1.書名 2.著者名 3.出版社 4.読んだSIMの評価(5段階) 5.内容・感想等を記載
熊谷 達也 ・ 新潮文庫 ・ 評価★★★★
仙台駅駅裏へと続くX橋。その路地にいつも立つ娼婦がいました。あと数ヶ月で米軍基地が消えます。数え切れない米兵と寝た淑子が見つけた、たったひとつの恋・・・・「X橋にガール」。再婚した妙子。ロープが岩に絡まり、海底で身動きできなくなった時に聴こえた磯笛の音色は・・・・「磯笛の島」。その他、「オヨネン婆の島」「お狐さま」「銀嶺にさよなら」「鈍行列車の女」「鈍色の卵たち」など昭和30年代をひたむきに生きた女性たちの短編7編が収録されています。(初出:平成17年9月新潮社より刊行)
舞台は昭和30年代の様々な場所、そして主人公は女性。「磯笛の島」の舞台は、石川県能登半島の北約50キロメートルの日本海に浮かぶ舳倉島(へぐらじま)で、 女房の海女を海で亡くした男のところへ後妻として入る妙子という海女です。「オヨネン婆の島」は伊豆諸島の御蔵島でオヨネン婆。 文明の恩恵に与れない僻地での暮らしは、オヨネン婆にも変化をもたらします。「お狐さま」は宮城県内の田舎町(小説の中では場所は特定できませんでした)で、 狐憑きにあった仙台出身の小夜子。「銀嶺にさよなら」は山形の鶴岡で、若い頃は好きな人に影響されて学生運動に身を任せた敦子。「鈍行列車の女」は宮城県の県北あたりかと思われますが(場所は特定できず)、 夫が出稼ぎにでている岩淵昭子という女性が主人公です。「X橋にガール」は仙台駅の北側、国鉄の路線を跨ぐ高架橋「宮城野橋」なのですが、ここは橋から伸びる東西のへの道がどちらも二股に分かれているので、X橋と呼ばれるようになりました。そこに佇む娼婦、淑子。 帰らない米兵をいつまでも待っている純な女性です。「鈍色の卵たち」は岩手県雫石で、教師の貴子。 金の卵と言われた中卒の子供たちを複雑な思いで都会に集団に送り出しますが・・・。それぞれ30年代の最後に高度成長期を前に生きた女性たちの話です。
読んでいて少々どまどったのが、方言でした。ニュアンスではわかるのですが、しゃべったこともなくどんな風に読めばよいのか・・・本を読むということの難しさを感じる作品でした。短編にしては、人物設定や時代背景などは丁寧に描かれていると思います。なかなか読みなれた作家しか読まないのですが、仙台在住の作家さんということで手にとってみました。期待を裏切らない筆運びで、懐かしさと哀愁を持った作品に出会えたと感じた一冊でした。(09.6.9)
「陽のあたる場所」 浜田省吾ストーリー
田家 秀樹 ・ 角川文庫 ・ 評価★★★
浜田省吾、1952年12月29日午前9時、広島県竹原市に生まれました。父親の仕事の関係で転校した時に、まず自分をアピールするのに最も有効なのは、一番強い相手と喧嘩して勝つことだと身をもって体験している彼は、少なくとも校内の喧嘩では負けたことがありませんでした。売られた喧嘩はすべて買う。腕力で負けても気力で勝つ。そんな少年でした・・・。現在、日本の音楽シーンの頂点に立つ浜田省吾の青春の軌道を克明に追ったドキュメントです。(初出:1988年2月に単行本としてその後、1990年6月に文庫化され、角川書店より刊行された作品に、追記を加えて2008年7月に復刊したものです。)
コンサートは浜田省吾のコンサートしか見たことが無い・・・発売されたDVDはすべて購入するほどですが、CDは全部は聴いていない・・・「On The Road ’88−Films−」は何回いや何十回見たことだろう・・・しかし、自分が見てきた浜田省吾はスポットライトを浴びだした後の姿しか見ていませんでした。それゆえに浜田省吾とは一体どんな人?という単純な好奇心とともに、曲の背景にある浜田省吾の気持ちを知りたくて、この一冊を手にしました。読み終えての感想は、正直がっかりしました。何を期待して読んでいたのだろうか・・・もう少し浜田省吾自身について描かれていると思っていたのです。でも、そこには田家さんという人が見た浜田省吾像が描かれているだけで、そして生い立ちから平成元年までの活動に至る経過しか書かれていなかったのが、自分の中で思い描いてものとのギャップがあり、期待外れという気持ちになったのではと思います。
浜田省吾ファンは、きっと手に取る本かと思います。それなりの内容はあったと思いますが、作者自身の思い入れのほうが強くて、もう少し浜田省吾の生の声、気持ちが書き表されていればいいのに・・・と感じました。話し言葉が誰のものか、話の展開から情景が思い浮かべることも困難で、人間関係もよく把握できずに終わってしまった今回の作品、小説ではないのだから・・・と思うのですが、それにしても事実を事実だけ述べるのなら浜田省吾本人の言葉で書いて欲しかったというのが本音です。今回この本を読んでみたいと思った理由は前記しましたが、心に引っかかっている二つの疑問を解決してくれるかなと思っていたのです。一つは仕事をしているとき何故サングラスをするようになったのか、もう一つは生活を見せないのは意識してなのか(今回は両親や姉たちは少し登場していますが・・・)ということ。シンガーでもプライベートは別という考えは、浜田省吾の場合徹底しているのはファンとしては理解しているつもりでも、そこに至る過程は語られないことには理解できるものではありません。そんなところも書いてあるのかなって期待して読んだのが甘かったのかも知れません。まあ、どちらにしろ浜田省吾の歌が好き、という事実はかわらないのですが・・・。(09.1.3)
「ハリー・ポッターと死の秘宝」 上・下巻
J.K.ローリング=作 ・ 松岡佑子=訳 ・ 静山社 ・ 評価★★★★★
7月31日、17歳の誕生日に、母親の血の護りが消えます。「不死鳥の騎士団」に護衛されてプリベット通りをハリーに、どこまでもついていくロンとハーマイオニー。一方、あれほど信頼していたダンブルドアには、思いがけない過去が・・・・。分霊箱探しのあてどない旅に、手がかりはダンブルドアが三人に残した遺品だけでした。しかし、ダンブルドアが遺したものは、謎ばかりです。御伽噺の裏にある秘宝の謎はなにか?分霊箱を求めて、三人の旅が始まります。(上巻)
求めるべきは「分霊箱」か「死の秘宝」なのか。ダンブルドアがハリーたちに残した遺品の真意はどこにあるのか?ヴォルデモートが必死に追い求める物は何か?最後の分霊箱を求めて、ハリー、ロン、ハーマイオニーは、絶対戻らないと決めたホグワーツに向かいます。壮絶な戦い、胸を引き裂く愛するものとの別れ。果たしてハリーは「生き残った男の子」になれるのか?戦いの中、ついに明かされる驚くべきハリーの運命。鍵を握るのは一本の杖でした。ハリーの運命は生まれたときから決められていました。より大きな善のために・・・。(下巻)
とうとう最終巻になってしまったハリー・ポッターシリーズ。2000年から8年間長かったですが、この巻でもう終わりかと思えば、寂しさが込み上げてくるような感じして、もうこの物語の続きを読むことができないのは残念です。この物語は、ハリーが11歳の誕生日を迎えるところから始まりましたが、今回は17歳の誕生日を迎えるところから始まります。冒頭から登場するヴォルデモートとの戦いに備えて、ハリーがダーズリー一家と永遠の別れをし、母親の血の守りが消える17歳の誕生日までに、ヴォルデモートの前から姿を消すために、不死鳥の騎士団に護られて身を隠すところから最終巻は始まりますが、最初からハリーの心を痛める出来事の連続で物語は進んでいきました。
この回で重要な人物が死ぬ・・・と言われてきていて、それが誰なのか・・・。ハリーが?ロンが?ハーマイオニーが?それとも・・・・。また、本当にダンブルドアは死んだのか・・・スネイプはハリーの敵か味方か?全ての謎がここで明かされています。読めば、なるほどと納得するのですが、ヴォルデモートとの戦いの際、意外な人物の活躍もあり最後はハッピーエンドで終わるのですが、少し呆気ないと思われるほど山場はやってきました。それまでの児童書とは思えない残忍さなどから比べると・・・。
ハリー・ポッターシリーズは、第一巻から今回の第七巻まで一貫して、「愛」「友情」「勇気」をテーマに掲げてきていますが、「死の秘宝」といわれる、透明マント、ニワトコの杖、蘇りの石よりも分霊箱探しのために、ハリーやロンやハーマイオニーたちの愛に満ちた友情溢れる、そして勇気ある行動のほうが宝だといっているような気がします。さあ、出かけましょう・・・ハリーの最後の旅に・・・・最後の冒険に、7年間の思いをこめて!!(08.8.4)
大沢 在昌 ・ 講談社 ・ 評価★★★★
着手金は100万、仕事は「殺し」以外のすべて・・・・。六本木裏通りのバーに持ち込まれる無理難題を解決するジョーカーのもとに、長身で白髪の英国人男性が訪れました。彼は20年以上前、ジョーカーが先代を継いで二代目となった初仕事の依頼者でした。イギリスからロシアに亡命するため、ある女性を探し出して欲しいという依頼・・・。裏世界を生きるトラブルシューターのプライドと美学を描くシリーズ最新作です。
初出誌:「ジョーカーの鉄則」小説現代2003年2月号、3月号/「ジョーカーの感謝」小説現代2003年8月号/「ジョーカーと『戦士』」小説現代2004年1月号、2月号/「ジョーカーと亡命者」小説現代2004年8月号/「ジョーカーの命拾い」2005年1月号/「ジョーカーの節介」小説現代2005年9月号に掲載されました。
第一作目と違うところは、ジョーカーが事務所としているバーくらいでしょうか。以前は六本木の外れ、飯倉片町から麻布台へと抜ける目抜き通りの裏側にあるバーでしたが、今回は1985年六本木の外れにバーを出した元プロボクサーの沢井のところでした。ジョーカーの仕事は着手金100万、その半分は事務所としての店に入る仕組みになっています。短編ということもあり、前作も気軽に読めましたが、今回もテンポのよい流れで一気に読める内容でした。
仕事は「殺し」以外の全て。決して楽な仕事ではないし、身の危険も伴います。今回は諜報部員や革命からの亡命者、コンピュータから抜け出したような若者など・・・様々な人々のトラブルを解決していきます。裏社会と繋がっていないとできないような仕事です。ジョーカー自身、身を隠して仕事をしているわけではないので、危険を伴う仕事では命を狙われて当然と思うのですが、読んでいて緊張感がないというか切迫したものが感じられないには、物語だからでしょうか・・・。「殺し」はしないから・・・でしょうか。大沢さんと等身大の主人公という感じがした一冊です。(08.7.5)
「標的走路」 レスリーへの伝言
大沢 在昌 ・ JULIAN ・ 評価★★★★
ある日の深夜、「僕」(佐久間公)はビリヤード場で混血の美青年レスリーと出会います。その後、僕はレスリーとの再会はスクリーンを隔ててすることになるだろうと思っていました。けれども、法律事務所で「調査士」として失踪人を探し出すことを生業とする「僕」のもとに持ち込まれた仕事は、映画の撮影所から姿を消したレスリーを探し出すことでした。それは、友人としてではなく、法律事務所に勤める調査士としての仕事でした。(未発表短編「レスリーへの伝言」より)
調査士・佐久間公の活躍を描く大沢在昌の人気シリーズ、その出発点ともいうべき「レスリーへの伝言」が初めて単行本化されました。同シリーズ幻の処女長編「標的走路」も復刊収録されています。大沢ファン待望の一冊です。佐久間公シリーズ「感傷の街角」でデビューした大沢在昌さん。その記念すべき処女長篇にして、入手不可能だった「標的走路」が復刻版とて甦りました。クルマに仕掛けられた爆弾。誰かが僕を殺そうとしたのだ・・・。そんな僕に「調査士」としての仕事が依頼されます。まだ若い佐久間公が行方不明になった二人の若者を追って東京から軽井沢へと・・・佐久間公を待ち受けるものは一体なに?(平成14年12月文春ネスコより刊行された「標的走路」に加筆修正し、さらに「レスリーへの伝言」を新たに収録)
「レスリーの伝言」は、1977年に「オール読物新人賞」に投稿し、最終候補作となりましたが、落選をした作品だそうです。そして、大人になった佐久間公を主人公にした初めての作品でもあります。佐久間公の高校生時代の短編(ナナハンにまたがり、ヤクザなどを相手にトラブルシュートするという設定だそうです)もあるようですが、出版されているのかどうか・・・不明です。今まで発表しなかった作品を今回発表したのは、「公にもこんな時代があった」ということを知って欲しかったという理由だそうです。貴重な作品を是非読んでみてください。
ちなみに、大沢さんの本で一番最初に手にしたのは「雪蛍」でした。内容ははっきり覚えてはいないのですが、暗く重い感じのハードボイルドだなあという印象を持ちました。その「雪蛍」が新・佐久間公シリーズ1だったとは発見でした。(08.4.12)
白川 道 ・ 新潮文庫 ・ 評価★★★★
少年時代、父の後妻が連れてきた弘。私は弟を、血の繋がりを超えて愛しました。彼は夢を追っていました。しかし、ついに羽ばたく機会のないまま、あの日、弟は私の妻と心中してしまいました。かつて兄弟で星を眺めた高原で・・・。弟と妻を追い詰めたものに復讐するため、私はただ一度の大勝負に賭けます(表題作)。豊かな物語性と胸にしみる5つの短編集です。初出:「アメリカン・ルーレット」オール読物1997年9月号/「イヴの贈り物」オール読物1997年12月号/「カットグラス」小説新潮1998年4月号/「浜のリリー」オール読物1997年4月号/「星が降る」オール読物1998年7月号。(この作品は「カットグラス」というタイトルで、1998年7月文藝春秋より刊行され、2001年7月文春文庫に収録されました。新潮文庫収録にあたり改題されました。)
白川さんの小説の世界、ギャンブルと男の世界。白川さんが小説を書くきっかけとなったのは、北方謙三の初期の作品「檻」だそうです。以前、改題される前の「カットグラス」を読みました。一番最初の白川さんの作品と出会いでした。それまでは、北方さんと大沢さんのハードボイルドしか読んだことがありませんでしたから、久々にヒット!と感じた作家に会った瞬間でした。でも、このころはなかなか次の作品が登場せずに忘れかけていましたが、ギャンブルから卒業した(?)とたん、次々と作品を発表し北方さんとは一味違ったハードボイルドを楽しませて貰っています。一度読んだ本でしたが、新鮮な気持ちで読み返すことが出来たのは、作品の出来がよかったからだと思います。
「アメリカン・ルーレット」は、麻雀小説です。白川さんの麻雀小説といえば、自伝的ギャンブル小説「病葉流れて」のシリーズがありますが、この作品は麻雀の勝敗そのものよりも、主人公・榊と水穂という女性の人間関係が読みどころです。「イヴの贈り物」は、大手商社マン戸辺和人が喫茶店のウエイトレスに死んだ娘の影を見出し、クリスマスイヴを一緒に過ごすことを約束します。読み進めていくうちに思いもよらない展開を見せますが、陰惨な終わり方ではないのが救いでした。「カットグラス」は、高校時代に仲の良かった男たちの物語で話が展開していきます。現在と過去を交差させて描いている手法は、白川さんの小説の特徴のひとつで、この作品でも効果的に描かれています。「浜のリリー」は、建築家法月秀明のもとに一通の手紙が届くところから始まります。リリーという歌い手の素顔がポイントとなっていますが、ミステリータッチの展開を取っています。
5つの短編集を見てみると、中年男のリアルファンタジー的な要素がある作品となっています。勢力争いの渦に巻き込まれてそれに破れ今までの努力も報われないまま去って行かなければならないとき、男の心には「自分が生きてきた意味」の疑問符でした。誰しもが生きていくうちで感じる悲壮感を漂わせている白川作品は、是非読んでいただきたい作品です。ギャンブルが苦手な人には辛い作品かも知れませんが、胸に染み渡る叙情は感じていただけると思います。(07.9.12)
浅田 次郎 ・ 新潮文庫 ・ 評価★★★★
時は幕末、処は江戸。貧乏御家人の別所彦四郎は、文武に秀でながら出世の道をしくじり、夜鳴き蕎麦一杯の小遣いもままなりません。ある夜、酔いにまかせて小さな祠に神頼みをしてみると、霊験あらたかにも神様があらわれました。 しかし、この神様は、神は神でも、なんと貧乏神でした。その次に現れたのは、疫病神。そして最後は死神と、とことん運に見放されながらも懸命に生きる男の姿は、幕末の波乱の世の中で誠実に武士道を貫いたものでした。(初出:平成17年9月新潮社から刊行)
「憑神」は御徒士のお話です。主人公・別所彦四郎は、幕末の御徒士です。幕末の御徒士は、貧乏と相場が決まっていました。その貧乏侍に憑いた神が貧乏神。神頼みをした祠の神様は、出世祈願の霊験あらたかな神社ではなく、三巡神社という貧乏神、疫病神、死神のツキガミ様を奉る神社だったのです。この主人公、最後は鳥羽伏見の戦いのあとに、江戸城に逃げ帰った徳川慶喜と対面し、上野の山に立て篭もる彰義隊のもとに神君家康の影鎧をきて出向き、武士の意地を貫きます。
この作品では、人は何を目的に生きていくのか、何が人間の幸せなのかということを問いかけています。主人公も貧乏侍で、まして武家の次男坊に生まれれば家を継ぐことも、役職につくこともままなりません。財布の中味や立身出世のことを気にするのも当然です。そんな主人公ですが、貧乏神や疫病神などに取り憑かれて気がついたことがありました。「小さなことに一喜一憂し、神頼みなどをしているかぎり、人は本当の幸せな心の境地に達することなどできない」ということです。自分だけの小さな損得の発想を乗り越え、毅然とした意思の前には神も仏も関係なくなる・・・のです。
今を生きる私たちも、昔の人たちと同じように限られた命の弱い人間です。毎日の生活で暮らしていくには、辛いこともあるし、損得にもこだわります。しかし、もっと広い気持ちで物事を考えてみると、案外、悩みであったものがそれほどの悩みではなく、その人の心の持ち方次第で、幸福にも不幸にもなるのではないか・・・ということを、この作品は語りかけてくれていると思いました。でも、貧乏神や疫病神、死神に取り憑かれたら、こんな冷静な態度は取れないかも知れないというのも本音でした。(07.8.16)
白川 道 ・ 講談社文庫 ・ 評価★★★★
旅館の跡取り息子・伸介と下働きの息子・相楽。境遇の違いから少年時代に抱いた殺意を負い目に、想いを寄せた遥子も伸介に譲り生きてきた相楽。遥子の死、伸介の失踪後も、伸介の娘の樹里を支え、借金を肩代わりしました。遥子の命日、樹里のピアノの余韻の中で明かされる苦い真実。 意外な真相と結末は・・・。表題作ほか「切り札」「淡水魚」「車券師」「達也」など、人生の哀愁を織り込んだ作品集です。(初出:2004年12月講談社から刊行されました)
今回の5作品、白川さんの生き方や性格的なものが反映されているようです。と言っても、私自身白川さんを良く知っているわけではないのですが、経歴や他の作品などから見えてくる感じからです。ギャンブルに精通している、特にマージャン、競輪などは半端ではないものを感じます。作品のなかに借金や賭け事の金額がでてきますが、いずれも半端じゃないほどの金額です。一般の感覚すれば現実離れしているように思われる金額は、白川さんの生きてきた世界では並のようなもので、それが作品の魅力を特徴づけるものになっているようです。金銭的感覚を除けば、文章の筆運びは無駄が無く話の展開は巧みで個性的です。
すべての作品に共通していることは、ラストシーンです。読んでいる者には決着を予感させる気持ちを抱かせますが、明確な結論は書いていません。含みを持った言い回しで、エンディングを演出しています。ある意味、もったいぶった描き方ですっきりしない読後感ですが、作品を活かす効果はあるようです。実にいい・・・と思ってしまいました。今回の作品の共通しているところのもう一つは、すべてが過去に還っていくというところです。登場人物の独特の生き方が、過去を語ると言うことでより鮮明に描かれているようです。
また、白川さん本人が熱中している最大のものは競輪なのですが、作品のモチーフとしてはあまり取り上げられてはいません。その中でも「車券師」は、その数少ない例外です。一読する価値はあります。こんなふうに書くと、白川さんはとんでもないギャンブラーという印象を与えてしまいそうですが、その答えは白川さんの作品を読んでいただければはっきりします。私は・・・決してそうは思いませんが、白川さんはギャンブルに必要なツキや度胸を持ち合わせている作家だと思います。そんな白川さんの本だから面白い!(07.7.6)
浅田 次郎 ・ 文藝春秋 ・ 評価★★★★
三十歳を過ぎた吉原の太夫・生駒にふってわいた身請けの話。月島に行ったら幸せになれる・・・・やっと自由を手に入れた吉原の太夫は、愛する男の住む「夢の島」へ思いを馳せますが、そんな人生の転機を目前に、思いがけない現実が待っていました。自分にふさわしい幸せを見つけた彼女の人生の選択とは、一体何だったのか。希望を持って生きていく人々の、感動の短篇集です。(初出:「月島慕情」=別冊文藝春秋2002年1月号/「供物」=オール読物2005年2月号/「雪鰻」=オール読物2006年8月号<「冬の鰻」改題>/「インセクト」=オール読物2006年2月号/「冬の星座」=オール読物2001年2月号<「お香番」改題>/「めぐりあい」=オール読物2007年2月号/「シューシャインボーイ」=オール読物2005年8月号)
戦前、戦後、そして現代と、どの時代を舞台にしてもリアルで生き生きとした人間を描ける浅田さんの今回の作品「月島慕情」ですが、これは大正時代に運命に翻弄されながらも気丈に生きる姿を描いています。明治26年の巳年に生まれたから名前は「ミノ」。親から貰った名前が好きではなかったミノは、吉原に買われてきて太夫となり、生駒という名前をもらいました。30歳を過ぎてしまった太夫の生駒に身請け話が持ち上がります。人生の転機を目前に、ミノは思いもかけない現実に直面しますが、ミノはこんな言葉を残して身を引きます。
「わたし、あんたのおかげで、やっとこさ人間になれたよ」
「わたしね、この世にきれいごとなんてひとっつもないんだって、よくわかったの。だったら、わたしがそのきれいごとをこしらえるってのも、悪かないなって思ったのよ」
作品の底にあるのは、たとえ辛い過去と現実をもっていても、人間にとって一番大切なものは希望を捨てずにまっすぐに生きることということだと思いました。表題作のほかの作品も同様に、何一つ幸せを絵に描いたような作品はありませんが、人間の持っている切なさや優しさがにじみ出てくるのです。物悲しいという言葉がぴったりくる浅田さんの作品。手紙の使い方などが巧みで、作品の中で効果的な役割を持って登場しますが、全編を通じていかに生きるかという課題を背負って描かれています。小説から当時の様子(時代背景)がわかるという点では、とても貴重なものと思います。(07.4.28)
「輪違屋糸里」 上・下
浅田 次郎 ・ 文春文庫 ・ 評価★★★★
文久3年8月。「壬生浪(みぶろ)」と呼ばれる壬生浪人組は、近藤勇ら試衛館派と、芹沢鴨の水戸派の対立を深めていました。土方歳三を慕う島原の芸妓・糸里は、姉のような存在である輪違屋の音羽太夫を芹沢に殺され、浪士たちの内部抗争に巻き込まれていくます。音羽太夫の「だえれも恨むのやない。ご恩だけ、胸に刻め。ええな、わてと約束しいや」という最後の言葉を胸に、運命の波に身を任せていきます。新選組局長・芹沢鴨はなぜ殺されたのか。京都・島原の女たちは、愛する男を守るため、剣を持たずに血の雨の中に飛び込んで行きます。「壬生義士伝」に続き、新選組の“闇”=芹沢鴨暗殺事件の謎に迫る心理サスペンスです。(上)
芹沢鴨の愛人お梅、平山五郎の恋人・島原の芸妓吉栄、新選組の屯所、八木・前川両家の女房たちは、それぞれの立場から、新選組内部で深まる対立と陰謀を感じ取っていました。愛する土方のため、芹沢暗殺の企てに乗った糸里の最後の決意とは?ついに壬生屋敷で悲惨は起きました。新選組の浪士が、真の武士になるための戦いが始まりました。(下)(初出:単行本2004年5月文藝春秋刊)
浅田さんは、「壬生義士伝」の主人公・吉村貫一郎で、“義”を貫いた男の視点から生命とは何かを描きましたが、この「輪違屋糸里」では同じテーマを女性の側から描いた作品といえます。新選組といえば、近藤勇や土方歳三、沖田総司、斉藤一など名の知れた壬生浪が多々いる中で、浅田さんが取り上げる新選組は南部藩の浪人・吉村貫一郎だったり、酒癖が悪く乱暴狼藉の限りを尽くした芹沢鴨だったり、そして島原の芸妓だったりと、一味も二味も違った視点から捉えた描き方をしています。それだけに、表の新選組の顔と裏に隠された新選組の顔を知ることができ、いつも面白く読むことができます。今回の作品は、新選組局長の近藤が、百姓出身であるため剣は強いのに剣術指南役の夢を果たせなかったことが根底にあり、武士=芹沢鴨の暗殺を遂行することにより、新選組を侍の集団に生まれ変わらせようとするものです。そこに糸里たち女性を事件に巻き込んだことで、物語は百姓と武士の対立のほかに、生と死とは何かという問題提起を投げかけています。
新選組と縁が深い島原に、芸妓置屋「輪違屋」は現在でも存在します。そこに糸里はいました。また、桜木太夫は“維新の名花”と称された輪違屋の芸妓でしたが、糸里が桜木太夫になったかどうかは定かではないようです。新選組を芸妓を始めとする女性の視点から語った今回の作品は、生きていくうえで大切なことをこのように訴えています。物語の中で糸里は次のように言っています。邪魔者は消せという発想より、何よりも生命を尊ぶべきだと・・・。また、他人を不幸にしたのに、自分の本分を貫かないのは卑怯な行為であると・・・。自分の命を賭けて子どもを産む女性が口にするからこそ実感できる生命の尊さかも知れません。幕末の波乱の世に生きた人々の証しは、今の世にも通じるものがあるように感じました。是非、「壬生義士伝」と併せて読んでいただきたいものです。(07.4.5)
井上 靖 ・ 新潮文庫 ・ 評価★★★★
自ら謀殺した諏訪頼重の娘・由布姫を武田信玄の側室とし、子どもを生ませることによって諏訪一族との宥和を計る独眼の軍師・山本勘助。信玄の子を生みながらも、なお一族の敵として信玄の命をねらう由布姫。輝くばかりに気高い姫への思慕の念を胸にして川中島の激戦に散りゆく勘助の眼前に、風林火山の旗はなびき、上杉謙信との決戦の時が迫ります・・・。(初出:昭和30年12月新潮社より刊行)
2007年のNHK大河ドラマの「風林火山」の原作です。「風林火山」と言えば、戦国武将の武田信玄というイメージが強いのは私だけではないと思います。孫子の兵法の中の言葉を自分の軍旗に記し、その言葉どおりの強い戦いぶりを発揮したので、後の世にも語り継がれるようになりました。孫子の兵法書の一説に、「兵は詐(さ)をもって立ち、利をもって動き、分合(ぶんごう)をもって変をなす者なり。其の疾(はや)きことは風のごとく、其の徐(しず)かなることは林のごとく、侵掠(しんりゃく)することは火のごとく、動かざることは山のごとく、知りがたきことは陰のごとく、動くことは雷の震うがごとく、郷を掠(かす)むるには衆を分ち、地を廓(ひろ)むるには利を分ち、権をかけて動く、先(ま)ず迂直(うちょく)の計を知る者は勝つ、此れ軍争の法なり」とあり、其の中の言葉を戦の教訓にすべく軍旗に記した武田信玄の軍師・山本勘助の話です。
