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ランボーの祈り
戦禍
機関銃の吐き出す真紅(まっか)な血へど
終日、真澄(ますみ)の空かけて、うめきつづけ
赤や緑、軍装はなやかな部隊相次いで
敵火に滅びゆくさまを、冷ややかに、王眺めたもうというに。
言語道断な狂気沙汰(きちがいざた)のおかげで
幾数十万の兵(つわもの)が、見るまに屍(しかばね)の山と変わってゆきつつあるというに。
------大自然よ、哀れじゃないか、夏草に埋れ、
お前の歓喜のさなかに、死んでゆく者どもが、
お前はあれほど聖(きよ)らなものに、人間を造っておいたのに---------
あきれたものよ、神さまが、金襴(きんらん)の打敷(うちしき)や香の煙や
黄金の聖餐杯にとりかこまれ、にやにやしてござるとは、
賛美歌の節にゆられて、居眠りをしてござるとは、
しかも、お目々のさめるのは、戦死者の母親たちが、
苦悩にうちひしがれながらも、古ぼけた被(かぶ)り物の下で、涙にくれながら
手巾(ハンカチ)に包んできた賽銭を、捧げ奉る時に限るとは。
La Mal
アルチュール・ランボー : 作 : 堀口大學 訳 : 「ランボー詩集」 : 新潮文庫
人類はこれまで数え切れない戦争を行ってきた。数え切れない人々を殺し、傷つけてきた。
われわれの日常のまず基本にあるのは「殺してはいけない」という普遍の観念だろう。
私は幼かった頃、どうしても戦車のプラモデルやピストルのおもちゃを買ってもらえなかった。それは、日露戦争で多くの親類を亡くし、第二次世界大戦でで7年間も夫を戦争に取られ、自身グラマン戦闘機の機銃掃射を受け、戦中戦後の食糧難や苦しい生活を経験してきた母の深い心の悲しみの体験のゆえだった。
世界では現在も戦争が行われている。日本は幸いにも60年以上戦争を体験しないという幸福を味わってきた。食料の自給率が極端に少なく、天然の鉱物資源に恵まれないわが国ではこれからも戦争をしない努力を、また戦争に巻き込まれない努力を続けていかなければいけない。
また世界中の平和を祈り、平和を呼びかけて行くことを、多くのわれわれの先達が教えてくれている。
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