介護保険と医療制度改革と今後の麻酔科ペインクリニック開業
江場 克夫
仙台いたみのクリニック
Practice of pain clinic under the influence of coming care insurance and reform of medical insurance system
Yoshio Eba
Sendai Itamino Pain Clinic
要旨
少子高齢化社会を迎え介護保険開始を目前に医療改革も行われようとしている現在、医療界は大変動期を迎えている。麻酔科ペインクリニックの開業も例外では無い。医療界には厳しい状況になるがペインクリニックは今後の高齢化社会では福音になる。又、今後の医療従事者には高い倫理性が求められ同時に自己修練と自己管理が必要となる。
キーワード:介護保険、医療制度改革、麻酔科ペインクリニックでの開業
はじめに
ピラミッド型の人口構成、高度経済成長によって支えられてきた日本の医療制度は、超高齢化社会、経済成長のマイナス化に伴い、医療と福祉の分離化や介護保険制度の開始、それに医療費抑制の目的に医療保険制度改革が実行されようとしている。そのまっただ中で医療界は今大きな変動の波の中でもまれている。麻酔科ペインクリニックの世界も例外ではない。開業医の立場からこの大きな変動を観察し今後の医療、麻酔科ペインクリニックでの開業、そして今後のあり方を考察してみた。
1.医師数の推移と医療制度の変遷(図1)
1961年に国民皆保険制度が成立し保険証一枚で国民の誰でもが医療を受けられるようになった。国も医師の絶対数不足や都市・地方間の医師数偏在問題を正すべく1962年に医学部入学定員増加や1970年に医師供給目標を定め1973年には無医大県解消を計画した。これらの政策により1984年には人口10万人当たり150人の医師供給目標が果たされ、今度は逆に医師供給過剰が問題になり最近では医師数を減らすべく保険医定年制、保険医定数制、医学部入学定員削減、医師国家試験調制による医師供給数制限が話題になり一部実現されつつある。現実問題でも病院でのポストが増えない事などの事情から開業医数が増加してきた。これに伴って開業医間それに病院と診療所間での患者獲得競争が激化してきた。又、2000年4月からの介護保険制度開始に伴い「かかりつけ医」になろうという動きやさらに介護支援専門員(ケアマネジャー)になる医師も出てきた。又、診・診連携、病・診連携の流れも出てきた。今後営利目的の民間企業の医療、福祉への参入も含め、大病院の医療関連産業への参入及び関連外来施設の設立を行ったり、24時間診療を行うコンビニクリニックの設立を行うなど、今後開業医、民間病院を含めての生き残り競争がさらに激化するものと考えられる。しかし、経済効率優先によって医療改革が進められると、必要としている患者さんや要介護者が適切に医療や介護を受けることが難しくなる危惧も出てきている。最近では病院組織内に療養型病床や介護施設、さらに訪問看護ステーションを設け、同一の施設の中で患者さんの入院や介護さらに在宅医療を行い「自己完結型」ともいうべく患者さんの独占化を図る施設も出てきた。このように経済効率優先を図る現状の中で医療に携わる人々のモラルの問題も今後考えなければならない時代に入ったものと思われる。医療・介護が適切に行われているか否かを監視監督するシステム(オンブズマン制度)の設立も必要になってくる事態も考えられる。
2.医療制度改革について(図2)
今までの医療制度では1.国民皆保険制度、2.自由開業医制、3.出来高払い制の3つが柱になり患者さんは保険証があれば自由にフリーアクセスで医療を受けることが出来た。しかし医療制度改革では「かかりつけ医」構想が出来、患者さんが自由意志で好きな医療施設を受診することが難しくなる可能性も出てくるものと考えられる。又、保険者機能の強化により保険者が医療機関を選択して受診させる(保険者の立場から医療費のより低い医療機関)問題も実際起こっている3)。さらに情報公開の推進によりレセプト開示が実施され4)
、カルテの開示も論議されている5) 。