今テレビで放映されているものは、小説の中には登場してきません。浪人であった山本勘助は、ある出来事から武田晴信(のちの信玄)に仕える板垣信方の計らいで、武田家に仕官します。その当時の勘助は既に50歳に近く、身長は5尺(約150cm)たらず、色は黒く、眼はすがめ(片方の眼がつぶれている)で、しかも跛(ちんば・びっこをひく)であり、右の掌の中指を1本失っていました。異様な風貌の勘助でしたが、戦いの場においては晴信の信頼を受けるようになります。川中島の戦いで上杉謙信と刀を交え戦死をしてしまいますが、一風変わった御仁であったようで、人間・山本勘助を堪能しました。テレビで見ている限り本のイメージとは違いすぎると思いましたが、これから話が進むにつれてどんな風に展開していくか楽しみでもあります。
「風林火山」は武田信玄というイメージがあまりにも強いので、この題名から主人公はてっきり武田信玄かと思いましたが、本を読んでもなぜ「風林火山」なのかと疑問は残ってしまいました。山本勘助という名前は聞いたことがありましたが、武田信玄の軍師が山本勘助という人物と言うのも今回のことで知りました。井上靖さんの作品は始めて読ませていただきましたが、話の展開も読みやすさもとてもよかったと思いました。テレビ化されなければ出会いも無かった本でしたが、人間の出会いと同じで何が縁になるかわかりませんね。山本勘助や井上靖さんとの出会い、新鮮な感じで読み終えました。(07.2.19)
「レベル4」 子どもたちの街
アンドレアス・シュリューター/作 ・ 岩崎書店 ・ 評価★★★★
13歳のベンがコンピューターゲームで遊んでいたところ、コンピューター画面から「レベル4」のゲームが突然消えてしまいます。その瞬間、ベンのまわりから15歳以上の人たちが消えてしまいました。現実の世界がゲームなのか?ゲームの世界が現実なのか?ゲームと同じように子どもたちが協力して様々な問題を解決し、レベル4をクリアしないとゲームは終了しません。子どもたちの冒険の旅が始まります。
この物語の作家アンドレアス・シュリューターは、ドイツのハンブルクに住んでいる方で、この作品が始めて日本に紹介された作品です。現在、この作品に登場するベン、フランク、ジェニファー、ミリアムの4人の仲間が活躍するシリーズは、すでに11冊目まで出版されていて、ベンたちは毎回タイムスリップや宇宙旅行などのハラハラ・ドキドキの冒険をしているようです。日本でも「レベル4−2」−再び子どもたちの街へ-という続編が、2007年2月21日に発売されるようです。無事にゲームの世界から現実の世界に戻ってきて、冒険は終わったはずでした。でも、再び大人が消え子どもまでコンピュータゲームにプログラムされ・・・と、ベンたちは再び冒険の旅に出かけていきます。果たして、元の世界に戻れるのでしょうか。第2弾の内容を見ると、今度は一体どんな冒険なのかと楽しみが広がります。
この作品は、小学校高学年からの読み物ですが、今どきの子どもの物語らしくコンピュータゲームがメインで話は展開していきます。13歳の主人公ベンは、とても欲しかった新しいゲームソフトを自分の新品のジャージと、友人のフランクから交換してもらいます。家に帰り、やっと手に入れたコンピュータゲームで遊び始めたとたん、街から大人の姿が消えてしまいました。子どもたちだけで生活をすることになり、最初は好き勝手なことばかりして大変でしたが、お互いにそれまで知らなかった力を発揮しあって、楽しく暮らし始めます。ところが、突然水道の水が出なくなってしまい、街の支配をめぐる戦いが始まるのです。子どもたちは知恵と勇気を出し合い、協力しながら暴力に対して立ち向かうのです。
レベル4に達したとき、市長の部屋にあったコンピュータを発見します。そこには、大人たちの街というゲームがありました。パスワードは、「決定」。パスワードを想像するとき、子どもが大人に対してどんなイメージを持っているかがわかり、面白いと感じると同時に、自分の小さい頃も同じようだったと思いました。二つのコンピュータゲームをインストールしたとき、ベンたちは元の世界に戻りましたが、少し無理があるのではと思ってしまいました。初期化するということは、一番最初に戻ること・・・と描かれていますが、それまでの時間の経過は一体なんだったのか、と大人の目線で物事を真剣に考えてしまいました。きっと子どもたちなら、コンピュータゲームとはこんなものと、割り切ってしまうことでしょう。大人の頭って固いなあ、想像性がないなあと感じた瞬間でしたが、物語はとても面白く読むことができました。(07.2.10)
富安 陽子(絵・大庭賢哉) ・ 偕成社 ・ 評価★★★★
信田家の子どもたち、ユイ、タクミ、モエには重大な秘密があります。それは、三人のママがじつはキツネだということ。人間のパパの両親にさえ、そのことは知らされていませんでした。それなのに、突然、パパ方のおばあちゃんがユイたちのマンションに来ることになりました。しかも、おばあちゃんから送られてきた古い鏡台が届いてから、信田家にはあやしいできごとが次々におこるのでした。キツネの親戚たちは、やってきては面倒をおこします。いっぽう、鏡の謎は深まっていくばかり・・・です。
今回の作品は、パパのふるさとから届いた古い鏡台が災いを持ってきました。その鏡が届いてからというもの、信田家では怪しい出来事ばかり起きます。何故鏡が送られてきたのか。鏡は何を意味するのか。そんな鏡の謎を解くカギは、パパの小さなころの出来事に隠されていました。パパのふるさとに伝わる河童伝説と、パパの大切な「ファーブル昆虫記」が、鏡の中にある秘密に重大な意味を持っていたのです。「シノダ!」シリーズの第3弾です。
信田家の話も3作目となりましたが、今まではママの親戚の狐たちは出てきましたが、パパのほうの親戚は出てきていませんでした。息子の結婚相手の正体が狐だと知っているのでしょうか。設定では、パパのお父さんとお母さんは、古い門前町で静かに暮らしています。そして、やはりママの正体は知らないみたいです。でも、門前町に住むパパのお母さんも一筋縄では行かない人物、そう只者ではありません。もしかしたら、本当は知っていて知らないふりをしているのでは・・・と、今回の話を読んで思ってしまいました。でも、かわいい自分の子どものため、そんなことは口には出しません。とても賢いお母さんみたいです。
今回はいつもは控えめなパパが主人公です。ユイ、タクミ、モエの三兄弟が狐一族から受け継いだ、風の耳、時の目、魂よせの口もあまり活躍をしませんでした。今までの2作品から見ると、少し違ったように見える描き方ですが、鏡の中に隠された秘密を解き明かす過程は、話に引き込まれるような展開で、十分楽しめました。信田家の家族は、いつも明るく元気な一家で、非現実的な話の内容ながら不思議な雰囲気を持つお話です。是非1巻目から読んでみてください。(07.2.10)
「ほたる」 〜慶次郎縁側日記〜
北原 亞以子 ・ 新潮社 ・ 評価★★★
「深追いすれば火傷する。でも、消せない面影と未練がある。そいつは理に合わねえだと? そんなことは言われなくても、わかってらあ。しかし、男女の仲も、世間さまも、理とやらで動いちゃいねえ。今度のこればかりは、どうにもこうにも抑えられねえ」。“蝮”の異名をとる非情の吉次にも宿る妄執と恋心。隠居した元南町奉行所同心の森口慶次郎とその家族・友人たちの事件簿です。表題「ほたる」ほか7編を収録した慶次郎縁側日記シリーズ第10弾です。 (初出:「みんな偽物」小説新潮2004年12月号・「惑い」小説新潮2005年1月号・「長い道」小説新潮2005年2月号・「水の月」小説新潮2005年3月号・「付け火」小説新潮2005年4月号・「春の風吹く」小説新潮2005年5月号・「五月雨るる」小説新潮2005年6月号・「ほたる」小説新潮2005年7月号)
北原さんのこのシリーズは、 NHKテレビで放映されているのを見て、一度読んでみようかな・・・と軽い気持ちで手に取りました。なかなか馴染みのない方の本を読もうとは思わないのですが、TVのストーリーが面白いので興味を持ちました。作品の傾向としては、とっても悲しいところから 物語が始まります。主人公の森口慶次郎がなぜ「仏」と呼ばれているのか、人の痛みや悲しみを 自分のものとして受け入れて、思いやり、一緒に悩み、そして癒してくれる人間性からかと思いました。作品自体は、主人公の慶次郎などはあまり登場しません。淡々と毎話毎話、訳ありの人や過ちを犯した人が登場し物語が展開していきます。そして気がついたことですが、この作品では結末が描かれていません。読者の想像に任せているのか、どうも好き嫌いが分かれるところです。
同じ江戸時代の捕物帳を描いている平岩さんの本を愛読している身としては、時代背景や江戸の情緒に欠ける描き方だと思いました。登場する人物も生き生きと描かれていません。印象に残りませんし、流れがはっきりわからないところが多々ありました。きっと字面しか追っていなく、小説の世界に入りきれなかったからかも知れません。テレビの脚本が良いせいか、原作を読んでみたいと思わせるところがありますが、少々がっかりしました。がっかりしたといえば、この本を読む前に西村京太郎の「華の棺」を読みました。山村美紗のことを描いた作品でしたが、最後まで読む気にはなれないものでした。どこが・・・というより、内容自体に入り込めなかったのです。西村京太郎の書いた本を読みたいと思って手に取ったのですが、最近はミステリーも全然魅力を感じません。今回のように哀悼の意をこめて書いた本にしては、自画自賛的な本で読むに耐えられないものでした。読みなれた作家の方々の本しか安心して手に取ることができないというのは、良いことなのか悪いことなのか・・・。(06.12.25)
「崩れる日なにおもう」 ―病葉流れてV―
白川 道 ・ 小学館 ・ 評価★★★★
国立大学を卒業して大阪に就職した主人公・梨田。大学に在学中も勉強することよりもギャンブルと女に明け暮れ、エリートコースの就職さえも興味を示さずに流れ着いた大阪で梨田は、またも人生の大博打を打ちます。マージャンによる借金のかたに、堅気の勤め先を辞め、相場の裏社会に身を落としていくのです。そこで梨田は伸るか反るか、気の遠くなるような大金と男の義侠心を賭けた最後の大勝負にでます。自分の意思で毀していく自分の人生の中で、何を思い、何を祈るのか。自伝的ギャンブルハードボイルドです。(この小説は「週刊ポスト」に連載された「病葉流れて」を大幅加筆したものです。)
「崩れる日なにおもう」は、梨田が大学を卒業し社会人1年目の話です。大阪に就職し、着いたその日からマージャン賭博に身を委ねます。シリーズの根底に流れている博打という題材そのものを継承していますが、今回は相場の話がメインとなっています。堅気の務めができない梨田でしたが、相場では裏の世界を実体験し、その会社のあくどいやり方に正義感を燃やします。運を味方にした梨田でしたが、裏社会は甘いものではありませんでした。最後報復にあいますが、「あとは、おまえの運しだいやな」という言葉で終わっている今回の物語は、その後梨田はどうなってしまったのか・・・という大きな興味を持たせたまま完結しています。話の流れからすると「運」はあるように思えるので、きっとまたどこかで梨田に会えるような気がするのですが、次の作品が楽しみな終わり方でした。
この本を読むのには、少々のマージャン知識が必要かと思います。単に小説として読むには、マージャンがネックになっています。相場の話は裏の社会はきっとそんなものだろうと思わせるような話の展開で、梨田の思い通りの展開でトントンと進んでいきますが、やはり裏社会につきものの暴力行為が最後は勝つのかなって感じました。それでも、話の内容は面白く、崩れていく主人公を見てても、決して汚いとか落ちこぼれとか思わせない白川さんの話の展開は流石だと思いました。(06.12.2)
浅田 次郎 ・ 光文社 ・ 評価★★★
人を想い、過去を引きずり、日々を暮らす。そんな当たり前の日常を不器用だけど生きていく姿が、そこにありました。これで最後、恋人と別れるつもりで出掛けた海辺の旅館で起こった出来事は、ほろ苦い青春の1ページを飾るにはあまりにも切なく、そして不思議なものでした。まるで奇跡でも見ているかのような一場面、夢心地で去った場所から再スタートした人生は、幸福なものだったのだろうか。表題作「月下の恋人」(初出:小説宝石2004年1月号)の他に、昭和を舞台にアパートの隣の部屋に住む駄目ヤクザを描いた「風蕭蕭」(初出:小説宝石2005年9月号)、「情夜」(初出:小説宝石2001年9月号)、「告白」(初出:小説宝石2003年3月号)、「適当なアルバイト」(初出:小説宝石2005年9月号)、「忘れじの宿」(初出:小説宝石2003年8月号)、「黒い森」(初出:小説宝石2002年7月号)、「回転扉」(初出:小説宝石2005年12月号)、「同じ棲」(初出:小説宝石2006年6号)、「あなたに会いたい」(初出:小説宝石2006年9月号)、「冬の旅」(初出:小説宝石2004年11月号)など11の短編を収録しています。浅田さんが5年の歳月をかけて書き綴った物語は、深い余韻と切なさを残してくれる物語となりました。
11編中、物語の内容が理解できたのはほとんどありませんでした。難しいというか、浅田さんは一体何を語りたかったのだろうか・・・という思いが最後まで残りました。確かに物語の中に潜む人を思う心、物語の中に漂っている余韻はありました。でも、描かれている主人公が何を考え、何をしたかったのか、結局のところ摩訶不思議な出来事の結末はどうなったのか、頭の中は謎、疑問のオンパレードでした。勝手に想像するのは簡単ですが、浅田さんが言わんとすることを正しく理解できない状態で想像することは、浅田さんが望んでいる結末と大きく違ってくると思いました。それでもよしとするのなら、もう何も語ることはありません。読まれた方々の数だけの結論が出てくるかと思います。是非一読してみてください。一言付け加えるのなら、「告白」だけは唯一共感を受けた作品でした。素直になれない友人を、後押しする同級生。不器用なほど朴訥した義理の父に対する娘としての感情の描き方は、浅田さんならではの優しさ溢れるものとなっています。
心をほぐす物語・・・と帯紙に書いてありましたが、今回は心をほぐされることはなく、自分の読解力に疑問を生む結果となってしまいました。前作「あやしうらめしあなかなし」もそうでしたが、短編は難しいものがあります。短い文章でその物語の全てを描かなければなりませんから、どうしてももっと説明が欲しいと思ってもそこの中から読み解かなければならない部分も出てきます。できたら、爽快な読後感を感じて読み終えたかったなあと思いました。浅田さんの文章は好きなのですが、描かれている背景や物語の主人公の心の中は入り込めないこともあります。ちょっと距離を感じた作品でした。(06.11.2)
「狼花」 新宿鮫\
大沢 在昌 ・ 光文社 ・ 評価★★★★
大事件の発端は、新宿中央公園でのナイジェリア人同士の些細な喧嘩でした。この事件から浮かび上がってくる事実は、地獄を覗かされ、日本を捨てた国際犯罪者・仙田の過去。そして、外国人犯罪を撲滅するために限界を超えようとするエリート警官・香田の謎の行動。どん底からすべてを手に入れようとする不法滞在の中国人女性・明蘭の存在。自ら退路を断ち突き進む男女の思惑と野望が一気に発火点に到達した時、孤高の刑事・鮫島が選ばざるを得ない「究極の決断」とは・・・。理想と現実、信念と絶望、個人と社会、正義と意味、そしてこの国のありようが問われる新宿鮫シリーズ最新作です。(初出:「小説宝石」2005年1月号から2006年9月号の連載に加筆・訂正)
新宿鮫シリーズ九作目は、前作より5年半の時間が経過してしまいました。 この5年間で鮫島さんも変わったものです。キャリア警察官でありながら、新宿署生活安全課で警部の身分のまま一匹狼として犯罪に立ち向かっていたのが、今回の作品では直属の上司であり鮫島の数少ない理解者である桃井課長に、ことあるごとに相談・報告しています。今までの鮫島の行動からはあまり考えられないことでした。少しは大人になったということでしょうか・・・。そんな鮫島の前に現われたのは、仙田(ロベルト・村上)でした。仙田は、「氷舞」から登場し「風化水脈」にも登場していますが、今回の作品でも重要な鍵を持って事件に関わってきます。また、今回の作品で重要な鍵を握っているのが、鮫島の同期でライバルの香田警視正です。香田の家族に起きた事件をきっかけに、外国人犯罪に対して異常なまでに執念を注ぐようになります。一体香田に何が起きたのかということは、作品の中では何も語られず、最後もその身がどうなったのかにも触れられてはいません。そういう意味で、新宿鮫シリーズ]が楽しみといえば楽しみですが、後味の悪い物語の展開で終わっているのも確かです。
最初に新宿鮫シリーズを手に取ったときは、物語の展開、人物設定に新鮮なものを感じましたが、最近の作品は鮫島自体は今でも単独行動を余儀なくされていますが、時間の経過と共に理解者も出来、一人で悩むこともなく一匹狼という悲壮感を深く感じることもなくなりました。無難なハードボイルドに仕上がっているとは思いますが、事件背景の複雑さに比べて、主人公である鮫島が活躍する機会が少なく鮫島の個性が活かしきれないままストーリーが終わってしまっているような気がしました。以前ならこんな思いを感じたことはなかったのですが、最近の大沢さんの作品を読むと何かが違うと思う自分がいます。今回の作品でも鮫島を描くということはそのまわりの人間を描くこと・・・と大沢さんは言っていますが、新宿鮫は鮫島がいてこそ成り立っている物語だということをもう少し考えて欲しいと思いました。(06.10.21)
富安 陽子(絵・大庭賢哉) ・ 偕成社 ・ 評価★★★★
人間のパパとキツネのママが恋におち、結婚して、そして生まれた三人の子どもたち、ユイ(結)、タクミ(巧)、モエ(萌)には、キツネ一族からおくられた不思議な能力がありました。お母さんのお兄さんで、厄介者の夜叉丸おじさんの持ってきた厄に巻き込まれて、三人の兄弟は古い箪笥の引き出しから不思議な世界へと引きずりこまれてしまいます。それぞれが持つ不思議な能力、“風の耳”“時の目”“魂よせの口”をもつ信田家の兄弟が、時空をこえて呼び寄せられたのは、金色のドングリが実る山でした。しかも、その山の人々は、なぜか石に姿を変えられていたのでした。せまりくる災いを前に、キツネの血を引く子どもたちの運命は・・・。
この本は、「シノダ!」の第二弾です。一巻目は「シノダ!チビ竜と魔法の実」という作品です。ユイの家族には、誰にも知られてはならない重大な秘密があるのです。それは、ママの正体がキツネだということです。植物学者のパパとキツネのママ。そして、キツネの血をひく三人の子どもたち。そんな秘密を抱えた信田家に、小さな竜が迷い込んできて始まる第一巻。それに続く二巻目が今回の作品です。ママのお兄さん、夜叉丸おじさんが持ち込んだ厄、それは時空を超えて異界へと導くものでした。子どもたちには半分、異類のものの血が流れているで、子どもたちは冒険を望んでいなくても引き込まれてしまうのです。子どもたちに受け継がれた狐一族の能力は、異界と呼び合い、ときには強引に、子どもたちを向こう側の世界へと巻き込んでいきます。人物の設定や物語の展開が、とても楽しい作品です。
この作品は、「信田妻」と言う物語が元になっているそうです。一匹の雌キツネが人間の男の妻となって子どもを設けますが、やがて正体を知られ、家族の下を去っていくという物語です。大阪の阿倍野を舞台にしたこの物語は、歌舞伎や文楽などにも取り上げられてきました。一説によれば、このときキツネと人間の間に生まれた子どもが、のちに安倍晴明という陰陽師になったといわれています。映画「陰陽師」の安倍晴明役を、狂言師・野村萬斎が演じていましたが、今になって「なるほど!」と妙に納得してしまいました。野村萬斎ファンの方々には失礼かもしれませんが、「信田妻」の話を聞いてしまうと、野村萬斎に安倍晴明役はぴったりという感じがします。雰囲気も嵌っていますし、もしこの本「シノダ!」が映画化される際は、ぜひとも夜叉丸おじさん役を演じていただきたいと思いました。
児童書ですが、信田家の三人の子どもたちの冒険の話は、大人でも十分に楽しめるお話です。(06.9.10)
柏葉 幸子(絵・竹川功三郎) ・ 講談社 ・ 評価★★★★
小学六年生の上杉リナは、夏休みに一人旅で自分の家の家がある静岡から東京と仙台でのりかえ、お父さんの知り合いがいるという「霧の谷」を訪ねていく話です。駅を降りて交番で聞いてみたら、誰も「霧の谷」なんて知らないといいます。もしかしたら、銀山村かも知れないということで、交番のおまわりさんはとりあえず地図を書いてくれました。近くを通りかかったトラクターで途中まで送ってもらい、森の中に入っていくと風が吹いてきてリナの赤と白の水玉模様の傘を飛ばされてしまいます。それを追いかけていくと白い霧が流れてきて、霧が晴れたと思ったらいつの間にか地面は石畳に変わり、まるで外国のような町にリナはいました。リナは夏休みをこの町で過ごす間、不思議な出来事や事件が次々に起こっていきますが・・・。(1974年、「気ちがい通りのリナ」として出版されましたが、翌年「霧のむこうのふしぎな町」と改題して刊行されました。)
この作品を書いた柏葉さんは、岩手県生まれで、東北薬科大学を卒業しました。その縁でなのか、この「霧のむこうの・・・」にも、仙台という地名が登場します。親しみを持って読みましたが、もう一つ、きっとこの話を読んだ方はどこかで似たような話を聞いたことがあると思われることでしょう。人物設定や背景はだいぶ異なりましたが、「トンネルのむこうは、不思議な町でした」という予告で映画になった「千と千尋の神隠し」がそうなのです。もともとは、この本を映画化しようとしたものだそうです。本と映画では、内容的に本当に異なっているとは思うのですが、所々にあれ?と思わせられる箇所もあります。リナが見た生垣の場面描写は、千と千尋にも使われています。
それにしても「霧の谷」はヘンテコな町でした。四季の花々が咲き乱れ、いくら食べても太らないお菓子屋さんがあって(食べても太らないのですが、食べ過ぎると虫歯にはなるみたいです)、この世界にはいない子鬼や小人にも会えます。せっかちな本屋のナータによると、この「霧の谷」に住んでいるのは魔法使いの子孫で、「この町が本当に必要な人は、この町にくることができる」のだそうです。もしかしたら、いつかこの町を歩いている自分がいるかも知れない・・・そんな気にさせるファンタジー溢れる作品でした。
児童書は、なかなか手に取ることはないのですが、たまたま読む機会がありました。そして、この本が大好きなジブリ作品の原作となったという話を聞いて、興味を持って読み始めました。話の内容は全くといっていいほどの違いはありましたが、宮崎さんが興味を引かれた理由もわかったように思います。話の展開、そして意外性で、大人でも面白く読めます。たまには童心に帰るのも良いかもしれません。(06.9.6)
浅田 次郎 ・ 双葉社 ・ 評価★★★★
日本特有の神秘的で幻妖な世界で、生きる者と死んだ者が邂逅するときに、静かに起こる優しい奇蹟がこの小説にありました。此岸と彼岸を彷徨うものたちの哀しみと幸いを描いた、読むほどにじんわりと・・・ほろりと・・・心が満たされ、忘れかけていた懐かしい記憶が蘇ります。文学の極意は怪談にありという言葉を、見事に描いた7つの優霊物語、ここに始まります。(初出:「赤い絆」小説推理05年8月号/「虫篝」小説推理02年11月号/「骨の来歴」小説推理04年8月号/「昔の男」小説推理03年12月号/「客人」小説推理05年11月号/「遠別離」小説推理06年4月号/「お狐様の話」小説推理06年6月号)
夏の夜に読む怪談話。怖ろしい物語なのですが、浅田さんの心優しい文体が物語の世界に誘ってくれます。この本を読んで、やさしい気持ちと懐かしい気持ちを感じました。そして、本当に怖いのは死んだ者ではなく、今を生きている者なのではないか・・・と思いました。何の感情も無く人を殺めることができる怖ろしい心を持った人のほうが、幽霊などより怖い存在になっていると感じました。
「赤い絆」と「お狐様の話」は、子供たちの寝物語に語って聞かせた怖い話です。由緒ある神社で起こった無理心中した男女の話と、神をも恐れぬ狐にとり憑かれた女の子の怪異譚です。語り手の伯母さんのひどく間延びした悠長な語り口が想像力をかきたてると書いてありましたので、ためしにゆっくりと語り調子で読んでみてはいかがでしょうか。「虫篝」は、そんなことが・・・と思われる内容です。自分とまったく同じ人間が同じ空間の中にいるのです。ただし環境がまったく異なる立場で、魂を入れ替えて生きる者と死ぬ者とに人生が分かれてしまう、なんとも形容のしがたい話でした。実際あったら怖い・・・と本気で思わされる話でした。「骨の来歴」は、親の反対で恋人と別れさせられ、自殺を図った恋人の骨に纏わる話です。その他3編もそれぞれが趣向を凝らした内容で、オドロオドロした怪談話とは違い、さり気なくふっと感じさせられる怖さを、この夏味わいました。こんな表現の仕方もあるのか・・・と思わせられる浅田さんの一冊です。(06.8.25)
「ハリー・ポッターと謎のプリンス」 上・下巻
J.K.ローリング=作 ・ 松岡佑子=訳 ・ 静山社 ・ 評価★★★★★
名前を言ってはいけないあの人・ヴォルデモートの復活のせいで、夏だというのに国中に冷たい霧が立ち込めていました。そんな中、ハリーのもとに、ダーズリーの家にダンブルドアがやって来るというふくろう便が届きます。一体何のためにやってくるのか・・・そして、やってきたダンブルドアの右手に異変を見つけるハリーでした。17年前の予言「一方が生きる限り、他方は生きられぬ」は、ハリーとヴォルデモートとの対決を避けられないものにしました。過酷な運命に立ち向かう16歳のハリーに、ダンブルドアの個人教授が始まります。(上巻)
新しい「闇の魔術に対する防衛術」の先生は、思いもかけない人物でした。一方ハリーは、突然「魔法薬」の才能を発揮します。授業はますます難しくなりますが、ホグワーツの6年生は青春の真っ只中でした。ハリーには新しい恋人が現われ、ロンとハーマイオニーは仲たがいをします。しかし、ドラコ・マルフォイだけは不可解な行動をとります。そんな中、ダンブルドアの個人授業は、「憂いの篩」でハリーを過去へと導くものでした。一体ハリーに何を教えようとしたのか。最後に起こる衝撃のどんでん返し。そして、悲しい別れ。物語は謎を残したまま第7巻の最終章へともつれ込みます。(下巻)
今回の作品では、「選ばれし者」の予言を受けて立つハリーを、二人の親友、ロンとハーマイオニーが支え、ロンの妹・ジニーがハリーの心を捉えます。また人生が変わるほどの災難にあったロンの兄ビルとフラー、トンクスとルーピンなど「愛」がいかに強いものであるかを、ダンブルドアはハリーに理解させようとします。唯一それだけがヴォルデモートとの違いでもあり、大きな武器になると考えていたからです。大人になったハリーたちの物語は、大人が読んでも違和感を感じさせないものになっています。6巻になってハリーは旅立ちのときを迎えます。シリウスを失ったのは独り立ちの序章でした。1歳で両親を失い、15歳で名付け親のシリウスを失い、16歳になったいま、ハリーはかけがいのない人を失います。倒すべきはただ一人なのですが、ハリーが失うものも大きいものみたいです。
