私のいのり15

 最近、医療・福祉の世界が荒廃の道をひたすら進んでいっている。最近は、中小病院だけでなく、個人開業医の倒産も増えている。地方から、医者がいなくなり、都会でも、リスクを伴う診療科の医師の数が減少し、中小病院でも医師不足が深刻になり、おまけに利益が上げられない開業医は廃業へと追い込まれる。介護の面でも、つい最近は、最大大手の介護保険会社の不正請求問題でこの会社は介護事業から撤退するという。


 そもそも、医療・福祉産業は、昭和30年の国民皆保険制度の制定以来、国民が保険証1枚で、日本のどの医療機関でも受診できるという、世界でも大変まれであり国民の立場に立った素晴らしいものであった。

 以来、国民は自由主義世界の中で最も成功したといわれるこの国民皆保険制度のもと、健康や病院生活での福祉が保障されてきた。

 しかし、経済的な理由により、K首相が登場して、自分の所属政党をぶっ壊しても制度改革を行うとの建前のもとに、議論もあまり行われないままに医療福祉政策はどんどん改革されていった。

 地方の医療をになっていた国立大学も、独立行政法人として自らが利益を求めなければ、潰されることになった。国立大学の医局制度は崩壊し、仕事が極端に多く、待遇も悪く、学生の授業もやらなければいけない地方国立大學の医局には、医者が寄り付かなくなってしまったそうである。

 それまで、大學の医局人事にたよっていた地方の中小病院からは、人手の足りない地方国立大学病院は自分の医局の医者の撤退を図った。そうしなければ、地方大學の医局自体が成り立たなくなるからである。こうして、地方病院 からは医者はどんどん姿を消した。また、大學医局の人間関係や、医者個人の行いたい医療の実現のために、大学に戻らず、開業したり、それまで大學から人事を出していなかった病院に就職する医師が増えた。
 そこで、益々、地方大學の医師が減り、大學医局に戻る医師の数も減り、これまで人手の足りない地方病院への医師供給のもとになっていた医局制度が崩壊した。

 また、社会的入院といわれていた地方の入院患者も、交通が不便だったり、雪に鎖されて症状の増悪のときに危篤状態に陥るのを防ぐ役割も行っていた。しかし、医療制度の改革によって、入院日数により、患者さんの保険点数がどんどん減らされるために、一時は人工呼吸器をつけなければ生きていけない患者さんが引き取り手の病院がないまま、自宅に戻されいのちに関わったことまで問題は深刻化している。

 独立行政法人化で、すべての診療科で利益を挙げなければいけないなど、無理なことは自明なのではないだろうか?

 医療制度改革のもと、地方大學も中小病院も、皆困っている。一番困っているのが、患者さんである。

 そもそも、グローバリゼーションのなかでアングロサクソンの功利主義、ユダヤの功利主義に日本の社会が、直接さらされ、利益だけを追求するそれらの社会、主義に、患者さんの利益を優先してきた日本の医療福祉は会わないのではないだろうか?

 間違っていたら、傷が深くならないうちに対策を施すことである。日本の大学病院のなかで、独立行政法人化で利益を出して自前でやっていけるところは、おそらく数えるばかりだろう。

 それなら、地方大學だけでも良いから、医療改革前に制度を戻してみてはいかがなものだろうか?

 日本の医療費は、日本政府は高いというが、先進諸国では低いほうである。

 以前から言われている公共投資に掛ける公費も下がらず、また国民のパチンコにかける金額も相当なものである。

 最近は、お金持ち老人を対象にしたケア付き医療保障付きマンションの建設ブームである。医療・社会福祉が、本来の目的を忘れ、お金儲け、金権主義に走ってきている証拠なのではないだろうか?

 年金問題で、今世の中は揺れている。

 国民は、やはり安心して暮らせる世の中を望んでいるとしか思えない。このままでは、医療・社会保障制度が現状よりよくなることは考えられない。

 どこかで、手を打たなければいけないことは、国民一人ひとりが、今後の自分の医療福祉のためにも、子孫たちの医療福祉のためにも、もっともっと切実に考えなければいけない大切な問題なのである。

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