新渡戸稲造の祈り2

愛国心の現わし方

 我国には国を愛する人は多くあるが、国を憂うる人は甚だ少ない。しかしてその国を愛するものも盲目的に愛するものがありはせぬかを虜(おそれ)る。かつてハイネの詩の中に、仏人が国を愛するは妾(そばめ)を愛するが如く、独逸人は祖国を愛する如く、英国人は正妻を愛するが如くであるというた。妾に対する愛情は感情に奔(はし)ることが多く、可愛い時には無闇に愛するが、ちょっと気に入らぬ時にこれを擲打(ちゃくだ)するに躊躇(ちゅうちょ)せぬ。祖国を愛するのは御無理御尤(ごむりごもっとも)一天張りである。正妻を愛するのは、妻の人格を重んじ、自己の家と子供のとの利害を合理的に考え合わせて愛するので、妻に過ちがあればこれを責めて改悛させるその愛情は一時的の感情に止まらぬのである。
 世人はよく国際の関係には道徳なく、正義人道が行われないというものもあるが、我輩の見る所では、決してこれらのものが皆無であるということはない。今日はいまだ何事もこれらの標準によりて決せらるるとは言い難いのであるが、しかし早晩国の地位を判断するには正義人道を以てする時が来るのである。近頃は何れの国でもその心事を隠すことが出来ない、国民の考えていること、政府の為したことは、殆ど総て少時間の後に暴露し、列国監視の目的物となる。そこで世界の各国が一国を判断する時には、その言うこと為すことの是非曲直を以て判断する。あるいはその代表者が如何なる言を発したか、如何なる行動を執ったかによりて判断する、またある国家が卑劣であり、姑息であり、陰険であり、また馬鹿げたことをすれば、それは直(たちどころ)に世界に知れ渡るのである。従ってある国が世界のため、人道のために如何なる貢献をなしたかは、その国を重くしその威厳を増す理由となる。国がその位地を高めるものは人類一般即ち世界文明のために何を貢献するかという所に帰着する傾向が著しくなりつつある。

1925年1月15日『実業之日本』28巻2号)

岩波文庫 : 鈴木範久 : 編 : 「新渡戸稲造論集」

 これは、日本の生んだ偉大な国際人「新渡戸稲造」氏が今から80年以上前に述べられたことである。80年後の今日を見るに、この新渡戸氏の言った事は、未だ行われていないのが現実だ。各国は、それぞれの利害関係に固執し、人類は経済的な理論とグローバリゼーションの中で、どんどん貧富の差を増し、地球環境は劣悪の限りを来たし、人道主義なんてほんのわずかばかりが行われるばかりだ。利害関係、貧富の差は人々の心に憎しみを生み出し、この論文が書かれた世界恐慌前夜、第2次世界大戦前夜と大して変わりない状況にある。
日本は、グローバリゼーションに巻き込まれず、人道的な観点から国際関係に貢献していかなければいけないことは、新渡戸氏の言とまたく同じことである。
美しい国は美しい世界を作ることに他ならないのではないか、そのために日本は日本自身の持っている良いところを育て伝えていかなければいけない。それはひとり日本人のためだけにではなく「宇宙船地球号」の乗組員全員のためで無ければいけない。

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