発売からだいぶ経ってしまいましたが、やっと手に取ったハリーの第6巻。読むほどに物語の中に引きずり込まれ、あっという間に物語りは最終章まできてしまいました。読み出しから意外な展開で、謎のプリンスとは一体誰だったのか(本人は自ら名乗りましたが)、マルフォイの今回の役割とは・・・など、いろんな疑問を残したまま第7巻へと続くようです。ダンブルドアの個人授業では、ヴォルデモートの過去を「憂いの篩」で見てきました。戦いに勝つには相手を知る必要があるというダンブルドアの考えでしたが、第6巻ではヴォルデモートが過去の記憶でしか登場しなかったというのも不吉(?)な感じでした。今まで不死鳥の騎士団と思っていた人が、実は・・・・と思われる件では、やはりそうだったのかと納得する反面、そうではなく本当はスパイ的な仕事をしているのだろうと自分に言い聞かせてしまいました。それだけ予想外の展開の連続で、息をつく暇もないほどでした。そして、物凄く暗く悲しい結末で終わっています。6巻を読み終え、第7巻では何が待っているのか・・・という期待と、もうすぐ終わってしまうハリーの世界と別れたくないという複雑な心境の中にいます。
「謎のプリンス」は、原作ではthe Haif−Blood Prince「半純血のプリンス」となっています。今回の作品「謎のプリンス」が残した謎は多かったようです。第7巻で何が起き誰が死ぬのだろうか、ハリーは本当に一人でヴォルデモートの戦いに旅立つのだろうか、ハリーは生き残れるのだろうか、スネイプは果たしてどちらの味方なのだろうか、「R・A・B」とは誰のことなのか、そしてダンブルドアは本当に死んだのだろうか。第7巻が全てのことに答えてくれるとは思うのだうが、それまでは息詰まる日々になるかも知れません。(06.8.2)
大沢 在昌 ・ 文藝春秋 ・ 評価★★★
東京で裏稼業のコンサルタントをしている〈冬子〉は、男の仕事の能力を見抜く「目」を持っています。その能力は彼女の暗い過去―彼女は娼婦として何千人もの男を相手にしてきた―から得たものでした。九州のある県の小島。そこは地獄島と呼ばれ、女たちが男に体を売る所です。彼女は両親の死後その島に売られ、まさに地獄のような生活をおくりますが、ある男の手引きで逃亡に成功し、今日まで来たのです。しかし彼女を追う地獄島の恐怖の「番人」が・・・。裏切りと騙し合いの中で展開する、スリリングなハードボイルドです。(初出:「オール讀物」1998年12月号・1999年12月号・2000年11月号・2001年6月号・2002年1月号・2003年1月号・2004年2月号・2004年7月号・2005年2月号・2005年8月号)
今回の作品の 主人公は女性です。最近の大沢さんの作品にしては、連載の短編集のような構成のおかげで、とても読みやすいものとなっていると思います。主人公の水沢(冬子)の過去 が、読み進めるうちに少しずつ明らかになっていく過程は、読み手を厭きさせません。また、最初は「島」とだけ書かれていた主人公が過去にいた場所も、話が進行していく中で徐々に所在地も わかってきます。どちらかというと、女性が主人公のハードボイルドは迫力に欠け、女々しさもあり、読後感がすっきりしないのが欠点です。この作品も、女性と言うことを武器にしていることが多々見受けられますが、それはそれで違った観点から見れば面白い発想なのかも知れません。ストーリー は、登場人物の個性もそれぞれはっきりしていて、最近の大沢さんの作品にしては面白く読ませてもらった作品でした。
「新宿鮫」のような作品から、最近はだいぶ路線が違ってきたような気がする大沢さんの作品ですが、できたら以前のような思いっきりハードボイルドしている男性的な作品を期待したいです。人それぞれ好みがありこのような作品も好き・・・と言う人はいるとは思いますが、やはり女性にハードボイルドは合いません。絶対そんな女性はいないよと思ってしまうほど格好はよいのですが、反対にやはり女性なんだよな・・・と思ってしまう冷めた目で見てしまう自分がいます。小説の世界に入り込めない作品は、うわべだけで終わってしまって、心には残らないものです。格好いいだけで終わらない人間性も兼ね備えて主人公は生きるのでは・・・と思ってしまい、この作品が果たしてそうなのかと考えた場合、単なるハードボイルド作品ではなく、娯楽性のほうが強い作品なのではと思いました。大沢さんの作品が変わってきていると感じた一冊でした。(06.6.3)
白川 道 ・ 幻冬舎 ・ 評価★★★★
男鹿半島で暮らす漁師の高田剛一は、息子・健一との間に、長年の確執によって生じた親子のわだかまりを抱えていました。その健一がガンに冒されたことを知った高田は、民俗学者である健一に代わり、仮面劇「単騎、千里を走る。」をビデオに収めるため、中国の奥地・雲南省麗江を訪れます。その旅は彼にとって、親子の埋めることのできない心の溝を埋めるための旅でもありました。言葉のわからない地で次々と降りかかる難題。しかし、彼の一途な想いが、周囲の人々の心を動かしていきます。そして高田自身も、多くの素朴な心情に触れ、人が生来持っている優しさや、自分が過去に見失ってしまった家族の意味を、少しずつ取り戻していくのでした。(この作品は、映画「単騎、千里を走る。」をもとに創作を加え、小説化したものです。)
主人公・高田剛一は人付き合いが苦手で、会社でも研究に没頭してばかりいた弾痕の世代の不器用な男です。結婚してからも仕事一筋で家庭も顧みなかった高田は、家族にさえ心を開かなかった後悔の念が残りました。その結果、妻をガンで亡くしてからというもの、息子・健一との深い溝は広がるばかりでした。その健一もガンに冒されて余命幾ばくもないと宣告され、そのとき初めて高田は息子のために行動を起こします。仮面劇「単騎、千里を走る。」のビデオ撮影のため中国へと旅立ちました。幾多の困難を乗り越え、目的を達成する前に健一は逝ってしまいますが、高田の心にも健一の心にも親子の絆が甦った想いを感じました。
「単騎、千里を走る。」は、「三国志」の時代、蜀の劉備のもとで関羽、張飛と後世「桃園の誓い」と呼ばれる固い約束を以って、義兄弟の契りを結びます。あるとき関羽は、義兄である劉備の妻と子供と共に、魏の王、曹操に囚われの身となってしまいます。曹操は、武将の誉高い関羽が自分の部下になることを切望します。しかし、関羽は、劉備との固い約束を守り、曹操の申し出を拒絶します。そして、劉備の妻と子供を連れて、荒野のなかを馬を駆って劉備のもとに逃走するというエピソードを仮面劇にしたものです。この物語に人々が心を打たれたのは、関羽の「義」を守った生き方に共鳴したからだといわれてします。息子のために遠い中国に渡り、多々の難題に立ち向かい息子の願いを叶えてやる姿に、関羽の姿がオーバーラップして中国の人々の心を動かした高田でしたが、息子も亡くなる前に高田に言葉を残していました。健一が仮面劇に惹かれたのは、仮面の下に隠れた素顔に自分自身を見つけ出したから・・・・。本当は、親子でありながらお互い仮面を被って、素顔を隠してきたことが親子の絆までを奪い取ってしまったと言い残しています。言いようのない寂しさと虚しさを感じる高田でしたが、そのことを知ったとき、全ての終わりが待っていました。
寡黙な男・・・というイメージでは、映画の主人公・高倉健さんはぴったりの配役だと思いました。本を読んでいても、どうしてもイメージが頭から離れずに高田剛一=高倉健という感じで読んでいましたが、男の心の葛藤とか哀愁みたいなものを感じさせる作品でした。映画ではどのように描かれているのか興味はありますが、本を読んだイメージを大切にしたいとも思っています。「まごころが世界を変える」・・・・親子の心のあり方、知らない土地で知らない人との心の触れ合い、全てに共通して訴えている作品だと思います。(2006.2.15)
白川 道 ・ 新潮社 ・ 評価★★★★
主人公・岡部武は 「関東将星会」の幹部です。幼なじみの小野真澄を自分の不注意で死なせ、育った町を離れてすぐにやくざの道に入ってしまいました。それ以前に、岡部が高校生のとき、父親の経営していた工場が倒産し、父親が出稼ぎに行った苫小牧で心中事件を起こしたことが、自分の責任のように心の底で重くのしかかっていました。ロクなことをしてこなかったという岡部の人生で、心のしこりとして残った二つの出来事をそのまま引きずって生きてきましたが、ある日盲目の「かほる」と出会ったことから、岡部の生き様が変わります。それまでは、情熱など失っていた人生でしたが、岡部は愛の始発駅に降り立ったように生を取り戻します。平凡な暮らしを取り戻すべく、闇の生活から解き放たれる日を心待ちにしていたある日、思いがけない事件が岡部に起きてしまいました。「君にもう一度、この星空を見せたい」という願いだけに、岡部は命を張るのです。(初出:「波」2002年6月号から、2004年8月号に掲載された作品に加筆修正を行い、書き下ろしをくわえたものです)
今回の作品の舞台となっているのは、白川さん自身が育った湘南の町です。白川さんは、1945年に北京で生まれ湘南で育ちました。一番最初の作品は、1994年の「流星たちの宴」(新潮社刊行)ですが、これまで12〜3作品くらいしかないかも知れません。白川さんは最近は作品を結構発表していますが、それ以前は2年に一作品というペースでしか書いていませんでした。ハードボイルドの作品では、北方謙三さんについで好きな作家ですが、男の生き方を語らせたら右に出るものはいない北方さんの作品と比べると、物とか形には拘らず心の中を描いている作家です。しかし、やくざの闘争場面などではピストルや刃物など血生臭い場面も多く、好き嫌いがはっきり出るかも知れません。文章は読み応えがあり、物語の展開も厭きさせないテンポで進んでいきますので、小説の世界に入り込んでしまえば一気に読める本だと思います。
自分の生きる意義を見出したとたん、「終着駅」に辿り着いてしまった主人公でしたが、その意義を見出したことに意味がある・・という内容の小説だったと思います。何気なく生きている今の生活にどっぷりと浸かり、このままでいいのかと思いながらも平凡な暮らしに胡坐をかいて生きていることに、「少しは目的を持ったら?!」と言われているような思いでした。また、人間を外見や職業で判断するのではなく、中身をよく見なさいと教えてくれるような作品でした。盲目のかおるの澄んだ心を通して巧みに表現している白川さんの作品でした。(06.1.2 0)
堂本 剛 ・ 集英社 ・ 評価★★★
ご存知、キンキ・キッズの堂本剛くんのエッセイです。今回の本は、「MYOJO」1999年2月号から2005年3月号までに掲載された「ぼくの靴音」に加筆・訂正をしたものです。
今回の作品は、ジャニーズのアイドルとしてのキンキ・キッズ堂本剛ではなく、19歳から25歳までの普通の男の子・堂本剛が描かれています。毎日の出来事、日常で感じたこと、仕事での悩み、人生観などなど、普段TVの画面からは見ることの出来ない年相応の剛くんを感じることができました。最初のほう(19歳当時) は、自分について書いていることが多かったのですが、だんだんエッセイが進むにつれて、自分のことから自分の環境(愛犬ケンシロウのことなど・・・)や音楽のこと、後半は人生観とだんだん大人へと成長していく姿が描かれていて、堂本剛の6年を読ませていただきました。
誰しもが思うこと、悩むことを素直に言葉にしていると共感を持ちましたが、いまどきの若者が考えていることとは少々ニュアンスが違うなあ・・と感じました。自分の置かれている立場を良くも悪くも理解して、そこにおきる葛藤や迷いなどが最後のほうでは色濃く表れていると感じました。よく言われるタレント本とはちょっと違う感じがしましたが、かと言って読み手はアイドルの剛くんのイメージを捨てきれないで読んでしまいます。でも、読んでみてそこに書かれているのは堂本剛そのものでした。
帯紙に「19歳ー25歳 6年にわたり、笑って、泣いて、本音を綴った、熱きエッセイ集」とありました。また、「・・・ただ、自分で在れば良い」という剛くんの言葉は、背伸びをせずにそのとき、そのときを自分なりに一生懸命に生きるというメッセージが隠されているように感じられました。「ぼくの靴音」・・・・6年間の剛くんの生の言葉を聞かせてもらったような思いです。(06.1.3)
大沢 在昌 ・ 講談社 ・ 評価★★★★
東京・六本木の工事現場から白骨死体が発見されました。通称モーリス、「サムソナイト・モーリス」と呼ばれていた武器商人でした。7年前、大きな取引を前にして姿を消したとされていましたが、真相は闇の中に消えてしまっています。最後の取引は核爆弾、その恐怖の品物を目当てに、危ないテロ集団や欲に目のくらんだ悪者がやってきました。「サイキ インヴェスティゲイション」は、内閣調査室副室長・島津の依頼により、危険な調査に乗り出します。高校生探偵冴木隆(リュウ)と不良中年オヤジ・涼介は、事件で知り合ったモニークと東京を救うために、ノリも正義感も、女好きもそのままに帰ってきました。(初出:「週刊現代」2003年1月18日号〜12月20・27日号)
大沢さんといえば、「新宿鮫」シリーズや佐久間公が主人公の小説(最近作では「心では重すぎる」)がありますが、このアルバイト探偵(アイ)も今回の作品で6シリーズ目です。「アルバイト探偵」(1986年)「アルバイト探偵 調毒師を捜せ」(1987年)「女王陛下のアルバイト探偵」(1988年)「不思議の国のアルバイト探偵」(1989年)「アルバイト探偵 拷問遊園地」(1991年)に続き、15年ぶりに冴木驍ェ帰ってきました。高校生でありながら酒・タバコ・女となんでもOKの隆は、本当の父親ではない冴木涼介(元刑事)とともに、好むと好まらずにかかわらず私立探偵事務所に舞い込む難事件に挑みます。しかし、今回の事件にかかわる発端は、隆の進学に絡むことでした。父親の涼介はあまり乗る気ではなかったのですが、事件解決の見返りに島津に大学進学の便宜を約束させた隆は大張り切り。東京を舞台に、中国公安部の人間やロシアKGBなど、危険な人物たちと危険な物をめぐって意外な結末を迎えます。
この小説は、ハードボイルドの大沢さんの作品の中ではコミカルなものです。軽い・・・とは思うのですが、そこは大沢さんの手腕でストーリーに救われていると思いました。大沢さんの作品はほとんど読んでいますが、新宿鮫や佐久間公シリーズのように、本格的ハードボイルドもあれば、アルバイト探偵(アイ)やらんぼうなどコミカルなものまで幅広いです。また、「撃つ薔薇」はゲーム化されていますし、「黄龍の耳」はアニメ化されています。どちらかといえば、「雪蛍」や「新宿鮫」みたいなものが好きなのですが、今まで読んできた経緯からついつい読んでしまうシリーズもの。良いことか悪いことは別にして、結構面白く読みました。(05.8.23)
http://www.osawa-office.co.jp/o/o_list.htm
「いしぶみ」 広島二中一年生全滅の記録
広島テレビ放送編 ・ ポプラ社 ・ 評価★★★★
日本にも戦争の時代があって、こんな悲しい出来事がありました。広島の悲劇を二度とくりかえすことのないよう、原水爆兵器をみんななくしたい、そして平和というものがどんなに大切なことかを、知ってもらいたいということでこの本ができました。この本は、文部省主催の昭和44(1969)年度芸術祭のテレビドラマ部門で、優秀賞を受賞した広島放送制作の「碑」(いしぶみ)の草稿をもとにして書かれたものです。(初出:1970年)
「碑」という題は、広島市公園にある広島二中の慰霊碑の一字をとったものだそうです。碑とは、「事跡を後世に伝えるため、文字を刻んでたてておく石」(広辞苑)と、説明してあります。広島二中の慰霊碑は、ここで何の罪もないたくさんの生徒たちが死んだ事実と、原子爆弾が落ちたとき、広島にどんな悲惨なことがおこったか、そして戦争のない平和な世界がどんなに大切かを、多くの人たちに考えてほしいという願いがこめられているのです。実際、戦争を体験していない世代が多くなってきている今、日本に落とされた原子爆弾の悲惨さを知ってもらうことは、とても大切なことだと思います。広島に原爆が投下されたとき、二十数万人の人が一瞬の間に亡くなっています。もちろん、広島二中の321人も全員が死亡しました。どんな様子で亡くなったかわかっているのは226人ですが、広島二中の一年生がたどった悲惨な運命は、あまりにも悲しいものでした。なにが少年たちをこんな目にあわせたのか、私たちはしっかり考えていかなければいけないと思います。現在の幸福に感謝しつつ・・・。
広島二中の慰霊碑には、「なぐさめの 言葉しらねば ただ泣かむ 汝がおもかげと いさをしのびて」と刻まれています。
また、広島二中5学級の山下明治くんのお母さんの歌に、「烈し日の真上にありて八月は 腹の底より泣き叫びたき」
将来のある子どもを亡くした親の気持ちは誰しも同じだと思います。痛いほど親の気持ちを痛感させられる歌ですが、今も地球のどこかでは戦争が起こっており、原子爆弾も進化しています。悲しい出来事は、もう二度と起こしてはならないのです。この本を読んで、平和の大切さを考えるとともに、これからの世のかなを生きていく子供たちに、日本にも戦争があった時代のことをしっかりと知ってほしいと心から思いました。今年は戦後60年、8月6日の広島原爆と8月9日の長崎原爆を、もう一度しっかり見つめなおすのもよいのではないでしょうか。(05.8.9)
あきやま ただし 作/絵 ・ PHP研究所
ぼく、まめうし。まめつぶくらいの ちいさなこうし。あるあついなつのひ、おさんぽをしていたまめうしくんは、あまりのあつさにばたっとたおれてしまいます。そこに“わっはっは〜っ!”というわらいごえといっしょにあらわれたのは、かぶとむしみたいなぶたの“かぶたむし”くんでした。かぶたむしくんにたすけられたまめうしくん、こんどはかぶたむしくんがこまっているときにくわがたむしみたいなうし“くわがたうし”になって、かぶたむしくんをたすけます。“かぶたむし”と“くわがたうし”はせいぎのみかた。ふたりちからをあわせてこまっているひとをたすけます。
この絵本は、あきやまただしさんの“まめうしシリーズ”の最新作です。まめつぶくらいのちいさなこうしのお話です。愛嬌のある絵と心温まる話は、読んでいるものを和やかにしてくれます。また、言葉遊びが巧で、絵本の読み聞かせに良いと思います。大好きな絵本の中のひとつです。まめうしシリーズは、「まめうし」「まめうしとありす」「まめうしのおとうさん」「まめうしとつぶた」「まめうしとまめじい」「まめうしのおかあさん」「まめうしとひめうし」と、「まめうし あいうえお」「まめうし ぽんぽんぽん」(まめうしのあかちゃんえほん)があります。どれをとっても楽しいこと間違いなしの作品です。
絵本作家のあきやまただしさんは、1964年東京生まれ、東京芸術大学デザイン科を卒業。「ふしぎなカーニバル」(講談社)で第14回講談社絵本新人賞を、「はやくねてよ」(岩崎書店)で’95日本絵本大賞を受賞しています。「まめうしシリーズ」の他に、「パンツぱんくろう」シリーズ(講談社)、「たまごにいちゃん」シリーズ(鈴木出版)、「シマリスのしまおくん」(教育画劇)、「○×うさぎ」(佼成出版社)、「へんしんトンネル」「うみキリン」(以上、金の星社)、「ひまわに」シリーズ(PHP出版社)など多数あります。
絵本の世界も楽しいです。好みが分かれるとは思いますが、ほのぼのと心温まる絵本が好きです。絵も愛嬌のあるものが好きで、あきやまさんの作品はダジャレもあり、子供だけではなく大人にも楽しい作品です。(05.7.6)
浅田 次郎 ・ 集英社 ・ 評価★★★★
あの「天切り松」が帰ってきました。時は昭和9年。戦争という「巨悪」を仕掛ける「お上」に江戸の矜持を持ち続ける夜盗の一味が立ち上がります。どんなやぶれかぶれのよの中だって、人間は畳の上で死ぬもんだ・・・戦争の影さす中、「まっとうな生き方」を貫いた伝説の夜盗たちの話です。-古い歌の文句じゃあねえが、天にかわりて不義を討つのァ、何も軍人の仕事じゃあねえんだぜ。よしんば遠吠えにせえ屁のつっぱりにせえ、不義は不義、不実は不実と口にしてこその人間じゃあねえか。俺ァ天下の盗ッ人だが、衆を恃んで不義を正義と言ったためしァ、ただの一度もありゃしねえ。-(本文より)(初出:「昭和侠盗伝」小説すばる2003年6月号/「日輪の刺客」小説すばる2004年1月号/「惜別の譜」小説すばる2004年4月号/「王妃のワルツ」小説すばる2004年7月号/「尾張町暮色」小説すばる2004年10月号)
東京拘置所で特別扱いされる「天切り松」こと村田松蔵。盗っ人の二つ名を、盗みに入った先で東郷平八郎に付けられました。昔気質で江戸っ子のきっぷのよい語りは、盗っ人特有の闇がたり・・・。留置所の受刑者のみならず、看守たちも息を呑んで聞き入ります。説教や手柄話なら、いくら面白くても人を真剣にはさせません。天切り松の話は、善と悪との根源について語っているのです。日の当たらぬ道を歩いてきたとは思えぬ澄んだ瞳を、まっすぐに向けて・・・。
今回の「昭和侠盗伝」は、どこかで読んだ記憶がある内容でした。小説すばるは手に取った記憶はないし、はて?と思いながら読み進んでいきました。そういえば、いつだったか「天切り松闇がたり」がTVで放映されたことがあったことに気づき、其のときの内容かと思いましたがいまいち自信がなく、調べてみたら「青年時代の松蔵 ―『天切り松』誕生秘話」の原作みたいでした。あのときの松蔵は、五代目中村勘九郎(現十八代目中村勘三郎)が演じていました。イメージ的には少し違うかなと思いつつ、闇がたりを語らせる配役としてはこの人しかいないのかな・・・と妙な納得をしてしまいました。闇がたり(六尺四方にしか聞こえないという夜盗の声音での話し方)という独特な話し方は、普通の役者では無理なのかも知れませんね。
浅田さんの作品は、ナンセンスを感じさせるものもあれば、哀愁を感じさせるものもあり、浅田さん自身がどんなキャラクターかはっきりわからないところがあります。でも、作品的には共感できるものが多く、言葉一つ一つとっても決して驕らない言葉で語りかけてくれる小説は、そんなに多くはありません。そんな粋を感じさせてくれる作品です。(05.6.7)
http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2004/04-193.html (「天切り松 闇がたり」フジテレビサイト)
「草原からの使者」 沙高楼綺譚
浅田 次郎 ・ 徳間書店 ・ 評価★★★★
各界の名士が集う秘密サロン「沙高楼(さこうろう)」。世の高みに登りつめた人々が、人生の秘事を明かしあいます。沙高楼の足元には青山墓地が横たわっており、六本木の灯を前衛にしたベイ・エリアの高層ビル群を見渡すことができます。ここの女装の主人は、顎回りは頑丈な男性の骨格を持ち、首も太くたくまいいのに、思わず見惚れるほど美しいのは挙措の艶やかさのせいで、高くは無いが口に含むような声で言います。「沙高楼にようこそ。今宵もみなさまがご自分が名誉のために、また、ひとつしかないお命のために、けっして口になさることのできなかった貴重なご体験を、心ゆくまでお話しくださいまし。語られる方は誇張や飾りを申されますな。お聞きになった方は、夢にも他言なさいますな。あるべきようを語り、巌のように胸に蔵うことが、この会合の掟なのです。」
今回の会合で語られる話は、与党衆議院議員の私設をしていた鏑木克雄の「宰相の器」(初出:問題小説2003年2月号、3月号)、三杷財閥の当主・第十九代三杷儀右衛門こと、三杷晴樹の「終身名誉会員」(初出:問題小説2003年9月号、10月号)、中央競馬会屈指のオーナー・プリーダーである鶴岡勝政の「草原からの使者」(初出:問題小説2004年9月号。10月号)、最後に登場するのは、特別ゲストとして紹介されたアレクサンダー・ラッセル・ジュニア、アメリカ合衆国軍人の「星条旗よ永遠なれ」(初出:問題小説2004年12月号、2005年1月号)です。稀代のストリーテラーによる息を呑む驚愕の物語が語られる会合への誘いは、友人の小日向賢吉君からちょうど仕事に疲れていた「私」のもとに突然にやってきました。「沙高楼」の名前の由来は、あやうい砂の上に築かれた大廈高楼ということか・・・人生そのものを言い表しているようです。
人生はいろいろ・・・ということでしょうか、名を成した人も、財閥とか大富豪とかも、一皮剥けば誰しも人には言えない秘密の一つや二つはあるのです。そんな話を引き出してくれるのが、沙高楼です。しかし、聞き手も人の子。会合の掟が、巌のように胸に蔵うことといわれても、言わずに黙っていられないのが人というものではないでしょうか。ここに参加している方は、物語の中とはいえよほど口の堅いばかりお集まりのようです。そういう意味でも、奇想天外な物語かも知れませんが、人の心理としてこの物語にあるような秘事を聞くことは、一種の快感、一種の特権意識を持ってしまいます。浅田さん特有のテンポのよい語り口調で、読み手を信じられない世界へ誘います。(2005.4.24)
「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」 上・下巻
J.K.ローリング=作 ・ 松岡佑子=訳 ・ 静山社 ・ 評価★★★★★
復活した名前を言ってはいけない人「ヴォルデモート」との戦いはいつ始まるのか?ハリーにはなんの知らせも来ません。そして突然ハリーは吸魂鬼に襲われます。それも、マグルの世界で・・・。「不死鳥の騎士団」に助け出されたハリーは、「騎士団」が何か重大な秘密を守っていることを知ります。新学期が始まり、「闇の魔術に対する防衛術」に恐ろしい新任教授アンブリッジが就任し、ハリーは黒い扉の悪夢と共に悩まされ続けます。そんなハリーに、チョウ・チャンが微笑みかけます・・・・。(第五巻・上)
5年生になったハリーには、大切なO.W.L.(普通魔法レベル)試験が待っており、日夜勉強に追われます。疲れきったハリーは、幾度となく恐ろしい夢を見ます。謎の夢は、ハリーの出生の秘密に繋がっていました。ハグリッドの秘密、スネイプの秘密、そしてダンブルドアの秘密・・・。過去から未来へそれぞれの運命の糸が紡がれます。そしてついに戦いは始まりました。立ち上がるハリーと「不死鳥の騎士団」。しかし、思いがけない悲しい死がハリーを待っていました。(第五巻・下)
発売されてから5ヶ月、読むのがもったいなくって今まで我慢していました。読み終える瞬間が怖かったから・・・。2月14日から読み始め、上巻661P、下巻701Pを長いとも感じずに読み終えました。日本で第五巻が発売される前から、この回でハリーにとって重要な人物の死に直面するということを知っていました。英語版を読んだ方が、わざわざ教えてくれました・・・。やはり小説の面白さは意外性と真実。内容がわかってしますと、緊張感が薄れてしまいます。そういう意味では、ハリーと一緒にシリウス・ブラックの死の悲しみを味わうことが出来ずに残念でした。