又、医療機関の機能分担の細分化により専門医制度のあり方も論議されている。実際保健の締め付けが厳しくなり多くの先生方の努力にも拘わらず「ペインクリニック」が診療科として認められないことに開業としてペインクリニックが今後成り立っていくか不安を感じる医師も多いと思われる。長期入院や社会的入院の是非が計られ、保険の適応制限からまだ医療の必要な患者さんの退院促進や病院間のたらい回し、さらにまだ治療が必要なのに入院を拒否され退院在宅化への動きもみられる。又、包括保険導入が急速に進められ疾患名により治療内容に拘ず診療報酬支払額の上限が決められようとしている。又、高齢者医療保険制度新設や患者さんの自己負担の増加が計られ実際の診療の場では自覚症状の無い慢性疾患患者さんの通院中止や服薬の自主中止が問題になっている。又、同時に審査の充実、指導監査の強化策が計画され今後指導強化、レセプトチェックの厳しさの増強など医師が必要と考えて行った医療行為が査定される厳しい大変な時代になってきた。
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「国民皆保険制度」 |
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「自由開業医制」 |
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「出来高払い制」 |
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↓
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1. 保険者機能の強化
2. 情報公開の推進
3. 医療機関の機能分担の明確化
4. 長期入院・社会的入院の是正
5. 過剰病床の削減
6. 薬価基準制度の廃止
7. 急性期入院医療への包括化導入
8. 外来慢性疾患への包括化導入
9. 高齢者医療保険制度創設
10. 患者負担増
11.
審査の充実、指導監査の強化
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図2 医療制度改革2)
3.患者・被介護者からみた改革の問題点(図3)
1997年9月の診療報酬改定により患者さんの自己負担が増え医療機関受診抑制が続いている6)。介護保険制度が始まり医療制度改革が始まると自己負担の増加は避け難く、貧しい人々、収入の少ない人々、年金生活者の中で病気になる人や介護を受けなければいけない人々が果たして適正な医療や介護を受けられるかどうか難しくなる可能性が出てくる。又、介護をうけている最中に病気になった場合や入院中に何らかの急病になった場合に適正な医療行為を受けられるよう制度や法的な整備が急務であると考えられる。これらの問題が多くの人々に心理的不安を与え、失業問題や雇用問題と合わせて今日の社会不安の一つの原因にもなっているものと考えられる。
(医 療)〜自己負担率
図3 患者・被介護者からみた改革の問題点
[ 介護保険及び医療保険改革の影響
]
1. 麻酔科、ペインクリニックだけの問題ではない。
他科すべてを含めた医療界、開業医全般についての問題である。
2. 今後の改革により医者、開業医の経営は困難さを増していく。
これからは、開業を成功・維持していくのは大変な時代に入る。
3. 民間営利目的業者が参入してくる。
4. 必要な医療が適切に行われているか否かが問題になる。
5. 貧富の差。
6. 主客の問題。
4.医療改革による医療サイドの変化と対応
新制度下で開始される「地域医療支援病院」と「大病院」それに「かかりつけ医」との連携がスムーズに行われるかどうかが今後問題になるものと考えられる。有床診療所のあり方も問題になってくるが、在宅医療も行えスタッフの対応も可能な施設は療養型病床群への移行も行われるが、今後の医療費抑制策の見通しから病棟を閉鎖し外来のみを行う施設も多い7)。又、新たな開業形態として複数の医師で診療所を運営したり、グループ診療を行う動きもみられる。医師の共同診療は難しい面も多いが専門領域をうまく分けて協力したり学会出席や24時間体制の目的にて今後医師同志が協力し合う機会が増すものと思われる。その意味も含めて診・診連携、病・診連携は促進されるものと考えられ、さらに在宅医療を行う場合は福祉施設や訪問看護ステーションとの連携も必要と考えられる8) 。その動きの中で一人の患者さんを複数の医師や施設で看るためには医療情報のネットワーク化や電子カルテ等のカルテの共同化が必要になるものと考えられる2)。
