどこの医療機関を受診したらよいのか混乱している原因の一つであろう。地方から、医師がどんどんいなくなり、地域格差が出ているため、患者さんも医師の数の多い都市部に集中する傾向にあるようだ。
また、最近は、保険制度を専門医単位に区分するためなのか、専門医制度が厳しくなり、専門医制度を維持するために学会出席や勉強会出席が義務になってきており、他に応援を頼めない開業医には困難さがどんどん増していくばかりだ。
4月22日の毎日新聞のトップの記事では、往診をするホームドクターまで専門医を作るということだ。
田舎で、患者さんのために日夜を問わず往診などの診療に明け暮れる医師にとっては、義務化するであろう学会出席は可能であろうか?
日本の医療福祉は、近年経済的な問題で、どんどん縮小に追い込まれている。
当クリニックにも、介護保険5(つまり寝たきり)の家族を施設に預けられず、家族が仕事をやめたり休暇をとって面倒を見ている患者さんが増えている。その様な患者さんは、もちろん経済的にも窮地に立たされていることが多い。
また、介護施設で働いている人たちも、職員減らしのため過剰労働になり、身体を痛めて来院される介護職員も増えている。当クリニックでの治療を終えて、しばらく無理しないことを説明しても、仕事があるから無理と応えられることが多い。
本当に、日本の医療・福祉はこのままで良いのだろうか?
今後、もっともっときつくなると思われる医療福祉問題になぜ皆本音を言わないのだろうか?
私は、最近の日常診療を行っていて、社会が次第に疲弊していき、またお金持ちの人は何でもありという現状に、日本の社会が病気に陥っていることに心が痛んでいる。
これからは、ますますこの異常な事態がすすむであろう。
我々が無力であれば、もう我々をこの世に送り出してくださった偉大な存在に祈るしかない。
私は、毎日祈っている。
一人ひとりの患者さんや、その家族に幸福がやってくることを祈りながら診療に当たっている。
もう、祈ることしか、私には出来ないからだ。
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