この第五巻では今まで登場した方が「騎士団」として、また意外なところ(聖マンゴ魔法疾患障害病院)で登場します。たとえば、第二巻でハリーの先生だったギルデロイ・ロックハート。「日刊予言者新聞」の記者だったリータ・スキーター。第四巻で登場した魔法の目を持つ老練の闇祓いマッドーアイ・ムーディ。第三巻でハリーに「守護霊の術」を教えた狼人間であり、ハリーの父の友であったリーマス・ルーピン。もちろん、ハリーの名付け親シリウス・ブラックは言うまでもありません。今回はハリーも15歳、ホグワーツ校の5年生になります。第四巻で甦ったヴォルデモートに立ち向かうため、またダンブルドアを中心とした「不死鳥の騎士団」がハリーを守るために行動を起こしました。次々とハリーの身辺で起きる事件、ハリーの初恋・・・・そして、いままで語られなかった秘密が今語られます。最後まで目が離せないハリーの世界は、物語の展開の巧みさ、謎が少しずつ解き明かされていくスリルとサスペンスは大人でも十分楽しめます。
15歳という年齢は、思春期で難しい年頃です。ハリーも例外ではなく、自己主張が強くなり、反抗的でいろんなことに腹を立てています。いままでのハリーからは考えられないようなことでした。小説の中で、確実に成長しているのですね。あと2年でハリーもホグワーツ校を卒業します。一抹の淋しいさを感じながら、一日も早い第六巻の発売を待っている矛盾した気持ちを抱いて、結末はどうなるのだろう・・・と興味が沸々と沸いてきます。(05.2.21)
「朽ちた花びら」 病葉流れてU
白川 道 ・ 小学館 ・ 評価★★★★
30年前の春、梨田雅之は難関を突破して東京郊外にある国立大学に入学しました。ボストンバックひとつで、人影まばらな私鉄の駅に降り立った梨田の胸に去来していたのは、安堵感を枕にまるで中身のない布団を被って横たわっているような、漠たる不安感でした。そんな梨田の前に唐突に現れた男、通称「雀ゴロのカミュ」。四浪二留のこの男に導かれ、梨田はたちまち麻雀にのめり込みます。また、四浪のT大生、通称「赤門」は梨田に競輪を教え込みます。18歳で女を知り、博打にのめり込む梨田。大学では何も学ぶこともなく、引き返しようもないほど空虚で火傷しそうなほど熱いギャンブルの世界で成長しようとしていました・・・・やるならとことんだ・・・・病葉は流れ流れて、裏社会の本流に漂着しようとしていました。(この作品は、「週刊ポスト」に連載された「病葉流れて」を大幅加筆したものです。)
白川さんの作品「病葉流れて」は、自伝的小説と言われています。一時は株の世界で巨額の資金を転がしたこともある白川さんのギャンブル小説である「病葉流れて」ですが、今回の「朽ちた花びら」はその続編です。この小説も、大学に入学したものの本業の学業そっちのけで、麻雀や競輪などギャンブルにのめり込むという話です。麻雀を知らない方は、読んでいてゲームの場面は面白くないかも知れません。少しは麻雀をしたことがある者でも、麻雀の場面は難解でした。しかし、心理状況や場面設定は面白いものがありました。人はこのような場合どうするのだろう・・・と考えさせられると同時に、なんでそこまで自分を追い込むのかと白川さんがわからなくなりましが・・・。話はギャンブルのことですが、白川さんの文章は飽きることなく読むことができます。興味のある方は、「病葉流れて」完結編である「崩れる日なにおもう」(小学館)もぜひ一読してみてください。
年明け早々読んだ本が白川さんでした。特に意味は無いのですが・・・。(05.1.15)
浅田 次郎 ・ 角川書店 ・ 評価★★★★
とある港町、運河のほとりの古アパート「霧笛荘」。法外な安い家賃、半地下の湿った部屋、そして訳知り顔の管理人の老婆。誰もがはじめは不幸に追い立てられ、行き場を失って「霧笛荘」まで辿り着きます。しかし「霧笛荘」での暮らしの中で、住人たちはそれぞれに人生の真実に気づき始めるのです。・・・・不幸の分だけの幸せは、ちゃんとある。どっちかが先に片寄っているだけさ・・・・霧笛荘の6つの部屋に住む、6人の住人たちの様々な人生を描き出しています。不器用だけれども誠実に生きていた6人でしたが・・・・浪漫あふれる短編集です。(初出:「港の見える部屋」小説王1994年8月号/「鏡のある部屋」小説王1994年10月号/「朝日のあたる部屋」小説王1994年12月号/「瑠璃色の部屋」KADOKAWAミステリ1999年11月号/「花の咲く部屋」野生時代2004年3月号/「マドロスの部屋」2004年6月号/「ぬくもりの部屋」野生時代2004年7月号)
「暗い運河のほとりに、その奇妙な意匠の建物はあった。」という書き出しで始まる「霧笛荘夜話」は、建物同様に人生に暗い影を背負った6人の住人たちの物語です。一貫して言っていることは、お金で買えない大切なものがこの世にはたくさんあるということです。浅田さん特有の優しさに満ちた小説で、霧笛荘での暮らしの中で、住人たちが人生の真実に気づき始めることをさりげなく描いています。
「港の見える部屋」は、星野千秋が主人公です。死ぬことばかり考えて辿り着いた先が霧笛荘。結局は自殺未遂の末、幸福な家庭の奥さんになるのですが、この小説では珍しいハッピーエンドの物語です。
「鏡のある部屋」は、尾上眉子が主人公です。星野千秋が霧笛荘に飛び込んできたとき、親身になって世話をし千秋が死に損なった方法で、自殺をしてしまった眉子。幸せな富豪の奥様でしたが、「吉田よし子」という名前が大嫌いで霧笛荘に転がり込みました。
「朝日のあたる部屋」は、半ちくなやくざ・鉄夫が住んでいたいました。要領が悪く、義理人情に厚い鉄夫は、兄貴分利用されて刑務所暮らしを余儀なくされてしまいます。
「瑠璃色の部屋」は、田舎からミュージシャンを目指し家出同然に出てきた四郎が主人公です。四郎の一番の理解者であった姉の死を乗り越え、大スターになった四郎ですが、その影にはカオル存在が大きな影響を持っていました。
「花の咲く部屋」は、そのカオルが主人公です。こちらも田舎から上京し、造花をつくる工場で働いていましたが、いつの間にか「オナベ」になって霧笛荘で暮らしています。誰も愛さなかったカオルは、人間ではなくカオルという名の花だったのではないかと太太(大家さん)が言うように、カオルが死んだ後もその情けで花が咲いているのです。
「マドロスの部屋」は、戦争で生き残った園部幸吉の部屋です。玉砕寸前に終戦を向かえ生き延びた園部ですが、戦争で失った代償は大きかったようです。身寄りの無い園部は、マドロスという第二の人生を演じきりました。
「ぬくもりの部屋」は、大家である太太(タイタイ)の部屋です。温床(オンドル)のある部屋で、いろいろな人生を見てきた纏足の太太ですが、彼女の人生についてはこの小説に描かれていません。その代わり、立ち退きにあった霧笛荘を描き人生にとって大切なものとは・・・を優しい心で訴えています。いつもながら、浅田さんの世界観にどっぷり浸れる一冊です。(04.12.13)
津村 秀介 ・ 祥伝社文庫 ・ 評価★★★
岩手県雫石川の河畔で、横浜在住の藤本昌代の死体が発見されました。そして後日、四国徳島でも女性の死体が発見されます。ともに現場には薬物混入のワインボトルとダイイングメッセージが遺されていました。この一致に、岩手・徳島の両捜査本部は色めきたちます。やがて容疑者に昌代の元愛人・牧内が浮かび上がりましたが、検死の結果、二件の殺人は<同日同時刻>と証明されました。不可解な事件をルポライター浦上伸介が追います。(この作品は、昭和63年2月祥伝社ノン・ノベルから新刊判で刊行されたものです)
この作品は、今までの津村さんの作品とは異なっていました。ルポライター浦上伸介が登場はしますが、これまでのように大学の先輩で毎朝日報の谷田実憲と協力して、容疑者の偽アリバイを崩すというイメージからはかけ離れたものでした。どちらかというと、アリバイ・トリックよりも、犯人探しが中心に描かれています。ですから、今回はいつもの時刻表トリックもなければ、息のあった先輩、後輩の掛け合いも見られません。津村さんの作品の固定観念を持っている者には、物足りないと言えば物足りなさを感じますが、犯人は誰かという推理を純粋に解明していく小説としては楽しんで読めると思います。
この作品の序章で殺人事件が起きますが、その殺人が雫石で起きた殺人と錯覚して読み進めていました。その後の話しの展開も、雫石の方が中心になって進んでいったので、当然に現場となったのは雫石と思わせるような書き方になっていると感じました。読み進めていくうちに、あの序章の殺人事件は徳島の方だったのか・・・と気がつきましたが、その時は話も終盤になって犯人がその現場に行けないとわかったときでした。どうも、話の展開や無理にこじつけているのではと思われるところがあり、スムーズに事実を受け入れられない、納得していない自分がいます。推理小説としては、話の内容は面白いのですが、やっぱり読んで納得のいく謎解きのほうが読後感はいいようです。(04.9.11)
津村 秀介 ・ 祥伝社文庫 ・ 評価★★★
枝垂桜で知られる東北の小京都・角館で、白骨死体が発見されました。捜査の結果、3年前に失踪したOLの遺体と判明、彼女の元恋人小此木が有力容疑者として浮かびますが、彼には鉄壁のアリバイがありました。ルポライター浦上伸介は真相解明のために角館に飛びますが、彼を待っていたのは第二の殺人でした。そこで遭遇した殺人事件とは、なんと容疑者と思われた小此木が刺殺されていたのです。そして、新しい時間の壁が浮上してきました。(この作品は、平成4年3月祥伝社ノン・ノベルから新書判で刊行されたものです)
津村さんの作品は、旅行の醍醐味が実感できます。このシリーズの探偵役は、ルポライターの浦上伸介です。彼は、「週刊広場」の「夜の事件レポート」に寄稿するライターですが、彼の大学時代の将棋部の先輩であり、神奈川県警の記者クラブで「毎朝日報」のキャップを務める谷田実憲と組んで、殺人事件のアリバイトリックを解明していきます。また、ある事件で知り合い「週刊広場」でアルバイトをするようになった女子大生の前野美保が、浦上の取材や事件解明を手伝うようになります。今回は、この3人が謎解きに大活躍をします。
今回の舞台は、「小京都」と言われている尾道と角館。殺人事件が起きるのは角館ですが、二つの殺人事件の被害者は、どちらも他所から来た旅人でした。一見何の関係もないような尾道と角館を結ぶものは何か、浦上伸介の出番となりました。津村さんの作品の特徴は、徹底的なアリバイ崩しの解明にあると思います。また、時刻表が謎を解くのに必要不可欠なものとして、毎回登場します。旅行の醍醐味が実感できる所以が、ここにあると思います。
お酒が思考の潤滑油という先輩(谷田)と後輩(浦上)は、会話の端々で将棋の用語を織り交ぜながら事件解明をしていきます。小説を読んでいて、この二人がお酒を飲むシーンがありますが、あんなに飲んでよく考えられるものだと思ってしまいました。小説だからできるのか、はたまた津村さんにも経験があるのかわかりませんが、一つの特徴となっているのは確かです。なんにしろ、読んだ方は爽やかな読後感が得られるのは間違いないと思います。トリックを解明するにも、必ず物的証拠も提示してくれるのは、疑問を残さずに読み終えることができます。それが推理小説の醍醐味なのですから・・・。(04.9.7)
マリオ・ラモ/作・原光枝/訳 ・ 平凡社
越野民雄/文・高畠純/絵 ・ 講談社
いじわるオオカミは、森で出会うみんなに「一番強いのは誰だ」と尋ねます。そのたび、「あなたですよ」と答えられて、ルンルン気分。自信満々、ヒキガエルに似た小さなみっともない生き物に尋ねてみると・・・・うーむ、むむむむ。本当につよいのは、だーれだ?!フランスの人気絵本作家マリオ・ラモが贈るユーモアの世界です。
作家マリオ・ラモは、1958年ブリュッセル生まれ。母はベルギー人、父はポルトガル人。子供の頃、森のハズレにある母方の祖母の家によく泊まりに行き、夏休みはポルトガルで過ごしたそうです。ブリュッセルのラ・カンブル国立芸術学院で、グラフィック・コミュニケーションを勉強。その頃、ソウル・スタインバーガーとトミー・アンゲラーの作品に出会い、強く影響を受けました。1992年頃から、子供の本のイラストを始めます。邦訳作品に、『ねんねだよ、ちびかいじゅう!』『小さな王さまヌーノ』(ともに平凡社)などがあります。
「オー・スッパ」は、レモンの話です。レモンを食べた動物の反応を、面白くおかしく描いています。本の中には、「レモン24ページぶんのビタミンC」と書いてあり、「きみは ついうっかり あのレモンをガブリっとやってしまったことがあるかい。もしあるのなら きみもりっぱな ぼくらの スッパともだち」と書き出しにあります。そうです、題名のとおりすっぱいレモンを食べたときの言葉「オー・スッパ」は、すっぱい思いをいっぱい伝えるための絵本です。「オー・スッパ」は、お2人のコンビの『オレ・ダレ』に続くワンダーランド絵本第2弾です。
越野民雄さんは東京生まれ、広告代理店のコピーライターとして広告制作に携わりながら、文筆家としても活躍しています。主な作品に、『ぼく きょうりゅう』『名探偵モンスターパパの日曜日』(ともに佼成出版社)、『ワン』『わたしエリカ号』『オレ・ダレ』(ともに講談社)などがあります。高畠純さんは愛知県生まれ、東海女子大学教授です。1983年、『だれのじてんしゃ』(フレーベル館)で、ボローニャ国際児童図書展、グラフィック賞受賞。主な作品に、『ピースランド』『だじゃれすいぞくかん』(ともに絵本館)、『ペンギンたんけんたい』『オレ、ダレ』(ともに講談社)などがあります。
久々に「おはなし会」で絵本を読みます。もう2年くらいしていないので・・・どんな絵本を選ぼうか迷いました。対象年齢が幼稚園児以下なので、難しい内容よりも言葉遊びのようなものという感覚で選びました。「いちばんつよい・・・」は、いじわるオオカミが、森のなかで出逢う動物たちに「一番強いのはだれ?」と質問して、「オオカミさんです」と答えられ自信満々になっているという話です。出逢う仲間が、うさぎ、赤ずきんちゃん、三匹のこぶたたち、七人の小人たちです。あれ?みんなオオカミに苛められた経験の持ち主?最後に出逢った怪獣の子供の前では、小心者のオオカミに変身してしまいますが、本当に強いってなんだろう・・と子供たちと話ができたらいいなあと思いました。また、「オー・スッパ」も言葉遊び的なところがありますが、レモンに視点をあてているのが面白いと思いました。子供って何でも口にしたがりますが、もしかして誰でも好奇心から経験があるかな?と考えてしまいました。だったら、話の内容の理解できるかな・・・なんて。どっちにしても、この絵本のもつ楽しさが伝えられるか・・・と、今から緊張しています。(04・3・15)
浅田 次郎 ・ 集英社文庫 ・ 評価★★★★
昭和44年、京都。大学の新入生で、大の日本映画ファンの「僕」こと三谷薫は、友人の清家忠昭の紹介で、旧き良き映画の都・太秦の撮影所でアルバイトをすることになりました。そんなある日、清家は撮影現場で絶世の美女と出会い、恋に落ちます。しかし、その絶世の美女は30年前に死んだ大部屋女優でした。若さゆえの不安や切なさ、不器用な恋。失われた時代への郷愁に満ちた瑞々しい青春恋愛小説です。(この作品は、1997年7月に単行本、2000年5月に文庫として双葉社より刊行されました。)
−僕の青春、そして失われた親友と、永遠に愛する初恋の人へ−と、前書きに書いてありました。浅田さんの青春時代を彷彿させるものが、この中に描かれていると思いました。例えば、映画の世界の話とか、大学の紛争の話とか・・・・。しかし、この小説に登場する亡霊は、本当にあった話なのか浅田さんが作り出したものか、読んでいるうちに錯覚を起こしてしまうほど、文章は巧みに描かれています。実際、ここに登場する大部屋女優の伏見夕霞が、京都太秦の撮影所で自殺を図ったことは本当のようです。話の中に登場する映画監督山中貞雄が戦死した、昭和33年9月17日と同じ日だったようです。この因果については、小説を読んでいただけると判ると思います。前書きから意外な結末まで、この話は息をもつかせぬ展開で進んでいきました。
青春恋愛小説とありますが、どっちかというと青春小説かも知れません。男女の恋愛感情も描かれていますが、それよりも男同士の友情関係の方が強く描かれています。映画館で出会った三谷薫と清家忠昭。その友情を通して物語が展開していくのですが、二人の共通の趣味である映画なしでは話は展開していきません。京都という場所にこだわった理由も納得がいきました。この本を読んで、日本の名画と言われているものが無知な者にもわかるような内容なのです。映画を見ない者にとっては良さがわからないのですが、少しばかり勉強になったのも本当です。(04.1.16)
大沢 在昌 ・ 角川書店 ・ 評価★★★★
千葉・勝浦の別荘地で、松原龍は静かな生活にこだわり続けていました。ある日、浜辺で杏奈という女性と出逢い、今の生活では捨てていた恋愛感情を呼び起こされてしまいます。エージェントから逃げ出してきた杏奈を匿おうとしますが、彼女は松原の前から失踪してしまいます。龍は己の恋愛感情と杏奈とのあるべき距離を確かめるために彼女を追いますが・・・・。殺し屋、CIA、FBI、チャイニーズマフィア、警視庁、複雑に絡む巨大な悪の罠、龍が心の底から求めていたものは、復讐でもなく正義でもなく、女への想いを確かめるために龍は闘ったのです。春に彼女と出逢い、夏に熱き感情を覚え、そして秋に過ぎ去った夏を想う。男と女の新しい関係を、いままでにない形で描いたハードボイルドです。(初出:「野生時代」1994年12月号〜1996年9月号/「カドカワミステリ」1999年12月号・2002年2月号)
舞台は、千葉県勝浦から始まり、アメリカ、軽井沢、東京、石垣島と展開していきます。静かに、世捨て人的な生活をしていた松原の前に、突然現れた杏奈。そこから、松原の生活、また心境に変化が生まれてきます。始めは、男と女の静かな出逢いでしたが、読み進むうちに展開は意外な方向へと進んでいきます。また、松原の心の葛藤など、ハードボイルドとしては殴りあいなど少ないぶん、人間関係や心情に重きを置いているようです。松原の親友・ケインが、今回の小説では大きな存在となってきますが、親友と思っていたケインが実は・・・と、最後には予想を越える結末を大沢さんは用意していました。話を読み進めていく過程で、そんなニュアンスを暗示させることを書いていますが、まさか・・・と言う気持ちが強く、最後まで気を惹きつける内容展開でした。
最初の文章を読んで、内容がどこかで読んだことがあったかな・・・と思わずにはいられませんでした。それだけ、北方さんの手法というか描いてあるものが酷似していたように思います。都会から離れたところで生活し、釣りに詳しく男一人で料理などをしているところなどは、北方さんがよく描いている風景です。どちらかと言ったら大沢さんは、六本木など都会的なイメージがあったため、北方さんとダブってみえて意外でした。しかし、やっぱり違いはありました。北方さんは必要以上に物にこだわりますが、大沢さんのハードボイルドにはそのへんはあまり感じられません。男を描くにも、北方さんは「男」こだわりますが、大沢さんはこだわりを持っているようにはみえません。だんだん読んでいるうちに違和感は薄れていきましたが、それまでは今まで読んだ本をいろいろ考えてしまいました。こんな場面、どこかで出てきたことがありそうだ・・・と。
「大極宮」というのをご存知ですか?!大沢オフィスに所属する大沢在昌と京極夏彦、宮部みゆきのHPサイトのタイトルです。その中に、大沢さんの新刊に関する情報が載っていました。「週刊現代」に連載するため、12年ぶりに「アルバイト探偵」を書き出したという内容でした。登場人物の年齢はそのままに、再び楽しめるとあって今から単行本になるのが待ち遠しい思いです。(03.9.28)
伊集院 静 文 ・ 堂本 剛 イラストレーション ・ 朝日新聞社 ・ 評価★★★★
「きみとあるけば」に続く第2弾です。“君”との“今”を大切にしたいという思いが、随所に描かれていて、堂本剛くんが描くイラストがほのぼのとした雰囲気をかもし出しています。このエッセイは、「月刊アサヒグラフperspn」(朝日新聞社)の2002年3月号〜2003年4月号の連載「きみとあるけば」が初出です。
異色コンビ伊集院静と堂本剛の二人が、エッセイとイラストという共著で出版した2冊目の本です。
「いつかは別離の時がくる。でも、出逢ってともに過ごせば、かたちは失せても、ずっといっしょ・・・。」伊集院さんと剛くんが飼っている犬は、ミニチュア・ダックスフント(伊集院家の「亜似須(アイス)」と剛くんの愛犬は「ケンシロウ」)で、共通のものがあったため一緒に仕事をすることになったようです。伊集院さんの日常を通して、愛犬との関わりや世の中との関わり、また伊集院さんの昔の思い出を、剛くんのイラストがいい味を出して添えてあります。前回のタイトルは「きみとあるけば」でしたが、今回は「出逢った瞬間から、“ずっーといっしょ。”なのが、生きることの素晴らしさかもしれない。」という思いがあって、本のタイトルを“ずっーといっしょ”にしたそうです。
伊集院さんが書いていましたが、人には出逢いがあれば別離があります。しかし、別離はあるがものすべてが消えるわけではないのです。いつか目の前から姿が消えて、手で触れられなくなっても、手の感触に心の中に残りつづけるものだと思います。人は人生の中で、必ず経験することが二つあります。それは、生を受けることと死ぬことです。その間、人間は出逢いと別離を繰り返しますが、いっしょにいるその時間を大切に生きていることがすべてであると言っています。今回のエッセイの中でも、伊集院さんの幼いときに経験した出逢いと別離をテーマに描いていて、そのことが今になっても自分の中に生きていると書いています。なんとなく、わかるような気がします。そして、そこに剛くんの描いてあるイラストは、とてもあったかさを感じさせてくれるのです。
人は誰でも同じような体験があり、同じようなことを繰り返ししていると思います。そんなとき、“ずっーといっしょ”と言える人(動物でも・・・)と巡り会えることができたら、それが一番幸せなことではないでしょうか。(03.8.11)
「仙台青葉の殺意」 十津川警部
西村 京太郎 ・ 双葉社 ・ 評価★★
仙台の見知らぬ女性から、十津川警部に電話が入ります。死んだ夫の手帳に「自分が死んだら十津川警部に葬儀に来てもらってくれ」と書いてあったというのです。十津川には、死んだ男に心当たりはありませんでしたが、なぜか気になるのでした。死んだ男が残した一冊の手帳が、次々と殺人事件を生んでいきます。十津川警部と亀井刑事は、仙台で姿の見えない殺人者に立ち向かうのですが、悲劇的な殺人が発生してしまいます。(初出誌:「小説推理」02年11月号〜03年5月号)
タイトルに興味を持って読んだのですが、やはり西村さんの作風は変わってしまったようです。以前は、十津川警部と亀井刑事の絶妙なやりとり、テンポのよい展開、謎解きも読んでるものを納得させるだけの手法をもっていました。しかし、数年前からちょっと変わったかな・・・と思い、最近もなかなか手に取ることはありませんでしたが、地元が取り上げられていると思うと、やはり読んでみたくなるのが心情です。
期待は、見事に裏切られてしまいました。まず、仙台として取り上げられているのは、一番町と秋保温泉。仙台って取り上げるところがないのかな・・・と思ってしまいました。そして、気になったのが亀井刑事のこと。もっと穏やかで、十津川警部のよき相談相手と思っていたのですが、性格が変わった?!と思われるほど少し荒っぽさが目立ちました。また、事件のつながりがはっきりしなく、謎解きも中途半端で終っているのが残念です。全てが、十津川と亀井の二人の会話で成り立っているため、特に「仙台青葉」とタイトルに入れなくても、他のところでも通用する内容でした。ダイイングメッセージに、「アオバのウラギリ」と出てきますが、その言葉の意味も最後までわからず、なんのために引用したのか疑問が残りました。殺人事件の解決にしても同様で、何のために誰が殺したか、全てが中途半端で読んだものは消化不良を起こしてしまいそうです。
旅情ミステリーの部類に入る一冊だとは思うのですが、全然旅情を感じることができず、またミステリーというには裏づけがはっきりしないもので、正直がっかりしてしまいました。(03.7.30)
「壬生義士伝」 上・下
浅田 次郎 ・ 文春文庫 ・ 評価★★★★
小雪舞う1月の夜更け、大阪・南部藩蔵屋敷に満身創痍の侍がたどり着きました。貧しさから南部藩を脱藩し、壬生浪と呼ばれた新撰組に入隊した吉村貫一郎でした。“人斬り貫一”と恐れられ、妻子への仕送りのために守銭奴と蔑まれても、飢えた者には握り飯を施す貫一郎。元新撰組隊士や教え子が語る、非業の隊士の生涯がここにありました。(上巻)
五稜郭に霧がたちこめる晩、若侍は参陣しました。あってはならない“まさか”が起こったのです。義士・吉村の一生と、命に替えても守りたかった子供たちの物語が、関係者の“語り”で紡ぎだされます。吉村の真摯な一生に関わった人々の人生が、見事に結実するクライマックスを迎えます。(下巻)(初出誌:週刊文春1998年9月3日号〜2000年3月31日号・単行本:2000年4月文藝春秋刊)
この小説は、実に面白い構図となっています。まず、時代とか場所とかの状況、そして登場人物を始めとする人々の置かれている情況や配置だけを描き、物語を通じて主人公である吉村貫一郎その人を、前面に押し出す描き方はしていないのです。次の場面では、突然東北ことば(南部なまり)の一人称になり、捕らえどころのない吉村貫一郎という下級武士が、訥々と語るという展開で進んでいきます。さらに、3つ目に場面では吉村貫一郎に関わった人たちの回想で、話の時代は幕末から半世紀を経た大正期となっています。そして物語は、吉村貫一郎の南部なまりの一人称に戻り、また回想になり・・・と話は展開していきます。回想の場面は、流石浅田さんと思うほど巧みに読み手の心を掴んでいました。
「壬生義士伝」は、映画化されTVでも放映されました。どちらも見なかったのですが、先日TV化されたのをビデオで見る機会がありました。田舎の侍の目を通してみた新撰組が描かれており、また侍でありながら自分の命に替えてでも守りたかった妻子への愛情。侍とは何か、義とは何かをテーマに、その時代に生きた一人の武士を描いていて、原作に興味を持ち後日本を手にしました。TVの展開と、本の展開とにギャップを感じながらも、意外と忠実にTV化されていたのには驚きました。新撰組に本当にこういう人物がいたのかどうか、歴史物を読まないので詳しくはわかりませんが、浅田さんの着眼点は素晴らしいと思えた一冊でした。(03.7.9)
「砂の狩人」 上・下
大沢 在昌 ・ 幻冬舎 ・ 評価★★★★
暴力団組長の子供ばかりを狙った猟奇殺人が発生します。警察庁の上層部は内部犯行説を疑い、極秘に犯人を葬ろうとします。この不条理な捜査に駆り出されたのは、かつて未成年の容疑者を射殺して警察を追われた「狂犬」と恐れられる元刑事でした。殺された組長の子供たちは、喉に携帯電話を押し込まれていました。中国人の仕業だと暴走した暴力団員、血染めの応酬をする中国マフィア、緊急配備につく機動隊・・・。新宿に戒厳令がひかれます。中国マフィアと暴力団の全面戦争が始まったのでした。この事態に、警察庁の女性キャリア・時岡は、「狂犬」と言われる元刑事・西野に拳銃の使用を許可したのでした。いつになったら、この犯行は終るのか。犯人の目的は何かのか。そして、西野は何のために犯人を追い詰めていくのか。過激にヒートアップする1200枚の長編です。(本作品は、サンケイスポーツ新聞に2001年4月2日より2002年5月10日まで連載されたものです。)