図4 医療法改正による医療施設の変化
@ 「地域医療支援病院」と「かかりつけ医」との連携
A 有床診療所の療養型病床群への転換
B 患者の大病院志向の是正
地域医療支援病院の外来は原則として紹介制になる。
大病院の中には
を開設
C 複数の医師で診療所を運営
D グループ診療
E 診・診連携、病・診連携の促進
F 福祉施設、訪問看護ステーションとの連携
G 医療情報のネットワーク化の普及
・ICカード
・電子カルテ
5.介護保険及び医療改革が社会に与える影響
新制度下での「かかりつけ医」制度がどの方向を向いているのか分かりにくいが、医療界が細かい専門分野に分かれている今日、全身管理が出来、患者さんの急変にも対応出来、又、多くの他科の医師とコミュニケーションを持っている麻酔科医そしてペインクリニック医はまさに「かかりつけ医」にふさわしく、専門医療が必要な時には診・診連携、病・診連携をうまく行えるものと考えられる9)10) 。又、介護保険や医療経営に民間営利業者が入ってくることにより、利益が上がらなければ患者さんや要介護者を充分に治療、介護しない可能性も出てくるだろう。先行投資目的で赤字覚悟で介護サービスに参入し介護保険制度が働くまで市場の獲得をめざす業者が問題になるだろう。その中では人件費の切り詰めによりホームヘルパーやスタッフが疲弊しているところもみられる11)12) 。医療や介護を受けるのも一人の人格を持った人間であり、その人格をしっかり受けとめ医療、介護に当たるためには医療従事者やホームヘルパー、訪問看護婦達が肉体的にも精神的にも健康であることが前提条件であり、今後この保証の有無も大切な問題になるものと考えられる12)。 又、自己負担も増加するため経済理念重視が行われると貧しい人が本来受けるべき医療や介護を受けられるか否かの倫理的問題が生じる。同時に医療や介護の主体が行為を受ける側にあるのかそれともすべて経済的な観点で進められて良いのか倫理的な問題が残る。この他にも介護保険の問題として図4に示した問題があり、基盤整備の出来ていない地域に介護が行き渡るか否かの問題もある。民間業者も参入しない地域も相当数出てくるものと考えられるので、今後自治体の統合や政策の協力が必要になるものと考えられる13)。
6.NPO法(特定非営利活動推進法)の活用
このような変動期の中でも解決の1つに結びつく法律が1998年12月に成立した。それがNPO法である。少子高齢化社会の中で何かと暗い予想が多いが高齢者の中でも働く意志と能力を持つ人は多く、要介護者についてヘルパーや日常生活の手助けが出来、又、組織造りを行うことによりその人のそれまで培ってきた能力を生かせる機会が出来るものと考える14) 。これを税金面で優遇するのがNPO法であり非営利で世の中の役に立ちたいと願う高齢者を含めた人々と、それに地域の農協や生協のサービス基盤を向上かつ組み合わせることにより福祉に役立てることが可能になった15) 。
7.医の倫理について
このような大変動変革を向かえる医療界においては今後医の倫理が増々大切になるものと考える。図5は「ヒポクラテスの誓い」であるが、この誓言は医師としては当然のことであり、さらに今後は患者さんの立場に立った医療行為、患者さんの目線と同じ高さに立った医療行為、医師の善意と良心に基づく医療行為が必要な時代になるものと考える。
医師アポロン、アスクレピオス、ヒギェア、パナケイアおよびあらゆる男神女神の前に誓う。この誓約、この義務をわが力、わが誠を以て服贋せんことを。わが力、わが誠を以て病者のために計り、その危害を禦がんことを努むべし。純潔と敬度とを旨として、わが生を送り、わが術を施すべし。いずれの家に入るにも、一に病者の安寧を念とし、不善不義を遠ざけ、ことに男女を問わず、自由民と奴隷とを論ぜず、これと情交を結び如きことをなさざるべし。義務上より見聞し、または人の私生活に関して知り得たる秘密は厳守して口外せざるべし。われ能くこの誓いを守りて悖ることなからんには、ねがわくはわが生にわが術に幸多からしめ、永く世人の尊敬を受けしめ給わんことを。もしこれを破らば、われに処するにその逆を以てし給うべし。
( 今 裕 訳 )
( 荒井保男著 「続医の名言」 中央公論社発刊より