殺人事件の犯人を追いつめる主人公・西野は、刑事を辞めた後静かに海を相手に暮らしていました。自分の犯した過去を見つめながら。そんな西野が、また新宿に帰ってきます。自分の死に場所を求めているかのように、事件に深く関わっていくのでした。容疑者の目的が何なのか・・・物語の展開は、複雑に絡み合っていて読み応えはありましたが、十分に納得のいくものではありませんでした。もう少し、犯人の心理状態や犯行に至った経過など盛り込まれていたらと感じました。犯人を追い詰めることに、紙面の大半を要し、犯人が登場する場面が最後のほうに少しだけだったからかも知れません。また、「砂の狩人」と題した意味が、読み終わったあとでもわかりませんでした。狩人は、西野自身のことだとは思いましたが、なぜ「砂」なのか・・・・。「砂」にこめられた作者の意図は何だったのか、これからゆっくり考えてみたいと思います。
久々の大沢さんの大作でした。以前、「北の狩人」という本を出版した作者でしたが、安易な表題だ・・・と本を手にしたときの最初の感想でした。しかし、本の内容は大沢在昌ここにありというような感じで、存在感は今も健在です。内容は一言で言って、暗い、暴力的イメージですが、新宿鮫を彷彿させるハードボイルドです。(03.5.17)
島田 一男 ・ 扶桑社文庫 ・ 評価★★★
少年タイムス編集長・津田晧三の元に旧友の考古学者・曽根辞郎の訃報が届きます。多摩古墳群を発掘調査していた曽根が、その古墳の中で頭蓋を砕かれて殺されたというのです。彼の遺した謎の詩は、誰を告発しているのか?船を模して建てられた奇怪な家を舞台に、津田の推理が冴えます。考古学のペダントリィと怪奇趣味に彩られた「古墳殺人事件」に、義経伝説に取り憑かれた一族の間で発生する連続殺人事件に津田が挑む「錦絵殺人事件」を併録しています。後に「事件記者」で一世を風靡する著者が最初期に手がけたミステリーの復刻版です。
今回の作品は、一番新しい春陽文庫、徳間文庫から刊行されてから12年が経過していて絶版になっていた本です。「古墳殺人事件」は昭和23年、「錦絵殺人事件」は昭和24年に描かれたもので、復刊希望が多かったということで「昭和ミステリ密宝」シリーズとして刊行されました。島田一男さんは、1907年(明治40年)、京都に生まれ、大連市役所を経て満州日報に入社。戦時中は記者として活躍しています。96年に亡くなるまで、生涯現役のミステリ作家でした。
この本に収録されている作品は、少年タイムス編集長・津田晧三が探偵役を務めて、その相方には地方検事が「古墳」では原喬二、「錦絵」では小原喬二として登場しています。原=小原というのは、読んでいて一目瞭然なのですが、その当時実名のモデルということで架空の名前にしたものなのでしょう。最近の本から読み出したので、文体といい内容といい島田さんの作品とは思われない違和感がありましたが、推理そのものは思考が凝らしてあって面白いものでした。
島田一男さんといえば、NHKの「事件記者」の脚本を手がけていたことで有名です。島田さんが作り出した言葉に「事件記者」「トップ屋」と言った、現在は一般名詞として使われている言葉も少なくありません。そんな島田さんの作品では、新聞記者(ブンヤもの)以外でも、庄司部長刑事、花井警察医、南郷弁護士、海堂鉄道公安官などシリーズキャラクターを次々登場させました。その中でも、鉄道公安官シリーズの海堂さんの登場する小説は、話の展開といい、旅情を感じさせてくれる内容といい、またキャラクターの設定といい好きな作品の一つです。島田さんの作品の魅力は、謎解きの面白さと同時に文章に余計な飾りが無いのがいいです。推理小説の醍醐味は、端的な描写で想像力をかきたてるものでなければ、余計な言葉に惑わされてしまいかねません。そういう意味でも、島田さんの小説は推理ファンなら一度は読んでいただきたい一冊です。(03.3.10)
浅田 次郎 ・ 中央公論社 ・ 評価★★★★
武士という職業が消えた、明治維新の大失業にも自らの誇りを貫いた侍たちの物語です。「五郎治は、始末屋であった。藩の始末をし、家の始末をし、最も苦慮したわしの始末もどうにか果たし、ついにはこのうえ望むべくもない形で、おのれの身の始末もした。男の始末とは、そういうものでなければならなぬ。けっして逃げず、後戻りせず、能う限りの最善の方法で、すべての始末をつけねばならぬ。」(「五郎治殿御始末」本文より)
収録されている作品は、「椿寺まで」(初出「旅行読売」2000年4月号・5月号)、「箱館証文」(初出「旅行読売」2001年2月号・3月号)、「西を向く侍」(初出「旅行読売」2002年1月号・2月号)、「遠い砲音」(初出「中央口論」2002年6月号)、「柘榴坂の仇討」(初出「中央口論」2002年2月号)、「五郎治殿御始末」(初出「中央口論」2002年7月号)の6編です。なお、単行本化にあたり加筆訂正されています。
舞台は、明治維新。文明開化が唱えられ、武士という職業が消えつつある中、時代の流れに取り残された男たちの物語です。世の中が変わるという端境期に、武士ゆえに戸惑い、葛藤し苦労する男たちの姿を、浅田さんらしい哀愁といたわりの心を持って描いています。急速に移り変わる時代、欧米の思想が入り込んできてそれまでのものを否定する・・・。決して、今までの精神的なものが悪いとは思いません。しかし、新しい時代というものは古いものと相対する立場をとっています。なんか大事なものまで失ってしまったのではないか、と思わされました。
収録されている作品に登場する男たちは、ただ不器用で武士道の精神を貫いて生きていました。そして、近代の垣根の前に、ともかくも乗り越えようと苦労している姿を見ると遠い昔のような気がしますが、明治維新という時代はそんなに遠い過去ではないのです。この物語を読んで、私たちが忘れかけている日本の心と言うようなものが感じられました。古きよき時代・・・このような話をしてくれる人の存在も、周りには少なくなってきました。今度は、自分たちが語り繋いでいかなければならないのですね。(03.3.1)
「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」 上・下巻
J.K.ローリング=作 ・ 松岡佑子=訳 ・ 静山社 ・ 評価★★★★★
魔法界のサッカー、クィディッチのワールドカップが行われます。ハリーたちを夢中にさせたブルガリア対アイルランドの決勝戦のあと、恐ろしい事件が起きます。そして、100年ぶりに開かれる三大魔法学校対抗試合に、ヴォルデモート(名前を言ってはいけないあの人)が仕掛けた罠は、ハリーを絶対絶命の危機に陥れます。しかも、味方になってくれるはずのロンに、思いもかけない異変が・・・(上巻)
クリスマス・ダンスパーティは、女子学生にとっては待ち遠しいのですが、ハリーやロンにとっては苦痛で仕方がありませんでした。ハーマイオニーのダンスのお相手は意外な人物。そしてハグリットにもパートナーが?!三校対抗試合の緊張の中、ロマンスが飛び交います。しかし、その間もヴォルデモートの不気味な影がホグワーツ城を徘徊します。ほんとうに怪しいのはだれか?難題を次々とクリアするハリーでしたが、最後の試練には痛々しい死が・・・(下巻)
上巻557ページ、下巻573ページという児童書にしては長編作でしたが、一気に読むことができました。物語の展開はテンポよく、内容も一段とパワーアップしていました。話の始めは、これから起こる不吉な出来事の兆候を示すように、不気味なものでした。そして、それが300キロも離れたハリーの身に襲い掛かってきます。ハリーの額の傷痕が激しく痛んだのです。以前、額の傷痕が痛んだときは、近くにヴォルデモートがいましたが、今回は夢の中の出来事でした。果たしてハリーの身に何が起こっているのか・・・読者は興味津々で物語の中に引きずり込まれます。しかも、親友のロンには口も利いてもらえない事態になり、ハリーは窮地に追い込まれます。
今回は、ハリーの初々しい初恋が描かれているということでしたが、意外とさらりと流されているように思いました。話の展開は、クィディッチのワールドカップに始まり、三大魔法学校対抗試合にハリーが出場するように巧妙に仕組まれた罠に嵌ります。難題を次々にクリアしながら成長していくハリーと、いつにもなく多彩な登場人物によって、物語は進んでいきました。ヴォルデモートの復活も見逃せません。今回は、見どころ、読みどころが満載です。一時も目を離せないテンポのよい話の展開は、きっとこれから読む方にもハリーと一緒に「悪」と戦う気分を満喫させてくれることでしょう。
4年目になるハリーの物語、今年第5作目「ハリー・ポッターと不死鳥の勲章」(仮題)が出ますが、一年に一度の出版を楽しみにしている方は大勢いると思います。その中の一人として、これからのハリーの活躍、そして成長を、またハリーを取り巻く人々の行方を楽しみに見守っていきたいと思います。今回も、ハリーには困難に立ち向かう「勇気」と人を思いやる「やさしさ」を教えられました。(03.2.5)
浅田 次郎 ・ 朝日新聞社 ・ 評価★★★★
「思い出せない。どうしても思い出せない・・・・。純白の花を咲かせる沙羅の並木道を歩きながら、椿山和昭は懸命に考えた。ここはいったい、どこなのだ。自分はどこに向かって歩いているのだ。」 遣り残したことが多すぎる・・・このまま"成仏"するわけにはいかない・・・突然死した冴えない中年課長は、美女の肉体を借りて七日間だけ"現世"に舞い戻ります。希むものは、愛する人々の幸せでした。朝日新聞夕刊連載の単行本化です。(2001年7月2日から2002年4月16日にかけて朝日新聞夕刊に連載されたものを、単行本化に際し、加筆・修正されたものです)
ちょっと奇抜な発想でした。今の時代を象徴しているような中年の過労死から物語りは始まります。死後の世界の入り口で、「このまま死んではならない事情」があれば再審査が行われ、初七日まで現世に戻ることが許されるのです。しかし、必ず守らなければならない三つの掟「制限時間の厳守・復讐の禁止・正体の秘匿」を破ると、待っているのは・・・・。椿山和昭は、「相当の事情」を認められ美女の肉体を借りて現世に戻りますが、そこで見たものは家族の意外な秘密でした。
突然の死に対して、人の未練を描いているこの小説は、ユーモアあり、人情あり、家族愛ありのユニークな作品です。自分がこの小説みたいに突然死したら・・・と考えると、他人事だとは思えなくなりました。この小説の主人公の気持ちが痛いほどわかりますが、小説に登場する人たちが死に対して恐怖心を持っていないのが不思議でした。でも、考えて見たら死んだ後のことを描いているので、死に対する恐怖心がないのは当然と言えば当然なんですよね。テーマは暗いのですが、少しもその暗さが感じられない一冊です。
もし、死んだあと初七日まで"現世"に仮の姿で戻れるとしたら、一体何をしたいかな・・・と考えてしまった自分がいました。今はまだ死の恐怖のほうが強いので、そのような仮定もぼんやりと思うだけですが、この本を読んだ人は同じように考えると思います。あなたならどんな時間を持ちますか?!(02.11.18)
浅田 次郎 ・ 徳間書店 ・ 評価★★★★
−沙高楼にようこそ。今宵もみなさまが、けっして口になさることのできなかった貴重なご経験を、心ゆくまでお話くださいまし。お話しになられる方は、誇張や飾りを申されますな。お聞きになった方は、夢にも他言なさいますな。あるべきようを語り、巌のように胸にしまうことが、この会合の掟なのです。−(本文より)
南青山の秘密サロン「沙高楼」。この会合のオーナーは、紫のサテンに満艦飾の宝石類をちりばめた大柄の婦人です。しかし、その顔は紛れもなく男性の骨格を持っていました。そう・・・女装をした「マダム」だったのです。功成り名を遂げた人々の口から、夜ごと語られる秘めやかな真実。「真実は小説より奇なり」、厳選された人々がのっぴきならない秘密を披露し合うのが、この会合の目的なのですが、それは驚愕の連続でした。(初出誌・「小鍛冶」問題小説1996年2月号/「糸電話」問題小説1999年8月号/「立花新兵衛只今罷越候」問題小説2000年10月号/「百年の庭」問題小説2001年7月号「ゴースト・ガーデナー」を改題/「雨の夜の刺客」問題小説2001年10月号)
人には、誰にも言えない秘密の一つや二つはあるものです。それを言うことは、勇気がいると同時に、胸につかえていたものが無くなります。「沙高楼とは、なるほど言いえて妙ですね」と出席者は言います。砂でできた高楼は脆く殆いものです。しかし太古から人々はみな、そこに幸福があると信じて高みをめざします。一瞬の幸福感を求めて集まる人々は、結局自分の毒を吐く代わり、他人の吐いた毒を呑まなければならないのです。沙高楼の綺譚会は、そうやって人々の吐く毒を共有しているのです。
ストーリーは、すごく興味深くミステリアスでした。はっきりした結論は描かれていませんが、消化不良で終わることも無く、読み手の想像性も十分に計算した展開で終わっています。浅田さん独特の描き方で、話の流れもよく久しぶりに面白い一冊に出会いました。(02.11.9)
木谷 恭介 ・ 光風社文庫 ・ 評価★★
製薬関係者で賑わう銀座のクラブの客で、国から研究開発費が出るほどの新進学者・森中が特殊な凶器で斬殺されました・・・。深夜の銀座・虚飾の密室に"だんじり唄"が流れて・・・淡路人形浄瑠璃再興に賭ける笹野夕子の情熱に動かされる名警部・宮之原の推理が連続殺人の闇を解き明かします。
名警部・宮之原さんは、机上の推理を働かせる人です。現場主義の方ではなく、職務上話を聞いて推理を働かせ事件を解決する設定で描かれています。設定上ある意味、物足りなさを感じ、説明が多いと感じるのは仕方の無いこととは思います。どっちかと言うと、好きなタイプの作家、描き方ではないのですが、案の定読んだ後は消化不良を起こしてしまいました。いまいちスッキリとしない謎解きでした。筋道はたっているのですが、無理があるような感じが残ります。どこがどのように・・・と言われても、ここがこのように・・と指摘できるほど印象にも残りませんでした。もっと読み込めばいいのかも知れませんが・・・。(02.10.28)
伊集院 静 文 ・ 堂本 剛 イラストレーション ・ 朝日新聞社 ・ 評価★★★★
−僕の最初の友だちは一匹の子犬だった−せつなく胸にしみるエッセイと心あたたまるイラスト。少年の心を忘れない二人による異色のコラボレーション。月刊アサヒクラブ「person」2001年5月号〜2002年2月号の連載を単行本にしました。
あなたは一緒に歩いてくれる友だちはいますか?少年少女の日々を大切にしている人へ。心のどこかに孤独を感じている人へ。自分探しを続けている人へ。そんなあたなにこの本を贈ります。(「きみとあるけば」帯文より)
52歳の伊集院さんの文に、23歳のKinKi Kidsの堂本剛くんがイラストを描くという異色のこの本は、現在の伊集院さんの生活を基盤に、昔の出来事を回想すると言う展開で話は進んでいきます。なぜこの二人の組み合わせか・・・と疑問を持ちつつ手にとってみました。しかし、本を読んでもその疑問は解決しませんでしたが、ほのぼのとした感じのエッセイになっていると思いました。話の中心は、愛犬のこと。二人の共通点は、同じ種類の犬を飼っていることということで、合い通じるものがあったのかも知れませんね。
少年時代の思い出を描いたこのエッセイは、人との触れ合いや人間にとって大事なこと、忘れてはいけないこと、人を思いやることなどを、エピソードと一緒に語ってくれています。そこに剛くんのイラストが、遠慮がちに描かれているのですが、絵を勉強したことがないと言う彼の言葉どおり、自然体で描かれています。伊集院さんの文から剛くんがイメージした絵は、ときには不細工ですが、どこか温かみのあるものになっています。「あっ・・・こういう経験したことがある!」と、伊集院さんの文を読んで感じる人は多いかもしれません。その気持ちを大切にしていきたいと、このエッセイを読んで感じました。
現在、伊集院さんは一年の三分の一余りを、仙台の地で過ごしているそうです。地元に住んでいるという贔屓目で、手にしたわけではないのです。大好きな剛くんが、イラストを描いているのでつい手にとった本は、昔子供だった方が読むと懐かしく感じるものがあっていいかも知れません。ついでに、末巻にお二人の写真が掲載されているのですが、とてもいい感じに写っていました。(02.8.30)
「上高地・芦ノ湖殺人事件」 山形新幹線・つばさ100号の「乗客」
津村 秀介 ・ 光文社文庫 ・ 評価★★★★
あじさいの咲く箱根路で、バスの墜事故が発生しました。犠牲者・荻野泰子の遺族に連絡すると、事故の前日、泰子の兄・功男が広島で刺殺されていたことが判明します。ルポライター・浦上伸介は、兄妹の不可解な連続死亡事件に作為の匂いを嗅ぎます。取材で浮かび上がったのは、兄妹の秘められた背景でした。墜落事故に潜む謎と、容疑者たちの完全無欠のアリバイ。謎を解くため、山形、上高地と犯人の足跡を探っていきます。(1995年11月カッパノベルズ光文社刊)
この作品は、津村さんの44作目の作品として、平成7年11月にカッパノベルズ光文社刊より書き下ろし刊行されました。湖シリーズの第3作です。舞台は、箱根と上高地、アリバイラインは東は山形県から西は広島県まで伸びています。そして、アリバイを崩すのは、フリーのルポライター・浦上伸介、週刊広場のアルバイト・前野美保、毎朝日報の谷田実憲というお馴染みの面々です。津村さんの作品は、始めに容疑者が浮かび上がり、確固たるアリバイが提示され、その謎解きをしていくという趣向になっています。そして、トリックの解明の糸口を得ようと、アリバイに関係する土地を訪れます。そこで、犯人の行動を実際に追体験し、自分の眼と足で一つ一つ確認をしていくので、トリックのアリバイ崩しも読者に共感を持って受け入れられるだと思います。
トリックも、鉄道のダイヤ・トリックのほかに、カメラやファクシミリのトリックが組み合わされ、謎解きは不可能かと思われます。しかし、容疑者の計算されたトリックを、浦上達が一つ一つ解き明かしていくラストは、何度読んでもスリリングで読み手を引き込みます。この作品も、緻密に計算されたアリバイの謎解きが堪能できるものとなっています。(02.8.18)
大沢 在昌 ・ 講談社 ・ 評価★★★★★
「殺しは、仕事にしたことがない。殺しをしたかったとはいわないが・・・。」男は六本木の裏通りのバーで、客を待っています。ジョーカーは、つながらない数と数のあいだを埋めるのに使う最後の切り札です。使われた後は用が無いのです。そこに捨て置かれるか、別の人間が使うまでは・・・。着手金は100万円。仕事は「殺し」以外のすべて。私立探偵でも、逃がし屋にも依頼できないトラブルを、たった一人で引き受ける最後のプロフェッシュナルのお話です。
「ジョーカーの当惑」(初出誌「小説現代」1993年1月号)・「雨とジョーカー」(初出誌「小説現代」1995年7月号)・「ジョーカーの後悔」(初出誌「小説現代」1998年5月号)・「ジョーカーと革命」(初出誌「小説現代」2000年1月号)・「ジョーカーとレスラー」(初出誌「小説現代」2001年1月号)・「ジョーカーの伝説」(初出誌「小説現代」2002年1月号〜2月号)に刊行されました。
ジョーカーの仕事場は、六本木の外れ、飯倉片町から麻布台へと抜ける目抜き通りの裏側にあるバーです。表通りに面した高級イタリア料理店と中で繋がっていますが、客の行き来はほとんどなく、いつもひっそりしてとしていて暗く、店の人間は沢井というバーテン一人です。客も常連ばかりで、皆どこか変わっています。ジョーカーこと森尾(本名ではないらしい・・・)も、このバーが連絡事務所になっています。仕事を頼みにくる客があれば、このバーで「ジョーカーはいるか?」といえばいいのです。
「雨とジョーカー」の中に、銃密造の天才の話が出てきます。この作品の中では、ガン・ジョージこと栗原丈二というオリジナルの銃密造の天才の話ですが、銃密造の世界ではもう一人の天才がいたと紹介されています。それが、新宿鮫にでてくる木津です。文中には、何年か前に新宿署の刑事に射殺されたと描かれていますが、こんなところで新宿鮫と出会うとは思いませんでした。
全体的に、短編にありがちな内容が薄いという感じは無く、一話一話読み応えがあり展開も面白く、大沢さんならではのハードボイルドの世界が広がってします。仕事に対する責任感、クライアントとの信頼関係など、この仕事においてのジョーカーのこだわりは、言いも直さず大沢さんのこだわりと見ました。新シリーズと名をうって出版された「ザ・ジョーカー」、第二段の出版が楽しみです。(02.7.13)
津村 秀介 ・ 光文社文庫 ・ 評価★★★★
「特急サンダーバードの罠」−大阪発富山行きの“サンダーバード1号”のなかで、男が殺されます。そして翌日、金沢・兼六園で女が殺されました。二つの殺人事件の現場には、同一人によると判明した遺留品が残されていました。被害者二人の関係、容疑者のアリバイ、謎は深まるばかりです。しかし、意外なところに手がかりが・・・。「週刊広場」編集部の慰安旅行で遭遇した轢き逃げ事件が、この二つの殺人事件に関係していたのです。巧妙に張り巡らされた謎を、ルポライター・浦上伸介が一つずつ解き明かします。死線シリーズ第二弾の作品です。(1997年11月カッパ・ノベルズ刊)
津村さんの作品は、しっかりとした取材のもとに描かれているため、読み手にも臨場感が伝わってきます。また、津村さんのトリックには鉄道や飛行機などが使われていますが、乗り換えに要する時間等読んでいて違和感や疑問が無いのは、実際自分の足で確かめているからなのです。一つの作品を仕上げるのに、浦上同様その場に行ってみる・・・作品のポイントがしっかりしているのに理由があるのは、読んでいてわかります。今回の作品の舞台は、京都、福島、名古屋、そして金沢と広範囲にわたっています。もちろん、神奈川県を含む首都圏も取材の範囲に含まれていますが、それぞれの地域の描写には無駄がありません。
中盤になって、容疑者が一人に絞られ、動機も解明されますが、完璧なアリバイも浮かび上がってきます。アリバイ崩しがメインの作品で、今回は時計が写っている写真が証明として提示されています。その写真を基に、浦上伸介とアシスタント・前野美保はアリバイ破りの旅に出ます。ひとつ、ひとつトリックを暴き、最後に事件の発端となる金沢へと向かう二人は、車中でもアリバイの検討は続きます。あらゆる可能性を検討し、読者にも納得いく方法で事件解決まで持っていく・・・読んでいて消化不良を感じないのは、徹底した理論付けのもとに事件が解明されていくからでしょう。トリックの理由付けには、少々安易なのでは・・・と感じさせるところもありましたが、全体の流れからいったら些細なことです。推理小説は、読んだ後推理に疑問が起きないことです。その点、しっかりとした解明がされている津村さんの作品でした。(02.7.10)
津村 秀介 ・ ケイブンシャ文庫 ・ 評価★★★★
アマチュア将棋の世界では、ギャンブラーのように現金を賭けて対局する者を真剣師と呼びます。その真剣師の大会が、仙台と天童で開催されました。横浜のうらぶれた二人の真剣師がこの大会に出場しましたが、初日の勝負の後に一人は山形で、もう一人は仙台で殺害される事件が起きます。そして、奇妙なことに双方の被害者が容疑者として浮かび上がってきました。真犯人の築いた完璧なアリバイに、浦上伸介が挑みます。(1994年青樹社から刊行)
津村さんは、時刻表のトリックの第一人者と言っても過言ではないと思います。この作品は、緻密に計算されたトリックとアリバイ崩し、推理小説の面白さを損なわない作品に仕上がっていると思いました。ただ、昭和60年3月ころの時刻表等を使用しているので、東北新幹線が走っているにも関わらず、仙台ー東京間の航空機も出てくるという、話の内容に違和感を覚えました。今回は、浦上伸介の良き相棒である「週刊広場」の前野美保が登場していなく、大学の先輩である神奈川県警記者クラブ「毎日日報」キャップ谷田実憲が、浦上の推理を肯定する役割をしていました。話の展開もスムーズで、中盤からは真犯人のアリバイ崩しを将棋に例えていくあたりは、流石津村さんと感じさせるものがありました。
この本を手にとったのは、地元が描かれているからでした。殺人事件が起きたところということで、山形と仙台が登場しますが、読んでいて今の仙台とは趣を異にしますが、取材はしっかりとしていると思います。また、もう一方で登場する舞台が宝塚なのですが、一度訪れたことのある地でしたので、こちらも読んでいて地理の描写は、懐かしくもありました。想像できるということは、自分の中で作品がすんなり入り込んでくるので、読んでいて主人公と一体感になることが出来ます。しかし、一つだけ残念なことに、将棋のことが全然わかりません。それゆえ、謎解きにかかわる将棋の指し手が出てくるのですが、もう一つピンと来ませんでした。ある意味、専門的な世界の話になると、知識がないと十分楽しめないものかも知れません。(02.5.31)
浅田 次郎 ・ 集英社 ・ 評価★★★★★
「江戸っ子の初湯は千両。せめて値千金の初語り、ブタバコの湯銭がわりに聞いておくんなさい」大正義賊の活躍を描く痛快人情譚です。第一夜「初湯千両」(初出・小説すばる・1999年1月号)、第二夜「共犯者」(初出・小説すばる・1999年9月号)、第三夜「宵待草」(初出・小説すばる・2000年1月号)、第四夜「大楠公の太刀」(初出・小説すばる・2000年6月号〜7月号)、第五夜「道化の恋文」(初出・小説すばる・2001年1月号〜2月号)、第六夜「銀次蔭盃」(初出・小説すばる・2001年5月号)の6話収録。
久々の任侠もの、天切り松の闇がたりが留置場で復活です。いろいろな懲役で、留置場に送られてくるものに、天切り松の話が一番の説教、もとい教訓となっています。第四夜の話の中に、こんな下りがあります。「俺ァたしかにてめえが破廉恥漢と馬鹿にする盗ッ人にァちげえねえが、どっこい銭金まみれの盗みなんざ、七十年の盗ッ人稼業、ただの一度だってしたためしはねえ。いってえ何のために、親から貰った体を張り、命を的にヤマを踏むか、てめえらも金玉ぶら下げた男ならば、よおっく考えてみやがれ。銭金は命の次に大事なもんだってか。冗談はよせ。銭金よりも命よりも大事なものァ、この世にいくらだってあらぁ。(後略)」
盗ッ人稼業の天切り松の話は、盗ッ人らしからぬ筋の入った道理ばかりです。ちょっと考えられないような展開ですが、この天切り松の闇がたりを留置場にいる住人のほか、警察のお役人までもが耳を傾けるのです。固唾を飲んで聞き入るだけの価値のある話・・・読んでいて、思わず直に天切り松の闇がたりを聞いてみたいと感じさせるような筆運びです。登場する「天切り松」こと村田松蔵ほか、親分の「目細の安」こと杉本安吉、兄貴分の筆頭・押し込み強盗の説教寅、天切り松の師匠・黄不動の栄治、百面相の「書生常」こと常次郎、そして紅一点の女掏摸・振袖おこんという役者揃いです。「男気」溢れる生き方、江戸っ子特有のセリフ回し、男の色気を感じる何気ない仕草は、この小説ならではです。
最近、ドタバタ劇、お笑い転向か・・・と思われた浅田さんの作品が続いただけに、じっくりと安心して読める天切り松の話は、見栄を張った江戸っ子らしい爽快なものでした。(02.4.17)
西村 京太郎 ・ 文藝春秋 ・ 評価★★
カメラマンの田村は、謎の失踪を遂げた恋人の行方を追う中で、一枚の写真を発見します。そこには、富山県八尾町で毎年行われる「おわら風の盆」で踊る彼女の姿がありました。撮影者を探す田村。しかし、その写真を撮ったカメラマンの三浦は、沖縄で殺されていました。三浦殺しを捜査する十津川警部は、その過程で田村に会います。十津川と田村は、やがて3年前に起きた八尾町の悲しい殺人事件の秘密に行き当たります。沖縄と八尾の二つの殺人事件に関連はあるのか?!十津川警部の推理が冴える推理小説です。
数年前から、西村さんの小説が変わってきたと感じていて、最近はほとんど読んでいなかったのですが、題名に惹かれて手に取りました。残念ながら、以前のような謎解きに説得力がなく、ストーリーも腑に落ちない部分がありました。読み終えて、疑問ばかりが残り、西村作品はもういいと思ってしまいました。
書き出しは、カメラマンの田村が、小野寺ユキと名乗る女性と知り合う場面から始まります。3ヵ月後に女性が失踪しますが、その意味が最後まで描かれていませんでした。なんのための伏線か、意味の無い登場人物の設定です。また、十津川と田村の接点が、無理やりという違和感がありました。舞台になった「おわら風の盆」ですが、なにもそこを取り上げなくても・・・と言う思いがしましたし、殺人事件と結びつけるにしても後味の悪い謎解きの仕方に、本当に西村さんの作品なのか?と思ってしまいました。推理小説を読んでいて、物語の展開上無理があるのはわかりますが、素人目にもあれはどうなった?これはどうして?という思いが残っては、その本は推理小説とは言えないと思います。取り上げればキリが無いのですが、失望感だけが残った一冊で、最後は締めくくってくれるだろうという期待は見事に裏切られてしまいました。(02.3.2)
大沢 在昌 ・ 文藝春秋 ・ 評価★★★★
http://www.osawa-office.co.jp/ (大沢在昌公式ホームページ)
過去も本名も捨てて生きる男、葛原に託された重要人物の行方の捜索。追いつ追われつするのは、どちらも逃がし屋のプロ。意地と誇りをかけた壮絶なる死闘の果てに、男たちが見つけたものは・・・。日本と国交に無い国の要人を巡り、本来なら敵同士あたる警察機構からの依頼。捜索を頼まれた葛原に選択の余地はなく、事件へと関わりを深めていくうちに、自分でも意外な心境に驚く。犯罪者のプロとして生きてきた自分が、“日本の将来”について話をしているということに・・・・。
葛原、本名・国枝は、殺人事件で指名手配されている犯罪者。今は、仲間と一緒に他人の逃亡を手助けする仕事をしています。ある日、警視庁の河内山から脅迫され、仲間を助けるために自分の意図しない仕事を引き受けることになります。犯罪のプロとプロが織り成す駆け引きは、時間との戦いになか熾烈に繰り広げられていきます。大沢さんは、今回の作品に8年を費やしたと聞いています。限られた時間の中での緊迫感、追い詰められていく人間の心境、プロとしての誇り、全てが終わったとき男たちに約束されたことは、果たして守られたのか。最後は、約束よりも、自分の命よりも、大事なものが何なのか・・・わかった気がします。それは、やり遂げたものしかわかりえないものと思いましたが。
大沢さんの本を読んでいると、同じハードボイルドでも人間くさい気がします。きれい事では、書かれていません。大義名分も、本音に近い感じです。スケールは大きいのですが、そして実際ありそうもないとは思うのですが、より身近に感じるのは主人公が、生の言葉でしゃべっているからだと思います。大沢さんの作品のよさは、テンポの良い話の流れと、登場人物の性格だと思います。でしゃばらず、それでいて個性を大事にしている・・・。いつ読んでも大沢さんの本は、内容は重く暗いと思うのですが、読んだ後はそんなことを微塵にも感じさせないものです。それは、きっと大沢さんの描く人たちが、知らず知らずのうちに物語の中で一人歩きし、私たちの心の中でイメージ化されてしまうからでしょう。それだけ、生き生きと描かれていると感じました。(01.10.1)
「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」
J.K.ローリング=作 ・ 松岡佑子=訳 ・ 静山社 ・ 評価★★★★★
夏休みのある日、ハリーは13歳の誕生日を迎えます。あいかわらず、ハリーを無視しいじめるダーズリー一家でしたが、さらに悪いことに、おじさんの妹・恐怖のマージおばさん泊まりに来たところから、今回の話は始まります。ダーズリー一家の虐めに耐えかねて、家出するハリーに恐ろしい事件が待っていました。脱獄不可能なアズカバンから脱走した囚人が、ハリーの命を狙っているというのです。新任の、「闇の魔法に対する防衛術」を教えるルーピン先生を迎えたホグワーツ校で、ハリーは魔法使いとしても人間としても一回りたくましく成長します。
待望の「ハリー・ポッター」第三作目です。一年に一度の発売を、待ち遠しく思っている自分がここにいました。またハリーに会える・・・本を手にしてから、今日読み終えるまで、読むのがもったいないような、でも早く読みたいような、複雑な思いと葛藤の中にいました。読み終えた瞬間、次にハリーに会えるまでの一年の長さを恨んでいる状態です。3年前、ハリー・ポッターの本を手にしたときは、まさかこんな状態になるなんて予測できませんでした。人に薦められて読んだ本で、自分がこんなに嵌るのは初めてのことです。今は、ハリーに引き合わせてくれたその方に、心から感謝しています。
今回の作品は、今までの中で一番夢中になって読みました。それだけ、長編ながら物語の展開には大人でもワクワクしますし、登場人物等には厚みがでてきました。それ以上に、13歳になりホグワーツ校3年になったハリーの成長ぶりには、目を見張るものがありました。今回は、いろいろな事件が起こります。クィディッチの勝利もさることながら、孤児であるハリーの両親の死についての真実がここに述べられます。ハリーが深い苦しみを味わっているときに、励ます二人の親友、ロンとハーマイオニーの姿がありました。「愛と友情と勇気」は、この作品のテーマでもあり、それはこの三作目にも描かれていました。また、ハリーはやさしさと思いやりと烈しさとを兼ね備えた、素晴らしい少年に成長していました。それは、この物語を読んだ方、みんなが感じることだと確信します。
第四作目は、これ以上の超大作になり、ハリーが少年時代に終わりを告げ、青年から大人になる過程が第5巻から始まるようです。ハリーの成長を見るのも楽しみですが、これからハリーを待ち受けるもの、そして物語の終結を含めますます目が離せない状態で、次回作の出版を心待ちにしていましょう。ハリーの与えてくれる勇気と心温まるやさしさを胸に・・・。(01.9.15)
「王妃の館」 上・下
浅田 次郎 ・ 集英社 ・ 評価★★★★
奇想天外な物語です。不渡り寸前の会社を立て直そうと、とんでもない企画を立てた旅行会社パン・ワールド・ツァー・エンタープライズ。同じ企画で、二つのツァーをフランス「王妃の館」宿泊付き10日間149万円、かたや19万円という料金設定。両ツァー客に、、その存在を気づかせないよう隠密裏にツァーを敢行させないとあって、四苦八苦の添乗員たち。しかし、【光】ツァーメンバーと【影】ツァーメンバーは、どちらも一癖もふた癖もある人物ばかり。旅先で起こるいろいろな事件を通して、ツァー参加者の人生が浮き彫りにされてきます。パリで宿泊先とる「王妃の館」は、ベルサイユ宮殿が【光】なら【影】の存在の館です。物語は、17世紀ルイ14世を取り巻く人々の物語を織り交ぜ、展開していきます。最後は、「王妃の館」をめぐる人々の悲しいまでの結末を、小説家・北白川右京が完成させ、ツァーに参加した人々はここから新しい人生が始まりました。(初出「メイプル」上巻・1998年5月号〜1999年11月号/下巻・1999年12月号〜2001年4月号)
私、このたびお笑いに転向しました」と、名うってのブッちぎりのお笑い人情小説。(上巻)
「私、本当はお笑いなんです」と、涙と笑いの人生ツァー(下巻)を描いた浅田さんの長編小説です。一番最初に感じたこと・・・・本を手にしたとたん、「なんじゃ?!この装丁は・・悪趣味」と思わず顔を顰めてしまいました。いくらお笑いに走っても、趣味悪い「ピンク」「ブルー」の色使いは、なんとかならなかったのでしょうか。せっかくの作品が、装丁で判断はされないでしょうが、興味が半減したことは間違いありません。しかし、内容は「プリズンホテル」を彷彿させるものがあり、浅田さん特有の人情物で楽しく読みました。折々に出てくる「王妃の館」の由来の話は、物語の進行のじゃまにもならずかえって、ツァーの人たちの行動と伴って興味深く中世の世界に引きずり込まれました。さすが、浅田さんの話の展開のさせかたは、読者を裏切りません。
不満といえば、小説家・北白川右京なる人物の少々言葉遣いが気になった程度です。(下品とまではいかないのですが・・・・)「プリズンホテル」といい「きんぴか」といい、この手の小説を書かせたら浅田さんをおいていないというほど、人の心を大切に描いている人はいないと思いました。絶対悪い人間なんていないんだ・・と思わせられるのです。そして、どんな人も温かい心で描いているので、思わず罪を憎んで、人を憎まずというような不思議な気持ちになってしまいます。登場人物のそれぞれの個性もさることながら、物語の展開の意外性も楽しんでください。(01.8.6)
ジョン・ベレアーズ=作 ・ 三辺律子=訳 ・ アーティスト・ハウス ・ 評価★★★
主人公ルイスは、少し太めで野球が苦手な男の子。ある日、孤児になったルイスがおじさんと住むため、古い町の大きな古い屋敷にやってきます。ルイスのおじさんは、実は魔術の心得がある魔法使いで、隣に住むツィマーマン夫人も魔女でした。ルイスとジョナサンおじさんの住む大きな屋敷には、悪い魔法使いが仕掛けた「壁の中に時計」が毎日、チクタク鳴り続けているのでした。ルイスは、ふとしたことから恐ろしい事件を惹き起こしてしまいます。少し頼りないジョナサンおじさんと、隣人の優しい魔女ツィマーマン夫人とともに、事件の解決にのりだしますが・・・・。
この本の正式書名は、「ルイスと魔法使い協会 壁のなかの時計」といって、全6巻のファンタジー・シリーズの最初の一冊です。この作品が紹介されたのは、1973年。今から28年も前です。原作はアメリカ。この本の帯に、“ハリー・ポッターの原点”と話題騒然。魔法使い協会推薦・・・等の言葉がありました。ハリー・ポッターは、大人でも夢中になる物語性を秘めていますが、この本はやはり夢を求める子供向けには良い本かと思いました。話の展開、スリル、登場人物などは、大人には少々物足りなさが残りますが、古い屋敷、魔女、秘密の通路、隠し扉、そんな言葉は子供の好奇心を呼ぶことでしょう。いい魔法使いと悪い魔法使いとの戦いという、テーマを軸にして広がっていく物語ですが、夜中に聞こえる時計の音とか、幽霊をよみがえらせる話とか興味いっぱいの作品です。
最近、この手の本が巷に溢れてきました。“ハリー・ポッター”の人気が、世界中でブームになっているせいかもしれませんが、もっとその本の特色を前面に出したほうがよいと思ってしまいます。なぜって、読むほうはどうしても“ハリー・ポッター”と比較してしまい、何度期待を裏切られたことか・・・。そういう意味では、“ハリー・ポッター”は大人から子供まで楽しめる正真正銘のファンタジー小説だと、つくづく感じました。(01.7.9)
白川 道 ・ 新潮文庫 ・ 評価★★★★
都内に高級クラブ等を所有する伊勢商事社長、36歳の伊勢孝昭は暴力団に会社の経営を任されていました。彼には殺人の過去があり、しかし事件は迷宮入りをしていました。孤児であり前科がある伊勢は、過去に様々な出来事がありました。その当時の名前を捨てて、伊勢孝昭として地道な生活をしていた彼でしたが、孤児院時代の親友が犯した新たな殺人が、その過去までを呼び起こし、警視庁・佐古警部が捜査に当たって伊勢に圧力をかけてきます。そんな折、伊勢はヤクザの抗争で親友の布田を失い、否が応でもその渦中に巻き込まれていきます。天才音楽家の妹と友人を守るため、伊勢は最後の賭けにでます。
この小説は、緻密な人物設定と作者の計算された構成が、巧みに生かされていると思いました。登場人物の一人一人の人生が、丁寧に描写されています。しかし、ひとつ残念なのは伊勢の妹として描かれている天才音楽家の影が薄い、というより小説の中では結構重要な位置をしめているのに、ほとんど登場しないのです。伊勢の心理状況が克明に描かれているのに対し、その妹の心理状況はどういうものだったのか、と少々心残りがいたしました。
映画化の話も、当時(作品は、1998年1月新潮社より刊行)あったみたいで、東宝映画として製作されたと聞きましたが。長編小説を、2時間程度にまとめるのは無理があると思うのですが、伊勢孝昭がどのように描かれているかと興味があります。なにしろ、主人公の伊勢に背負わされているのは、殺人者という宿命です。殺人者ゆえ、平凡な幸せを手に入れることを拒み続ける人間の内面を表現するのは難しいと同時に、単なるヤクザ映画として取り扱って欲しくないと思いました。こう言っても、もう映画は封切られたわけで、イメージが壊れるのがこわいので、映画は機会があってもみないことでしょう。
今回の作品の中では、孤児院の先生がクリスチャンということで、文中によくこんな言葉が出てきます。「人間が動物と違うところは、夢を見ることができることと、祈ることができること、この二つだ。その二つを持っていればずっと人間でいられる・・・」、また「人間は、その生を享けた時、二通りの人生がある。これから生きることが始まる生と、これから死ぬことが始まる生、その二つだ・・・」。クリスチャンではないけれど、言わんとしてところはなんとなくわかります。しかし、自分に枷を嵌めて生きていく伊勢を見ていると、生きるって何?人間って何?と思わず問いたくなってきました。そんな、重く圧し掛かる感情が残る一冊でした。(01.6.18)
大沢 在昌 ・ 文藝春秋 ・ 評価★★★★★
佐久間公は、薬物依存者のための相互更生施設「セイル・オフ」で、カウンセラーの真似事をして平穏な生活をしてきました。しかし、財団の理事長でもあり、佐久間の親友でもある沢辺を通じて失踪人調査が持ち込まれます。それまでの佐久間は優秀な探偵で、今でも探偵業が一番自分に合っていると感じています。今回の依頼は、失踪した人気漫画家を探し出すということ。その過程で、佐久間が携わっている「セイル・オフ」絡みの問題が発生します。いろいろな出来事が、あるとき一本の糸となって思わぬ方向へと展開していきました。渋谷を舞台に、今の若者の世界、薬物、新興宗教等などが、私立探偵・佐久間公の前に立ちはだかります。(初出誌「週刊文春」平成10年12月10日号から平成12年8月10日号)
大沢さんといえば、新宿・六本木が舞台の小説が多い中で、渋谷が出てくる今回の小説は“現代”を見据えた内容で読み応えがありました。1300枚、ページ数にして755Pは長編です。佐久間公が、調査の過程で関わりあう人たちとのやりとり、佐久間自身の心の迷い、今の若者たちの心理状況など、十分に書き表していると思いました。北方さんのハードボイルドとはまた違った意味で、自分にこだわる男がここにもいました。身体をどれだけ苛められても、痛みつけられても心に比べれば軽いものという佐久間の考え。身体は壊されても報復はしないが、心を壊されたら復讐しないと収まらないという。でも、最後に残ったものは一体なんだったのだろうか・・・この「心では重すぎる」を読んで。
佐久間公シリーズは、デビュー作である「感傷の街角」から始まります。そして、「標的走路」、「漂白の街角」、「追跡者の血統」、「雪蛍」と続きますが、一貫して暗いイメージがあります。そして、読み手に何かを問いかけてくる感じがします。これでいいのだろうか・・・答えがあるわけではないと思うのですが、佐久間公と一緒に時空の闇の中を彷徨っている、そんな感じの読後感でした。暴力シーンや残忍な殺しのシーンは無いのですが、どこかで悪者と言われる人たちを殺しているというイメージを抱かされます。
大沢さんの本を読み始めたきっかけは、「雪蛍」からでした。そういう意味では、佐久間公は一番古い付き合いなのですが、何回合っても新鮮な感じがします。また今回の「心では重すぎる」は、結構ズシーンと重く圧し掛かってくるテーマでしたが、腕にも重すぎる本でした。(01.6.4)
津村 秀介 ・ 詳伝社 ・ 評価★★★
3月6日・7日と連続して、東京駅に到着した東海道新幹線上り列車内で、男性が青酸入りの缶コーヒーを飲んで死亡しました。マスコミが騒然とする「毒殺連鎖」事件に名探偵・浦上伸介も解明に乗り出しますが、二人の被害者は共に三重県志摩の鳥羽・賢島ツァーに参加した帰途という共通点がありました。不可解な連続殺人の背景には何があったのか?しかし、やがて浮上した容疑者には完璧なアリバイがありました。時刻表トリックの名手・アリバイ崩しの名手が贈る一編です。
今回の作品は、読んでいて物足りなさを覚えました。津村さんの小説は、繊細かつ緻密な展開で、読み手を納得されるストーリーで知られいますが、なぜか今回は中途半端に疑問が残りました。謎解きに、いつもの鋭い感じがないのです。例えば、殺人を犯した動機がいまいちあいまいで、容疑者の全体像が描ききれていないせいかもしれません。登場人物の事件との関わりや、容疑者の過去などが紹介されていないのです。事件解明に必要なことまでが、省かれているように感じました。今回の作品では、ルポライター浦上伸介もいつもの切れの良い推理はあんまりなく、容疑者との接点も全くありませんでした。そこから事件の全貌を解明するのには無理があり、謎解きは終わっても登場者が不透明なぶん、納得するのは至極難しいことでした。不完全燃焼のような後味です。
平成12年9月津村さんは、お亡くなりになりました。もう、浦上伸介や学生アルバイト・前野美保、「毎朝日報」の神奈川県警記者クラブのキャップ谷田実憲、「週刊広場」細波編集長・事件欄担当青木副編集長、そして神奈川県警捜査一課長補佐淡路警部等々、お馴染みの登場者たちとはもう出会いがないと思うと残念でなりません。時刻表を使ったトリックというと、登場するのは列車・・・いつも旅をしている気分で読んでいただけに、また数字のトリックという緻密さが好きだったので、残念でなりません。ご冥福をお祈りいたします。(01.4.23)
「天国への階段」(上・下)
白川 道 ・ 幻冬舎 ・ 評価★★★★
26年前、北海道を舞台に繰り広げられた悲劇によって、今の地位を築き上げた主人公・柏木。そこには、孤独と絶望と復讐心しかありませんでした。罪を礎にしてつくりあげた巨大な財産、それを武器に自分を追い込んだ人たちに復讐を決意し、その階段を昇り始めます。(この作品は東京新聞<平成9年6月30日から平成10年9月2日>に連載されたものを原型に、大幅に加筆・修正し、新たに1200枚を書き下ろしたものです。原稿枚数2034枚<400字詰め>)
北海道の牧場経営に失敗し、命を絶った父が大切に育てた肌馬の子を目にしたとき、柏木の運命が変わります。26年という時間は、人間を大きく変えました。そこには、成功したもの、罪を犯したもの等、それぞれの道を歩みながらも運命と戦っていました。また過酷な事実は、好むと好まなざるにかかわらず容赦なく人々に訪れます。この物語は、主人公・柏木を中心に、彼の過去から現在までの経過、また彼を取り巻く環境・人間関係、そして一方柏木の罪を執拗に追い求める定年間近かの桑田刑事がストーリーを形成しています。また、昔の恋人・亜木子、柏木と亜木子の子供・未央や柏木の子一馬、腹心の部下・中条や児玉といった人々が、運命に翻弄されながらも生きていく姿が生き生きと描かれています。
白川さんの作品に触れるのは、何年ぶりでしょうか。以前に読んだ作品は、株のことを取り扱った「カット・グラス」だったと思います。そのときは、北方さんや大沢さんにはない新しい形のハード・ボイルドを書く人だと思いました。文体も決して手を抜くこともなく、新しい書き手には珍しく落ち着いた感じの筆運びで、洗練された文章に次回作が楽しみだったと記憶しています。いつも書店を見るときは、チェックする作家の方の一人ですが、今回まさかこのような大作で再び出会おうとは思いもよりませんでした。うれしいと思う反面、「天国への階段」という題名が示すように内容に一抹の不安が残りました。
心情的に、重いテーマの本は趣味ではないのです。悲劇にたどりつくまでの血の出るような人々の叫びを聞き続ける勇気は、持ち合わせていないから・・・。人それぞれに救いとはなにか、罪とはなにかを、訴えているのがこの本の内容です。答えはまちまちだと思いますが、この本はある意味私の心に問い掛けてくる何かが確実にありました。重く暗い内容にも関わらず、物語の展開のテンポ良さが長さを感じさせず読ませてくれましたが、エピローグで主人公の心情が語られなかったのが心残りでした。小説の中で、子一馬と約束したことは一体何だったのだろうか・・・と疑問を残しての結末は、読み手の心情を無視した(それとも余韻ととるべきか・・・)ものだと思いました。(01.4.9)
浅田 次郎 ・ 文藝春秋 ・ 評価★★★
今回の作品紹介の冒頭に、「忘れないで、誰かがあなたを見守っている。」という文章がありました。そのとおり、今回の作品はペットに死なれた独身OLが体験する奇妙な体験、不況で自殺を考える経営者や妻に先立たれた大学教授等など、凍てついた心を抱える人々に起こる出来事に、救いの手を差し伸べる人たちがいました。それは、冬の公園の陽だまりにも似たほのかな温もりがあったのです。「人間は一人じゃない、隣にはきっと見守ってくれる人がいるんだよ!」と、やさしさといたわりと一緒に真心を伝えてくれる作品です。
短編集で表題作ほか「獬」(シエ・xie)、「再会」、「マダムの咽仏」、「トラブル・メーカー」、「オリンポスの聖女」、「零下の災厄」、「永遠の緑」(初出誌・オール読物、「永遠の緑」のみKEIBA CATALOG)を収録しています。8作品に出てくる主人公達は、それぞれにクセがあり身のまわりで起こる出来事も奇想天外なこともありますが、一貫して言えることは夫々に不幸な身の上であるということです。精神的に・・・ということもありますが、一癖も二癖もある出来事として作品は展開していきます。
でもやはり、浅田さん特有のやさしさは健在です。最後は心が救われるというか、意外な顛末が待ち受けていました。読者が「ホッ・・・!」と安心できる最後です・・・。読んだ人は、少なからず共感するところがあると思いますし、浅田さんの思いやりある(?)結末に拍手をおくる人もいるかと思います。安心して読めるというのが、浅田さんの本の良いところでしょうか。
しかし、最近この手の本について物足りなさを感じます。どこがとか、どういうふうにとか説明はできないのですが、もっと現実はきびしいもんだ・・・と思ってしまうと空々しい感じになって、感情移入ができないというのが本音かもしれません。小説の世界と言ってしまえばそれまでなんですが・・・・。今回の作品の中では、「永遠の緑」に一番共感しました。いかにも現実にありそうで、結末も無理がなく自分の中に受け入れられるものでした。しかし、なんだかんだいっても、浅田さんの書く短編は完璧だと思いました。(01.3.15)
大沢 有昌 ・ 光文社 ・ 評価★★★★★
−冷たい闇の底、目覚めた檻の中で、鮫島の孤独な戦いが始まった−
自殺した同僚・宮本の故郷での7回忌に出席した新宿署の刑事・鮫島は、そこで宮本の旧友・古山と会います。古山と会った後、鮫島に麻薬取締官・寺澤が接触してきました。ある特殊な覚せい剤密輸ルートの件で、古山を捜査中ということでした。深夜、寺澤からの連絡を待っていた鮫島が突然襲撃され、拉致監禁されます。鮫島が解放された後、代わりに古山が監禁され、寺澤も行方不明になってしまいます。理不尽な暴力で圧倒する凶悪な敵、警察すら頼れぬ見知らぬ街、底知れぬ力の影が交錯する最悪の状況下、鮫島の怒りが弾けます。男の誇りと友情のために・・・・。(「小説宝石」<光文社>平成12年7月号から平成13年2月号まで連載されたものに、著者が加筆した作品です)
新宿鮫シリーズは、「新宿鮫」(「日本推理作家協会賞」受賞作/「吉川英治文学新人賞」受賞作)、「毒猿」・新宿鮫U、「屍蘭」・新宿鮫V、「無間人形」・新宿鮫W(第110回「直木賞」受賞作)、「炎蛹」・新宿鮫X、「氷舞」新宿鮫Yから八作目の新宿鮫ですが、前回の「風化水脈」は事件発生の順からいくと、この「灰夜」が新宿鮫Zとなります。
この作品の特徴は、レギュラーの登場人物、例えば鮫島の恋人・晶や上司の桃井、鑑識の藪、行きつけの飲み屋のオカマのママ等が一切登場しません。事件が発生する場所も、始めから終わりまで東京ではないというのも異例です。友人・宮本の故郷が今回の舞台となっていますが、はっきりとした地名は出てきません。地名では、唯一福岡という名称がでてきますが、繁華街では三線(蛇皮線)が流れ「島料理」の看板が目立つという記述があるのみです。九州らしいということ以外は想像の街・・・そこで、鮫島の戦いが始まりました。
キャリアからの落ちこぼれという烙印を押され、そのうえ警察の派閥抗争の実態を暴いた機密文書を押し付けられた鮫島。その文書を預けて自殺した、警察学校の同期・宮本の7回忌に出席したために遭遇した今回の事件でした。宮本に対しての腹立ちの原因に、事件を追っていくうちに気付く鮫島です。それは、権力等について宮本は絶望したが、鮫島は怒っているという対処の違いに現れているのですが、鮫島は「宮本には、あんなに早く絶望してほしくかなった」という自分の本心を見たからです。
話の流れは、一作目から読まないと判らない部分がありますが、ぜひこの本を読んで鮫島さんに触れてみたいと思った方は、今からでも遅くはありません。どうか第一巻から読むことを強くお薦めします。(01.3.10)
浅田 次郎 ・ 新潮社 ・ 評価★★★★
「薔薇盗人」と書いて、「ばらぬすびと」・・・・浅田さんの短編集です。−親愛なるダディと、ぼくの大好きなメイ・プリンセス号へ−子供(少年)から航海中の父親に送る手紙形式で話が進んでいく表題作ほか、「あじさい心中」(1999年8月号)、「死に賃」(1997年7月号)、「奈落」(1998年12月号)、「佳人」(1998年1月号)、「ひなまつり」(1998年4月号)を収録しています。初出は、いずれも「小説新潮」です。(「薔薇盗人」は1999年12月号掲載)
一連の作品は、男性と女性がお互いに惹かれあう心模様を、浅田さん特有のタッチで繊細に描き出しています。「薔薇盗人」は手紙形式ということもあって、少年から父親に一方的に出来事を報告しているという感じで、相手の心が見えないぶんじれったい思いをして読みましたが、想像力は豊かになると思いました。個人的には好きになれそうもない・・・作品です。どうしても、作家によって作品の傾向が自分の中で出来上がってしまっていて、浅田さんの作品にはほのぼのとしたイメージを求めているのかも知れません。