)
図5 ヒポクラテスの誓い (抄)
8.今後大切なこと
介護保険が始まり医療改革が行われるこれからの大変革期を迎える中で我々医師には患者さんや要介護者が必要としていることに充分に答えて行くこと又、答えられるように努力していくことが大切と考えられる。又、医師自身が大切にしている理念を明確にしかつそれを目標に努力して医療行為を行いかつその理念をスタッフに理解してもらうこと、さらに一人一人の患者さんの診察を大切に又、丁寧に行うこと、又、今日の医学教育で最もおろそかになっている「人間」を知る努力を絶えず行っていくと同時に自分自身を知りかつ高める努力をしていくことが大切と考える。そのためにも心身のコントロールをいつもベストに近い状態に維持する必要があり精神的肉体的健康管理が大切である。
[ 今後大切な事項 ]
@ 患者さん、要介護者が大切であり、それらの人々の必要としている
医療、介護に十分に答えていく姿勢・努力。
A 医師自身が大切にしている理念を明確にすること。
B スタッフ(看護婦、事務員、弁護士、会計士)に医師の理念・大切に
している事を理解していただく。
C 患者さん、要介護者の隣人になれること。
D 患者さんの診察を大切にかつ丁寧にすること。
同時に奉仕の精神をもつこと。
E 人間を知ること。自分を知ること。
人間的な感動とか、こころの世界に対する感受性というものは
常日頃から私たちが養い育てていかないと身につかない。
F 診・診、病・診連携では誠心誠意を持って行うこと。
G スタッフを大切にすること。
H 特別な宣伝は基本的にはいらない。
I 医師は肉体労働者であり、精神的・肉体的健康管理が大切。
9.考察
第32回日本ペインクリニック学会が終わって数ヶ月過ぎた。この間失業率が上昇しGDPも減少し世の中は暗い話題が多い。介護保険が始まる2000年4月までわずかの時間しか残されておらずかつ超高齢化社会を迎えようとする現在、医療を取り巻く状況は甚だ厳しい。限られた財源の中での医療改革は厳しいものになることが予想され当然ペインクリニックでの開業に対する制約も大きくなるものと推測される。日常診療をしていて感じることは、ペインクリニックに出会って社会復帰を果たせたり、自分自身を取り戻す人々が多いことである。残念なことに麻酔科医の中でもペインクリニックでの開業に理解を見せない現実もある16) 。しかし開業医として一般レベルでの啓蒙と実践において麻酔科医の働きは決して小さなものではない。日本で独自に発展し30年以上の歴史を持つペインクリニックの恩恵を開業医として一般レベルで普及する意義は大きいし、今後の高齢化社会での貢献も大きいと考える。
本稿の要旨は、第32回日本ペインクリニック学会(1998,広島)において発表した。
参考文献
1) 川原 晉:医療需給に関する私見。:宮城県医師会報,70−71,1998
2) 藤田満穂,田原 −:介護保険と第3次医療法改正がよくわかる本,メディカル・コア,1998
3) 武田正勝:保険者機能強化の先取りに対する開業医の運動:月間保団連,78−81,bT85,1998
4) 勝村久司 編:払いすぎた医療費を取り戻せ,メディアワークス,1998
5) カルテ開示法強化を:日本経済新聞 1988年6月19日朝刊
6) 巾澤隼人:依然低下が続く受診,メディカル朝日:74−75,1998年7月号
7) 武田京子:有床診の療養型転換は進むか,日経ヘルスケア,63−67,1998年 8月号
8) 立ち上げ準備,12−16,日経ヘルスケア,1998年7月号
9) 西野卓:我々の分野の拡大,ペインクリニック17:655,1996
10) 小山隆彦:都心部でのペインクリニシャンとしての在宅医療,ペインクリニック18:609−614,1997
11) 24時間ヘルパー(下)バーンアウト:朝日新聞1998年9月18日朝刊
12) 高橋道子:介護を生きる,麦秋社,1998
13) 市町村の合併どこまで進める?「適正規模は15万人」説−日本経済新聞1998年7月12日朝刊
14) 川北義則:売る相手を間違っていないか,主婦と生活社,1998年
15) 福祉サービス農協・生協と社協が連携:日本経済新聞,1998年11月6日朝刊
16) 座談会第32回日本ペインクリニック学会をふりかえって:ペインクリニック19,963−978,1998