出版社をリストラされたカメラマンと、場末の温泉場で出会ったストリッパーとの奇妙な一夜を描いた「あじさい心中。「もし仮に、死ぬときの苦痛からいっさいまぬがれるとしたら、いったいいくら払うかー」、親友が言い残して死んでいった言葉の意味を探る「死に賃」。エレベター事故で死んでいった社員の死は、故意か事故か・・・謎が残る「奈落」。恋のキューピット役が恋の虜に・・・・70歳の未亡人と38歳の独身男性の物語「佳人」。お雛様は、2月に風にあて3月3日に片付けないと、女の子はお嫁さんになれないらしい・・・・死んだ祖母の言葉を胸に、母親の思いをせつなく綴った「ひなまつり」。
短編で、人の気持ちをここまで表現できる浅田さんの作品は、いつ読んでも感傷的になれます。良い意味で・・・。自分の心にある何かが、浅田さんの作品と融合しているようなそんな世界がここにはありました。(01.2.19)
大沢在昌 ・ 毎日新聞社 ・ 評価★★★★★
「氷舞」から三年ぶりに、「新宿鮫」こと鮫島が帰ってきました。流された血、凍りついた時間、誰一人刻印さてや過去から逃れることはできない・・・・そんな街・新宿が、そしてそこに住む人たちが改めて紹介された今回の小説は、1999年7月〜2000年月「毎日新聞」夕刊連載されたものです。
やくざ・真壁の出所から始まった「新宿鮫・風化水脈」は、新宿の今昔の事件を織り込み、退職した警察官と今現場で働く鮫島といった人間関係、やくざと違法滞在の外国人の犯罪等、新宿の成り立ちなどを中心に話は展開していきます。大沢さんが、力を入れたであろうと思われる新宿の土地にかかわる話は、それ自体が小説の根底を流れる核となっています。
久しぶりに会った新宿鮫は、一番最初に会ったとき感じたナイフが研ぎ澄まされたような雰囲気はなく、なんか角がとれたアウトローといったイメージになっていました。いまでもキャリアの落ちこぼれという事実は変わりません。上司の桃井や鑑識の藪といったような一応鮫島を理解するものがいる中で仕事ができ、恋人晶との関係もそのままに単独行動をする鮫島ですが、変なもので鮫島に一目おく人もいるということは、変化という以外何者でもなりません。鮫島さんも少し年をとった・・・・考え方自体は変わらないまでも、周りの変化にそれなりに対応していけるようになったということでしょうか。
やっぱり鮫島は、鋭い刃物のようにいつも尖っていてほしい、張り詰めていてほしいと思う反面、今回みたいな鮫島もいいかな・・・と思います。小説の中でそうして成長していく人物を見るのはうれしいのですが、3年は長すぎました。その時間の長さが、鮫島をおとなしくしてしまったのでしょうか。大沢さんの小説でこの新宿鮫は、主人公の魅力が一番生かされていると思うのですが、イメージしてるものと少々今回の主人公は違うなと感じた一冊でした。でも、またこのシリーズに出会えたことはうれしいです・・・お帰りなさい「新宿鮫」・・・。(01.2.12)
J.K.ローリング=作 ・ 松岡佑子=訳 ・ 静山社 ・ 評価★★★★★
一年に一度の出版・・・全部で7巻(ホグワーツ魔法魔術学校が7年のため・・・)の内の2巻目のこの本は、開く前から「今度はどんな世界を見せてくれるんだろうか・・・」と、期待が膨らみました。
魔法学校で一年間を過ごし、夏休みでダーズリー家に戻ったハリーは意地悪なおじ、おばに監禁されて餓死寸前になります。やっと、親友ロンに助け出され楽しい夏休みを過ごすことができますが、新学期が始まった途端、また事件に巻き込まれます。ホグワーツ校を襲う姿なき声・・・。次々と犠牲者が出て、疑いはハリーに向けられます。果たしてハリーはスリザリン寮に入るべきだったのでしょうか。ヴォルモート(「名前を呼んではいけないあの人」のこと)との対決がその答えを出してくれます。
一年前の本「ハリー・ポッターと賢者の石」も面白いと思いましたが、今回の本も予想に反せず十分楽しませてくれました。スリルとサスペンスに加え、ファンタジーがたっぷりと盛り込まれています。第一巻から、自然に流れ出るように物語が展開していきます。12歳になったハリーの成長や親友ロン、ハーマイオニーとの息の合った活躍、賢人ダンブルドアのすべてを見通すような指導等など目を離す隙を与えません。また、ハグリットの秘密の過去、ウィーズリー家とマルフォイ家という魔法界の名門家族の暮らしぶり、手に汗握るクィディッチの試合、ユニークな妖精ドビー等すっかりハリーの世界に嵌ってしまいます。
「秘密の部屋」と題してあるように、今回はこの中に物語のキーポイントがありました。どんなものが出てくるか、想像もつかない展開でストーリーは進んでいきましたが、読後感はまたしてもハリーに好感を持ち早く次の本が読みたい・・・・と痛烈に感じました。この物語は、私たちの中にある好奇心と冒険心とちょっとした勇気を呼び起こしてくれます。とても子供向けなんて思いません、十分に大人でも楽しめる本それがハリーポッターです。
第三巻「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」、第四巻「ハリー・ポッターと炎の杯(ゴブレット)」は、もう発刊されているそうです。日本では、今年第三巻が発売されます。さあ・・その前に「紅の汽車」に乗り、9と3/4番線からハリーの世界へ出発しましょう。(00.1.26)
西村 京太郎 ・ 中央公論社(C★NOVELS) ・ 評価★★★
新婚のロナルド・E・クラークと加奈子夫妻は、風光明媚な温泉地大分県由布院に出かけました。しかし、4日目の早朝、加奈子の絞殺体が見つかり、夫のクラークに殺人容疑がかかります。二人と家族付き合いをしていた十津川は現地に赴き、5年前に加奈子がこの由布院で一人の青年と恋に落ちたことを知ります。ところが、その青年の白骨が、東京三鷹の廃屋の地中から発見されました。一方、十津川の妻・直子はクラークの過去を知るために、彼の故国アメリカへ飛び、思いも寄らぬ事実を掴みます・・・・。クラークは、妻と妻のかつての恋人を殺した殺人鬼なのか・・・。友人夫妻を襲った最悪の事態に、十津川警部の苦悩の推理が始まります。
今回の作品は、十津川とその妻・直子が二人三脚で、事件の真相を明らかにしていく展開となっています。いつもの亀井刑事との軽妙な推理とは別な意味を持って、妻との謎解きに夫婦の連携を巧みに活用している小説です。事件は思いも寄らぬ方向に進んでいきますが、日本とアメリカで起こった過去の事件を話の中に織り込んで、意外な犯人像を割り出していく過程は、少々無理があるのでは・・・と正直思いました。
最近の西村さんの本については、以前みたいな鋭い推理や軽妙な話の展開・テンポがいまいち無くなったような淋しい感じがしています。説明が多すぎる・・・というのが、一番の原因なのですが、結果に導く過程でも読者に納得させるだけの材料をそろえ、だから彼が犯人なのだ・・・というような書き方をしているような気がします。読み進むうち自然にわかるという以前の文体と、ここ最近の作品の傾向をみていると、理屈っぽくなっているような気がするのですが・・・。作品内容については、西村さんの傾向がよくでていてそれなりに楽しめるとは思うのですが、押し付けの推理はどうもいただけません。どこがどういう風にと言われると指摘するのは難しいのですが、作品から感じる私の印象としかいえないのです。
西村さんの小説の面白みは、十津川警部と亀井刑事の話の中で、事件を解決していくストーリーに魅力があったと思います。それも、無理の無い読者も思わず納得する展開で・・・。そういう作品を、もう一度読みたい思いがする最近の西村さんの本でした。(01.1.21)
西村京太郎公式ホームページ http://www4.i-younet.ne.jp/~kyotaro/
浅田次郎 ・ 文春文庫 ・ 評価★★★★
三十年近く港のコンビナートで<蟻ン子>と呼ばれる荷役をし、酒を飲むだけが楽しみ。そんな男のもとに、十五夜の晩、偶然、、転がり込んだ美しい女−出会うはずのない二人が出会ったとき、今にも壊れそうに軋みながらも、癒しの物語が始まります。表題作「月のしずく」ほか、子供の頃、男と逃げた母親との再会を描いた「ピエタ」、「聖夜の肖像」「銀色の雨」「琉瑠想」「花は今宵」「ふくちゃんのジャック・ナイフ」など、7編の短編集を収録しています。
ここに描かれている男性は、一応に不器用で、素朴で、それでいて心優しい人たちです。一昔前の人物像・・・そういう感じがするのは、現在では想像もできないほど純な心の持ち主として描かれているためでしょうか。時間をさかのぼり、タイムスリップするように、浅田さんの作品の中に引き込まれます。なんとなく懐かしい、それでいて今も心のどこかにある思いを呼び起こすような作品です。ぬくもりが全体を包み込むようなやさしい印象は、浅田さんの文章が無駄も飾りもなく、それでいて人の心を的確にとらえ、言い回しも堅苦しくないので、読んでいて「会話」を一緒に楽しめるからだろうと思います。
時代遅れと思われる郷愁が、今の私たちに必要かなと感じるのは、この作品に限らず浅田さんの作品が、一種の「癒し」的な意味を持って受け入れられている現実がよく物語っています。安心して読める・・・・共感する・・・・決してキレイごとばかり描いているわけではないのですが、思わず作品の中の人物には魅力を感じてしまいます。野暮で風采があがらない不器用な男なんですが、気持ちが痛いほど切々と伝わってくるのです。浅田さんの世界・・・これからも楽しんで読みたいと思わせてくれる一冊でした。(00.12.1)
津村 秀介 ・ 講談社 ・ 評価★★★
ケア付きマンションを餌に、老人からお金を騙し取っていた男が、三島市内で刺殺されました。容疑者として浮かび上がってきたのは、一人の肉感的な美女。しかし彼女には、その日、高校の同窓会に出席するため水戸市内にいたという強力なアリバイがありました。三島市内で殺された被害者は、偽名でアパートを借りており社会生活とは無縁でした。それだけ被害者を取り巻く人間関係は限定され、アリバイは鉄壁のごとくに立ちはだかります。ルポライター浦上伸介と前野美保の調査も、困難を極めますが・・・・。
高齢者問題が取り上げられている今日、ケア付きマンションという甘い言葉で詐欺に合う老人、殺人の動機は社会問題とは違うところで起こりますが、背景にあるものは現実に起こりえるものと思いました。そんな題材を巧みに取り入れての今回の作品は、お馴染み時刻表のトリックと一緒に小気味よく展開していきます。津村さんの作品は、時刻表を巧みに取り入れたトリックで知られていますが、やはり主人公であるルポライターの浦上伸介、そしてアシスタントの前野美保、及び重要な脇役である浦上の大学の先輩であり、神奈川県警記者クラブ「毎日日報」キャップ谷田実憲、「週刊広場」の細波編集長等々の登場人物が、好印象で描かれていることも、物語を面白くしている大きな要因となっていると思います。
トリックは意外なところから崩されていきますが、こちらに提供されている情報以外のところで謎解きをされるのは、少々フェアではない感じがされます。しかし、自分も時刻表を片手に気軽に読め、一緒になって謎を解いていく過程が楽しめる点では、楽しめる一冊かと思います。あたなも一度、浦上伸介に挑戦してみませんか?(00.10.22)
篠田節子 ・ 講談社文庫 ・ 評価★★
関わった者たちを破滅へと導くという未完の原稿「聖域」を巡り展開する物語。一人の文芸編集者が偶然見つけるところから、このストーリーは始まります。この文芸編集者は、得体の知れない魅力を秘めた小説の世界へと引き込まれていきますが、どうしてもこの小説を完成させようと、失踪した女流作家・水名川泉(みながわ せん)の行方を捜し求めます。そしてついに、「聖域」の舞台となった東北のある地に辿り着きますが・・・・。
初めて篠田さんの本を読ませていただきました。ちょっとテーマが重く、馴染めない雰囲気だったので挫折しそうになりながら、それでも結局最後まで読んでしまいました。面白くって一気に読んだ・・・という感じではなく、自分がいままで読んだことの無い未知の分野の作品で、肌が合わないとわかっていたのですが、篠田さんの文章力は確かなものという実感はありました。しかし、内容が重過ぎました。いつも読んでいる本を見ていただくとわかると思うのですが、異質ですよね。多分二度とこの手の本は、手にとらないことと思います。
この「聖域」は、舞台が青森です。壮大なスケールといえばそうですが、生きてる者と死んだ者という、人間にとって根本的な問題を取り上げています。舞台設定といい死者といえば、思い浮かぶのは「恐山」「イタコ」といった青森の特殊風土です。生と死という中に、宗教的な意味あいも含め、人間の存在価値といったことにまで触れているこの本は、私たちが生きていく上では避けられない問題を取り上げていますが、受け入れられるかどうか個人の好みに関わってきます。そういう意味では、私的には興味がない分野という表現しかできません。
決して文章自体は悪くはなく、ここまでしっかりと表現できる篠田さんの作品は、多くの方に評価される訳がわかりますが、最後は読み手の嗜好ということになると思います。いい意味で、今回はいつもと違う分野の小説を読むことができたことに、そして自分にはどんな本が受け入れられるのかが再確認できたことがよかったと思いました。(00.9.2)
「十津川警部『裏切り』」
西村京太郎 ・ 角川書店 ・ 評価★★★
日本一の繁華街・新宿歌舞伎町の治安を守るために新設された歌舞伎署。十津川警部の同期で、一番の切れ者といわれる小早川が初代署長に抜擢されます。ところが開設早々、署員の刑事が泥酔して道路に寝ているところを事故遭うという不祥事が発生します。さらに刑事の死亡後に、彼が権力を利用して強請りや脅しをはたらき、暴力団とつながっていたという記事がスクープされてしまいます。その噂の真相を、十津川警部が単身聞き込み調査を始めます。新宿裏社会を牛耳る組織をつき止るべく、真相に迫る十津川警部の前に現れた意外な人物とは・・・・。
西村さんの作品は、以前の作品と読み比べると、表現が硬く作者の言わんとしていることが理解できず、作風がかわったと思っていたためあまり読むことが無くなっていました。どこがどういうふうに・・・と言われると、表現するのは難しいのですが、受け取る感じがそう思うとしか答えられません。言い回しがくどかったり、ミステリーと思って読むと、事件解決より人物の心の表現や社会背景が主で、肝心の事件はそっちのけ・・・と期待を裏切られたことが原因してるのかも知れません。
今回の作品は、やはりその傾向はありましたが、それでも十津川警部と相棒・亀井刑事の事件を推理していく上でお馴染みの押し問答は、読み応えがありました。このパターンは、西村さんの作品では必要な部分ではないかと思います。ただし、なんかあまりにも正義感が表に出すぎて、十津川警部物ってこんな感じだったっけ・・と、つい思ってしまいました。最後は、小説だから書ける、現実ではこんなことは絶対ないというような結末でしたが(本文中にもそういうところが多々ありましたが・・)、推理小説とは現実離れしててもどこか身近に感じ、読み手に納得させる内容が伴って成立していくものと思ってきました。
犯人が途中で私にもわかり、プロセスもなんとなくわかっても、西村さんがそれにどういう意味をもたせるか・・・楽しみに読んだのですが、少し期待を裏切られてしまいました。結局「裏切り」とは、読者に対してだったのか・・・と感じた一冊です。(00.8.26)
木谷 恭介 ・ 角川春樹事務所 ・ 評価★★
小型モーターで世界的シェアを持つ巨大企業の会長・戸塚儀平が、花嫁を募集づるとのニュースが流れ、警察庁へ一通の手紙が届きます。マスコミで活躍する心理学者・大城邦恵が、戸塚の主催する花嫁選びの豪華客船クルーズで、三千五百億の遺産をめぐる血まみれの惨劇が起こるというのです。世論のため前代未聞の殺人予測を無視できない警察庁は、広域捜査指導室の藤丸と西条、そして広域捜査官・宮之原警部を豪華客船『やまと丸』に派遣します。だが、現実に花嫁候補の一人が船上で殺され、宮之原たちを嘲笑うかのように第二の殺人が・・・・。
どちらかというと、東北の三大祭り、青森の「ねぶた祭り」、秋田の「竿灯」、仙台の「七夕」でなくてもこの作品は出来上がったという感じがしました。わざわざ東北の三大祭りを登場させる意義がない・・・と。しいて言えば、閉鎖された豪華客船の中で、塩谷岬がキーワードになるといえばいえなくは無いが・・・。旅情ミステリーといっても、結局は船での移動で三大祭りは寄港先での単なるイベント。謎解きにも意味はなく、どうしてもこの地を取り上げる必然性はありません。せっかく東北三大祭りと名をうって書き下ろしをするなら、もう少し祭りか土地柄に意味を持たせて欲しかったと思います。
事件の結末にしても、意外性はありましたが、もう少し登場人物を整理して怪しいと思わせる人を絞り込んだほうが、もっと効果的ではないのかと感じました。読み進むうち、作者自身に作り上げられた犯人によって解決では、読んでいる人は無理くり納得させられるだけのものでしかありません。やっぱり・・・と思わせるような状況を、しっかり作って欲しかったと思います。東北三大祭りと題してあっただけに、期待して読んだのですが残念でした。(00.8.20)
柴田 よしき ・ 集英社 ・ 評価★★★★
「10代の恋が終わる・・・」「今度は 僕が待つ・・・・」、別れて10年たっても陽介を想う綾。司法浪人人生に歌義を捨て、別の男性の婚約指輪を受けたまり恵。中学の同級生だった四人の心模様をめぐるように、古都京都のさまざまな風物を彩りに展開する事件の数々。甘酸っぱくもひたむきな恋の行方と青春からの飛翔をミステリな物語と共に描く小説です。
「一夜だけ」(小説すばる・1998年1月号)、「桜さがし」(小説すばる・1998年5月号)、「夏の鬼」(小説すばる・1998年9月号)、「片想いの猫」(小説すばる・1999年1月号)、「梅香の記憶」(小説すばる・1999年4月号)、「翔べない鳥」(小説すばる・1999年7月号)、「思い出の時効」(小説すばる・1999年11月号)、「金色の花びら」(書き下ろし)の8編を収録し、それぞれのなかに四季折々の京都の風物と、中学以来の四人の若者の想いを織り込んで、幼いころの想いから大人になる心境をせつなくもほのぼのと描いています。
柴田さんの作品にしては珍しく、ミステリな部分を極力押さえ、心を描くことを前面に出しているような作品です。でも決してお仕着せがましくはなく、自然体で読み手にすんなり受け入れられるように、物語は進行していきます。上記の8編は一貫性を持っていて、「一夜だけ」から「金色の花びら」まで一本の話が根底に流れています。短編集とも違う、長編小説とも違う一話完結の内容なのですが、前の作品を読まないとその話がわからないところもあり、「小説すばる」に掲載されていたということですが、ちょっと無理がないかな・・・と思いました。
柴田さんの本のなかでは、気軽に手にとって読める小説だと思いました。舞台設定も京都という古都を取り上げ、主人公となる男女4人の設定も身近に感じられるので、ぜひ一読することをお薦めします。「桜さがし」・・・この言葉が気に入りました。柔らかいイメージどおりの響きと内容がマッチした作品です。(00.6.6)
西村 京太郎 ・ 朝日新聞社 ・ 評価★★★
ある女性が、作家を志し大成していく様子を、様々な人々(作家仲間や編集者たち、家族など・・・)との関わりを通して、また彼女の作家としての“こだわり”等を伝記風(?)に描いています。この作品の冒頭に、「山村美紗さんに本書を捧げる」と記述があるとおり、「女流作家」は山村美紗さんのことを描いた作品です。ご存知のとおり山村さんと西村さんは、同じミステリー作家として京都に居を構え、廊下続きの家に住んでいたことはご承知のことと思います。西村さんだから書けたこの作品を通して、作家山村美紗とは、そして女性としての山村美紗とは・・・を垣間見ることができるかも知れません。
巷で言われていることと、この本を読んで感じたことは、そんなに違いはありませんでしたが、西村さんの言葉で改めて書き表されると「やっぱ、そうか・・」と思いました。が、どう見ても西村さんの思い入れ(山村さんに対して・・)が、表面に出すぎている感じがして仕方ありませんでした。第三者の目で・・・ということは、難しいのかも知れませんが、もう少し客観的に見た山村さんを描いて欲しかったと思うし、自分との関係とか山村さんの家族のことを書くなら、ある程度事実を描いてもよかったのではと思います。きれいごとばかりとは言いませんが、読ませるために書かれた自己満足の作品になってしまったのでは・・・と感じます。
二人の小説は、どちらもそれぞれ魅力的であり、ミステリーの内容も十分楽しめるものですが、作家西村京太郎はこの本で何が言いたかったのか、山村美紗とはどういう女性だったのかが、いまいちはっきり伝わってこなかったのが残念です。先入観念で、西村さんは推理小説作家というのがあるのでしょうね、自分の中に・・・。この作品の初出誌は、「週刊朝日」1999年4月2日号から2000年2月25日号に掲載されました。(00.5.27)
あきやま ただし=作 ・絵 ・ 金の星社
「ねえ ねえ! ふうせんくまくんってどんなくまくんなの?」・・・それはね、ふうせんのような くまくんなんです。おこったり、かなしいことがあったりすると・・・・ほらね、ふうせんんみたいにふくれちゃうんです。どんどん どんどん ふくらんじゃうんです。そして、くまくんは・・・・・?!。こんなくまくんなんですが、なんにもなければふつうのくまです。
作者・あきやまただしは、1964年の東京生まれ、「ふしぎなカーニバル」(講談社)で、第14回講談社絵本新人賞を、「はやくねてよ」(岩崎書店)で、’95日本絵絵本大賞を受賞しています。ほかの作品は、「うみキリン」「とんとんとん」(金の星社)、「らくがきぶたくん」(ポプラ社)、「もりおとこのしごと」(講談社)、「まめうし」シリーズ(PHP研究所)などの絵本があります。
独特のタッチで、強烈な印象を与えるあきやまさんの絵本ですが、この「ふうせん くまくん」も、例外ではありませんでした。なにかあったときの子どもの気持ちを、絵に表すとそしてあきやまさん風に表すと、こういうふうになるんだなあ・・・と、妙に納得してしまうそんな絵本です。表情がかわいいんですよね、ほのぼのとしているんですよね、色使いが楽しいなんですよね、言葉が生きているんですよ・・・・。
子ども受けする絵本だと思います。どちらかと言うと、小学校に入る前の子向けの絵本だと思います。今度のおはなしかいで、読もうかなと思っていますが、今から子どもたちの反応が楽しみです。(00.5.20)
ピーター・マッカーティ=文 ・絵 ・ 多賀京子=訳 ・ 徳間書店
ちいさなうさぎは、歩き始めます。ぶたや茶色い牛やもこもこした羊の前を通り、線路や囲いを越えて、歩いていきます。なぜって、小さいうさぎには、行くところがあったから。夜がきて、休んでいると、小さな女の子の声がします。「いくところがないなら、わたしのうちにおいでよ」。でもうさぎは、「いかない」と言ってかけだしました。だって、行くところがあったから。うさぎ、うさぎ、たったひとりで、どこいくの・・・・・?
ふんわりと霧に包まれたような世界を、ひたすら歩いていく小さな白いうさぎ。ページをめくるにつれ、このうさぎはどこに向かっているのか、謎めいていて知りたくなります。小さなうさぎの不思議な旅を、モノトーンがかったセピアの色使いでシンプルに描いてあって、なんとも詩情的で雰囲気がある絵本でした。
作者のピーター・マッカーティは、アメリカの絵本作家・挿絵画家です。この絵本の前書きに、「親友でもある妻 ユンヒーと、私たちの娘 スーキへ」、と記されています。アメリカで話題を呼び、絶賛された新しいタイプの絵本で、大人まで何かしら訴えかけるものがある絵本です。絵も、色使いが原色を使わずシンプルにまとまっていて、でも美しいと思いました。読んだ方が、うさぎの行き着くところでどんな思いを感じるか・・・それが、この絵本の最も言いたいところかな、というのが私の感じたことでした。読み聞かせには、お薦めの絵本です。(00.5.20)
大沢 有昌 ・ 双葉社 ・ 評価★★★★★
主人公・絹田信一は、駆け出しのフリーカメラマン。ある日突然見知らぬ女性から、24年間音信普通の父の死を告げられます。物語は、死んだ父の遺品から、予期せぬ事態に主人公が巻き込まれていくストーリーです。絹田信一に、恋人の草薙美加、親友でオカマの鯉丸等が、信一の父の残していったものに、好むと好まざるとにかかわりなく翻弄され、それぞれの人生に影響を与えられます。信一の父が生きた1970年前が、今の世に「伝説の島」として甦り、いろいろな人たちを巻き込み殺人事件まで引き起こします。父の遺産に残されたメッセージとは・・・、「伝説の島」はどこにあるのか・・・、そしてそこにあるものは一体何か・・・。謎に包まれたものがベールを脱ぐとき、意外な真相が信一を待っていました。
この作品は、「推理小説」に1998年1月号から1999年1月号まで、掲載されていたものです。まず題名からイメージしたものは、東京にある「夢の島」(ゴミ収集所・・・・ちょっと淋しい想像力でした)でした。読んでいくうちに、自分にとってはとても「夢の島」とは思えないものでしたが、その筋の人にとっては、またそういうものを必要(?)としている人にとっては、そうかもしれないと思いました。そして、「夢」という表現を使った意味も理解できました。
しばらくぶりの大沢作品で、読むのが惜しくって今日まで読まずにいたのですが、読み始めたら312Pもあるハードカバー本を、一気に読み終えてしまいました。この作品は、いままでの大沢さんの本の中では、「北の狩人」と感じが似ているという印象を受けましたが、やっぱり切れ味の良いテンポで進行していくストーリーは、読んでいて引き込まれます。北方さんとはまた違ったハードボイルドタッチの作品ですが、大沢さんのこだわりが主人公の行動・言葉によく表れています。どちらかというと大沢さんのほうが、物へのこだわりはありませんね。友情とか愛情とか正義感とか、そういうものを大切に描いていると感じました。
さて次の作品ではどんなものが・・・と、楽しみな作家です。(00.5.15)
小林 信彦 ・ 新潮社 ・ 評価★★
読んでの感想は、一体この人は「渥美清」のなにを言いたかったのか、全然伝わってきませんでした。でも私にしてはめずらしく最後まで読んだのは(普通なら、途中で読むのを止めているんですが・・・)、もしかして最後まで読めばなにかわかるかな・・・という思いがあったからなのですが、結局無駄な時間を過ごしたという感じでした。
本の内容は、題名からも判るように、「渥美清」という俳優について書かれた本(?)だと思うのですが、書き方というか言い回しというか別な題名でもよかったんでは・・・?と思わせるような表現で、申し訳ないのですが不愉快な思いが先に立って、内容すら頭には残りませんでした。だって「渥美清」という人物について書いてある本だと思って読んでいて、その人物像がわからない・・・という本の書き方ってありますか?
作者・小林氏についての紹介は省略させていただきます。但し、あくまでもここに書いている内容は、私個人の見解で他の方が読んで全く別な見方をする方もいるはずです。それが本というもので、活字が媒体になっているということは、それを読んで感じることって人それぞれと思いますので・・・。私は、あくまで主題のとおりの内容を期待し、自分の予想と違う内容と作者が言わんとしてることが理解できなかった・・・ということで、そのまま感じたことを書いたということをご了承ください。
本当は、今回の本の紹介は止めよう・・・と思ったのですが、こういう本もあるということで書き留めておきました。参考にはなりませんね、この内容じゃ・・・。私も、ただ373ページの本を読んだということだけでした。ちなみに、これは「波」に1997年4月号から1999年12月号に掲載されたものに、加筆訂正されたものだそうです・・・。(00.5.6)
J.K.ローリング=作 ・ 松岡佑子=訳 ・ 静山社 ・ 評価★★★★★
この作品を書いたJ.K.ローリングは、1965年英国生まれの方で、この本は7巻シリーズの第一作目です。1997年6月に英国で出版されて以来、瞬く間に全世界で800万冊のベストセラーになり、スマーティーズ賞をはじめ世界中の賞を総なめにしました。児童書というより、大人も十分に楽しめる作品です。
主人公ハリー・ポッターは、赤ちゃんのときに両親を亡くした孤児で、訳あって11歳になるまでマグル(魔法使いの血がまったく流れていない人間のこと・・・)の伯父さん・伯母さんのところで成長する緑の目に黒い髪、そして額に稲妻型の傷をもつ魔法学校の一年生。意地悪な従兄やその家族にいじめられ、邪魔者扱いにされながら11歳の誕生日を迎えようとしたとき、ホグワーツ魔法学校からの入学許可証が届き、自分が魔法使いだと知ります。キングス・クロス駅、9と3/4番線から紅色の汽車に乗り、ハリーは未知の世界へ。親友のロンやハーマイオニー等に助けられながら、ハリーの両親を殺した邪悪な魔法使いとの運命の対決に立ち向かっていきます・・・・。ハリーを待ち受けているものは、夢と冒険、友情そして生い立ちをめぐるミステリーでした。
どこかで児童書なんて・・・って思っていました。そして、外国の本は苦手と思っていました。そんな思いを完全に裏切ってくれたのが、この「ハリー・ポッターと賢者の石」でした。話題性のある本は、あまり読まないほうだったのですが、いい本だから・・・と知り合いになった方からいただきました。読み始めて、どんどん話の中に引き込まれていく自分がそこにいました。ハリーとの出会いは、自分の意志ではなかったのですが、ハリーを強制的(?)に紹介してくてた友人には感謝、感謝です!
イメージがとても豊かで、登場人物も全て生き生きと描かれ、一つ一つの行動が目に浮かぶのです。魔法使いの物語なんですが、まるでほんとの魔法にかかったみたいに、作品の虜になり面白くって途中で止められなくなり一気に読み終えてしまいました。友人は、この本を読んで「勇気」と「生きる力」を貰った・・・といっていましたが、まさしくそのとおりで、ついでに「元気」も貰いました。本の内容は、現実離れした魔法の世界の話ですが、夢を無くした大人に受け入れられるのかな・・・・と半信半疑でしたが、ハリーの魅力はそんな心配を通り越していました。すごっくやさしい気持ちと、がんばろう・・という気持ちを与えてくれる本でした。(00.4,29)
リカルド・アルカンターラ=文 ・ グスティ=絵 ・ 伏見操=訳 ・ 文化出版局
シャルルとシャロットというふたごの兄弟(兄妹・・・?!)が、9歳の誕生日に両親からプレゼントに貰った、「こいぬ」と「こねこ」のおはなしです。二匹は顔を合わせたとたん、「やんなっちゃう、ねこじゃないか!」「どうしょう、いぬがいるぞ!」とお互い思います。そして、「こんなやつとは ぜったいになかよくなんかならないぞ!」と、いじわる合戦のはじまりです。でも、やっぱり「こいぬ」と「こねこ」・・・。夜になり、あたりが真っ暗になってお母さんがいない始めての夜を向かえて、こわくなってきました。そんなとき、二匹が見たものは・・・?!
作者・リカルドアルカンターラは、一番好きなことに一生を捧げています。それは、ストーリーを作ること・・・。20年以上子供向けの物語を作っていて、出版された本は100冊を上回っており、多くの賞も受賞しています。現在は、スペインのバルセロナに住んでいます。そして、絵がとてもユニークでかわいいのが特徴のグスティは、映画や漫画のための絵を書いていましたが、現在はポスターや子供の本のイラストを仕事としています。
意地をはっていても、憎らしく思っていても、結局最後にそばにいて心の支えになったのは、その相手でした。自分が窮地にたったときにわかる、ほんとに大切なもの・・・。そんなことを教えてくれる絵本です。これは、子供だけではなく、大人の私たちにも言えることなのではないでしょうか。外見で判断してはいけない、と言っているように感じました。この絵本が、子供にはどういうふうに見えるか知りたいような・・・そんな思いをさせてくれました。(00.4.28)
柴田 よしき ・ 実業之日本社 ・ 評価★★★★
柴田よしきさんの本は、これで2〜3冊目かと思います。一番最初に読んだのは、確か「RIKO−女神の永遠ー」だったかと思います。あとは、「月神の浅き夢」くらいかと・・・。女性にしては珍しく(?)、ハードボイルトからミステリーまで幅広い作品を書く方で、文章も簡潔で展開する内容も読んでいて小気味良いほどです。
今回の作品は、柴田さん初の短編集で1996年〜99まで「週間小説」に掲載された6編を、今回この本を出版するにあたって書き下ろした作品と一緒に発刊されました。一連の小説の舞台は「京都」ですが、全編ミステリータッチで描かれています。男と女の複雑な感情や、人間の心の奥底にすむ嫉妬、憎悪、自負の念等女性ならではの見方で書いています。どちらかというとミステリーではあっても、あんまり得意な分野ではないのですが(感情がもろに書かれている文章は苦手なのです・・・)、柴田さんの文章の流れがスムーズで、特に意識するまでもなく読みきることができました。短編集で、ここまでまとまった内容は数少ないほうに入るかと思います。
あまり読んだことの無い方の文章について、くどくど書くことは失礼にあたるかと思いますので、詳しくは著者自身のHPを参照していただければ幸いです。(00.4.17)
読売新聞社会部 ・ 中央公論社 ・ 評価★★★★
渥美清さんというより、「男はつらいよ」のフーテンの寅さんという言い方のほうがピッタリくるくらいはまり役だったですね。その渥美清さんの思い出を、縁のある方々が綴っているこの本は、渥美清さんの母校・東京都板橋区立志村第一小学校の「寅さん研究会」がきっかけで作られたものです。人情味溢れる役を演じる渥美さんを通じて、現代っ子が苦手な「人とのかかわり」を学ぼうというのが最初でした。
ここには、渥美清さんの「浅草時代」、「売れっ子時代」を偲ぶ文章から、渥美さんの「母校から」、「交遊秘録」、「撮影の現場から」など様々な方が、渥美さんに関わる思い出・エピソード・人柄などを語っています。私たちも知ってのとおり、渥美さんという方は私生活を表面には決して出さない方・・・と認識しておりましたが、それは親友と言われる方に対しても同じだったということを読み、改めて渥美清という人間に深い感銘を受けました。とても学ぶことが多い方で、人間的にも尊敬の出来る方である・・・と映画の中の俳優・渥美清さんしか知りませんが、この本から滲み出てくる人柄に自分もこうありたい・・・と思います。決して真似はできないのはわかっているのですが・・・。
どうしても、「渥美清」というと「フーテンの寅さん」というイメージで、あの啖呵売が思い浮かびますが、実際の渥美さんとは・・・というと、田所康雄(本名)・渥美清(俳優)・車寅次郎(役)の三つの顔を使い分けていたといわれています。渥美さんなりの人生論・ポリシーのもとにそうしていたと書かれています。ケジメを大事になされたからなのでしょうね。映画の中の「寅さん」は、憧れというより心の逃げ場というか、絶対自分ではできないけど、寅さんみたいなことができたらと思わせてくれるところがありました。私たちと同じ目線というか、同じ位置から物事を見てくれていました。少々軌道ははずれていましたが。そんな「寅さん」が好きで映画も随分見ましたが、いつみてもほのぼのとした温かみがあり、そして思いやりがあり、人の心の痛みがわかる作品でした。いつまでも私たちの心に残る映画です
渥美さんの母校の「寅さん研究会」での子供たちの言葉です。
「寅さんの職業は?」 「旅人」
「寅さんのイメージは?」 「人を放っておけない」「世話好きだけどお騒がせ」
1996年(平成8年)8月4日、68歳の生涯に幕を閉じた渥美さんは、私生活での素顔を表に出さず役者に徹した生き方をされた方でした。(00.4.14)
ウーリー・オルレブ=文 ・ ジャッキー・グライフ=絵 ・ もたいなつう=訳 ・ 講談社
3才になったイタマルは、ひとりで歯もみがけるし、パジャマだって着ます。シャワーだって、ひとりでできるのですが、おかあさんにやってもらうシャンプーだけは、とても苦手です。どうしてシャンプーがこわいか・・・・それは、「おゆがめにしみるでしょ、シャンプーでめがひりひりしちゃうし、おゆだってあつかったり、ぬるすぎたりするんだ・・・・。」
子供の心理を、巧みに描いているウーリー・オルレブは、1931年ポーランドのワルシャワ生まれの方です。現在はエルサレムに住んでいて、1996年国際アンデルセン賞作家賞を受賞しています。主な作品に、ホロコーストの体験を描いた「鉛の兵隊」、「壁のむこうの街」(偕成社)、「壁のむこうから来た男」(岩波書店)などがあります。
ジャッキー・グライフは、1964年ドイツのダルムシュタット生まれで、1995年より絵本を描きはじめました。作家アメリー・フリートとの作品「どこにいるの、おじいちゃん?」(日本では偕成社より刊行)で、ドイツ児童文学賞・ドイツの最も美しい本賞を受賞しています。
今回、絵本の読み聞かせのためこの絵本を選びました。まず、なんといってもオレンジ色の目立つ表紙に惹かれ、3才のイタマルのかわいい表情に魅せられ、家族愛・姉弟愛そして成長していくイタマルの心理変化がほのぼのと描かれていたので、「これ、お話会にいいかも・・」と直感で決めてしまいました。子供たちを前に読むと、どんな感じになるか読み手に不安がありますが、イタマルの気持ちやお姉さんのダニエラの思いが、少しでも子供たちに伝えることができたら成功ですね。がんばります・・・。(00.3.23)
池田 あきこ ・ 白泉社
「ダヤン」と言ったほうが、お判りになる方が多いと思います。この絵本というより、絵画に近い雰囲気をもっている本ですが、「ダヤン」が住んでいる「わちふぃーるど」の、四季を通じて行われる数多くの祝祭や行事を紹介しています。「ダヤン」のいる「わちふぃーるど」と地球(ここでは「アルス」という名称が付けられています・・・)と、祝祭において共通するものも少なくありません。「ダヤン」をはじめとする、お祭り好きな動物たちと一緒に、「わちふぃーるど」という不思議な国の不思議なお祭りを楽しめる絵本です。
「わちふぃーるど」のいわれや、「十二夜」から始まり「春を呼ぶ祭り」、「夏至祭り」「秋から冬へ」、そして「わちふぃーるど」と「アルス」の祭りと四季を追って祭りの詩とともに紹介されています。
「ダヤン」のこの作品は、雑誌「MOE」に掲載されましたものを加筆して一冊の本になったものです。(94年4月号〜95年3月号、95年7月号) どこかで見た記憶が・・・・と思われた方は、きっと「MOE」でご覧になったことと思います。
「ダヤン」は、ネコとしては少々個性がありすぎて、好き嫌いがはっきりするタイプかと思います。実際私も、キャラクター的には好きではありません。どちらかというと「三丁目のタマ」の存在のほうがいいなあ・・・と思うタイプです。でも絵としてみれば、「ダヤン」は完成されていると思います。詩も大人が読んでも違和感がありませんし、独立した世界を持っているこの雰囲気は、一度体験してみるのもまた良いものと感じました。不思議なネコなんですよ・・・「ダヤン」って。こんなにも第一印象と違う方(?)と会うのも珍しいです。どんな風に違うかって・・・それはあなた自身が感じてください。(00.3.19)
津村 秀介 ・ 光文社 ・ 評価★★★
京都で男性の刺殺体が発見され、その数時間後、今度は「哲学の道」で女性の服毒死体が見つかります。現場検証の結果、哲学の道近辺から、男性の刺殺に使われたと思われる凶器のナイフが発見されます。さらに女性は銀閣寺の護符、男性は銀閣寺の写真を持っていることも判りましたが、それらは25年も昔のものと判明。女性の持っていた護符には、奇妙なメッセージ「終着駅は始発駅 18番ホームの夜行列車」・・・。二つの事件を結ぶものは25年前の銀閣寺にあるのか・・・ルポライター浦上伸介が、25年に及ぶ時間と空間の壁に挑みます。
津村さんの作品は、トリックそれも時刻表を駆使した時間との戦いをしてるようで、アリバイを崩す浦上伸介の冴えた謎解きが魅力の一つです。読み進むうち、犯人像とか動機など浮かび上がってきますが、犯人とわかっていてもアリバイが成立しているうちは、事件は解決しません。その確固たるアリバイを少しずつとき解いていって、完全に犯人を追い詰める様は圧巻です。
推理小説は、作者によって進行のさせ方に独特のものがありますが、津村さんの作品は謎解きを重視し、読んでいくうち読者にも犯人が判るように書いていますが、時間のトリックだけは相当時刻表に精通していなければ、立ち落ちできません。でも、必ず最後には読んでるものも納得するような謎解きをしてくれますので、決して欲求不満が残るということもなく、「なんだ・・そういうことだったのか・・・」と思わせてくれるのです。
ルポライター浦上伸介を取り巻く脇役も、みんな個性的でこの作品、いえこのシリーズには無くてはならない人物たちだけです。特に先輩で新聞記者の谷田と、アシスタントの女子大生前野美穂は浦上のアリバイ崩しの強力な助っ人といっても過言ではありません。皆さんも、この魅力に触れてみませんか・・・。(00.2.28)
「チャーリー・ブラウンなぜなんだい?」−ともだちがおもい病気になったとき−
チャールズ・M・シュルツ=作 ・ 細谷 亮太=訳 ・ 岩崎書店
1950年、「ピーナッツ」の新聞連載が始まってから50年間、その長い歴史に幕を降ろしたチャーリー・ブラウン。スヌーピーと共に、世界各国に圧倒的人気があり愛されたキャラクターがおりなす絵本の世界です。
副題からもわかるように、この絵本は白血病というおもい病気にかかり、つらい治療をする「ジャニス」という女の子が主人公です。クラスメートの病気を知った「ライナス」は、白血病の恐ろしさや治療の大変さを知ることができる、そして心の痛みを感じられるやさしい子です。二人の心温まるふれあいが、生きてくうえで大切な人間愛や絆の大事さを教えてくれています。
子供が病気になったら、それも「がん」だったら、それはとっても大きな問題です。いえ子供に限らず、家族がそんな病気にかかったら、と思うだけでも大変です。病気にかかった本人だけではなく、まわりの人たちにとってどんなことが変わってくるのでしょう。この絵本では、どうして病気の子ばかりが大事にされるのか、どうして化学療法中のクラスメートが宿題をやってこなくてもいいのか、特別扱いされる理由が納得いきません。頭ではわかってあげられるのですが、気持ちのうえですっきりしないのかも知れません。
人のことをわかってあげる大切さ、この絵本の中でチャーリー・ブラウンやスヌーピー、その仲間たちが、私たちに教えてくれています。こういう絵本もあるんだ・・・ということを知りました。でも、もうスヌーピーに会えないかと思うと淋しいですね。(00.2.25)
「大沢 在昌集」 (げんだいミステリーワールド)
大沢 在昌 ・ リブリオ出版 ・ 評価★★★★
げんだいミステリーワールド全15巻の中の第15巻「大沢在昌集」です。大沢さんの短編集「ダックのルール」「スウィッチ・ブレード」「冬の保安官」が載っています。3篇とも読んだ作品だったのですが、読み始めて「あれ?読んだよねこれ・・・」って思いましたが、改めてもう一度読み返してしまいました。
「ダックのルール」は、法律事務所で失踪人の捜索を専門とする佐久間公と、ダックと自称する黒人の肌を持つ日本人が、ある人物を探すところからストーリーは始まる。過酷な運命にもてあそばれた男の悲しいほどに、そして痛ましい結末はあまりにも不公平差を感じてしまう・・・そんな作品でした。
「スウィッチ・ブレード」は、国際的情報機関の活動を、一人の日本人の生き方を中心に書かれています。そこには、其々の祖国への愛情は無く食うか食われるかの抗争が冷酷に行われています。飛び出しナイフ(スウィッチ・ブレード)の刃の上を歩く男たちの、自己保身を描きながら友情に殉ずるストーリーが印象に残りました。
「冬の保安官」は、シーズンオフの別荘地の保安管理人で、元警察官だった男が主人公です。利用者のいないはずの一軒の別荘で灯をみとめたので、ドアを開けてみると銃をかまえた少女がいて、会話をするうちお互いに好意が芽生えますが、その背後には厄介な問題を抱えていました・・・。
何度読んでもおもしろい本はあるもので、大沢さんの作品は私にとってはそんな本の代表的なものです。ミステリーという言葉より、やはりハードボイルドいうジャンルがぴったりの作品です。(00.1.23 )
浅田 次郎 ・ 徳間書店 ・ 評価★★★★★
さてさて、四季をめぐるプリズンホテルの旅も終わりになりました。紫陽花の季節から始まり、紅葉、雪景色そして桜の季節と、なんとも今の日本にはなかなか見られない見事なまでの季節感を十分堪能できた旅でした。
今回は、木戸孝之介の作品が文学賞の候補にノミネートされたところから始まり、いつもながらの面々と編集者、繁の担任の先生、演劇をめざす堅気の親子連れ、52年間の刑期を終えた任侠、事業に失敗しそうなつきのない経営者等が、運命のいたずらか奇妙な廻りあわせか、さまざまな事件を再び巻き起こします。なんでもありのこのプリズンホテルに一度でも訪れたことのある方は、少々のことでは驚かなくなりますが、4度目にしてこのプリズンホテルが、なぜここまで訪れる人を魅了してやまないかわかったような気がします。
それは、「万病に効く」というプリズンホテルの「極楽の湯」もさることながら、奥湯元の深い木立の中に、恋の悩みも金の苦労も、神経衰弱も不眠症も一掃され、親身となってくれる心からの接待が、身体の具合の悪いのも、苦しいのも、悲しいのも、つらいのも、切ないのも癒してくれるからなのです。そう、このホテルは、自分の家以上に暖かく自分のいる場所がはっきり認識でき、他人の痛みがわかる最高のホテルなのです。
読み進むうち、何度笑ったことか、何度涙をながしたことか、このプリズンホテルは小説の中の人たちと一緒になって、喜怒哀楽を味わえるという特典もついているのです。同業者からは、法外な料金をとり、堅気の人には格安でサービスするという、なんともいなせな計らいをしてくれますので一度お立ち寄りください。
楽しい旅はすぐ忘れてしまいますが、楽しいうえに長く思い出に残る旅、明日からの活力となる旅は、そうそうできるものではありませんが、必ず訪れた人に満足を与えるこの企画は、参加して絶対損はいたしません。ぜひお勧めいたします。今日もあの登場人物たちが、プリズンホテルを訪れる人々を怖い笑顔(?)で出迎えていると思うと、また訪れたくなりそうです。(99.12.21)
浅田 次郎 ・ 徳間書店 ・ 評価★★★★
このシリーズも三作目となり、登場人物のユニークなキャラクターにも慣れて物語の展開を楽しむ余裕がでてきました。今回のテーマは「冬」。雪深いプリズンホテル、正式名称奥湯元あじさいホテルの景観は、また乙なものです。
いつでもなんらかの事件が勃発するこのホテル、今回は編集者、医者、看護婦、自殺志願の少年、登山家等々を巻き込み、静かな(?)この季節にただならぬ時間を、そして空間をかもし出しています。この作品の中に登場する看護婦、「血まみれのマリア」ことアベ マリアは浅田さんの別の小説でお会いしたことがあるのですが、(「きんぴか」だったか書名を忘れてしまいましたが・・・)そのままのキャラクターで描かれているのを見て思わず、手抜きかはたまたこの小説がデビュー作だったのか・・・と思いましたが、懐かしい人と再会した感じがして昔話に耳を傾けるような気持ちで読み進みました。
このシリーズを読んでいて人の心の本音と建前、人情と義理、堅気と任侠、常識と非常識等々期待をおおいに裏切られるのですが、それが全然嫌味がなくまたそんな人たちが愛せる自分がそこにいることが不思議な感じです。浅田さんの小説の魅力とも言うべき点は、登場人物が私たちと同じ目線にいること、いや浅田さん自身が私たちと同じ立場で小説を書いているところにあるのではないでしょうか。決して現実では考えられないことが、こうも自然に受け入れられるのもそんな所以からかもしれません。
あとシーズンは、「春」を残すのみとなってしまいました。この三作目で、主人公・木戸孝之介は、お清さんに結婚を申し込みました。人生の「春」を迎えて、ジ・エンドとなるのか今からプリズンホテルに行ってきます。みなさんも一緒にいかがですか。(99.12.16)
浅田 次郎 ・ 徳間書店 ・ 評価★★★★
「奥湯元あじさいホテル」−通称プリズンホテルに訪れるのも今回で2度目。前に来たときは、あじさいが見事に咲き乱れていた初夏でしたが、今回は楓と櫨の紅の錦が山肌を被い、橅や椎の巨木が月光に映えて黄色く燃えるような季節でした。あいも変わらずの顔ぶれに内心「ほっ・・・」としたり、「またか・・・」と苦笑したり、これから起こるであろう事件を想像し期待を込めて読み出しました。
今回は、前回と違い1泊2日の宿泊ですが、なぜかいつでも物騒な騒動がおきます。極道たちの定宿のためフリーの泊り客は極端に少ないこの「プリズンホテル」。訳ありの客たちが、ここに泊まればなぜか心を開き安らぎを見出してホテルを後にする、不思議な魅力を持っているこの「プリズンホテル」。今回の騒動は、なんと任侠団体と警察の慰安会が一緒になってしまい、そこに指名手配中の強盗が同宿、3種3様の心中を立場を踏まえ見事に浅田流に描いていて、読んでいてこういう見かたができる浅田さんって何者?って思わず考えてしまいました。
小説の内容は相変わらずの人情あり、暴力あり、義理ありのなんでもありの世界ですが、この小説を読んで感じたことを一つ。それはここに登場する小説家「木戸孝之介」のことです。自分の気持ちをうまく表現できないタイプとお見受けしたのですが、それでも読んでて悪意は感じないまでも、なんでここまで憎まれるタイプに描かれているか・・・ということです。言葉や行動の暴力、読んでいて感じの良いものではないはずですが、あえて主役の小説家の性格設定した浅田さんの真意を読み解くには、このシリーズを最後まで読まないと答がでないのでしょうか。
浅田さんの小説は、どちらかというとなんとなくレトロタイプの心の故郷というイメージを勝手にもっていたのです。私たちにも、この「木戸孝之介」みたいなところがあるというのはわかっているのですが、人間そういうところは隠したい、皆に見せたくないというのが心理だと思うのですが、それを表面にだすという書き方は正直言って戸惑いを隠しきれません。醜いところがあるのも人間です。そういう意味では、このプリズンホテルは人の明暗、裏表をはっきり言ってくれるのできっと安心して身を任せることができるのでしょう・・・。
今度訪れるときは、雪が降り積もりまた一味違った素晴らしい景色を楽しませてくれることでしょう。(99.11.28)
浅田 次郎 ・ 徳間書店 ・ 評価★★★★
「お疲れ様でした。二泊三日の旅、お楽しみいただけましたでしょうか。」・・・・あとがきより
「プリズンホテル」・・・・なんのことはない、極道の経営者が訳ありで手にしたホテルを、その筋の関係者のためのホテルとして営業しているためこの名前がついた、いわくつきの「監獄ホテル」。正式名称「奥湯元あじさいホテル」で繰り広げられる二泊三日の物語が始まります。
主人公はというと、登場者全員なのでは・・・と私は思います、そして読んでいる方もその一人だと・・・。ホテルのオーナー・木戸仲蔵、そしてたった一人の肉親の小説家・木戸孝之介。この二人を中心にホテルの従業員はじめ、訳ありの泊り客の面々。一流ホテルから派遣された問題児の支配人、定年退職をむかえた老夫婦、一家心中をしようとしている不幸な家族、懲役を終えたばかりの男、そして観光にきた任侠たち・・・・。不思議な「負」のエネルギーが凝縮されていて粗野で凶暴で非常識で、全く油断のならないところ、しかし時として、論理ではどうしょうもない苦悩が、マイナーな世界で簡単に啓蒙され解決されてしまう、なんとも不可解な場所「プリズンホテル」。さてさてなにが起きても不思議ではないこのホテルでおきる出来事を、皆様一緒に楽しみませんか・・・。最後にはあなたも、もう一度このホテルを訪れたくなること間違いありません。
この「プリズンホテル」が、4部作となっているのは皆様ご存知のところです。「プリズンホテル」(夏)・「プリズンホテル 秋」・「プリズンホテル 冬」・「プリズンホテル 春」と、四季折々の物語を浅田さんは用意してくれました。これから「秋」を読みますが、さて今度はどんな騒動がまっているか、木戸孝之介は・・・、木戸仲蔵は・・・・、と会いたくってたまりません。それだけこのホテルに対する思い入れが、浅田さんの中にはあるように思うのです。その表れとして、余談としてあとがきにも書いてあるますが、偏屈な作家として登場する「木戸 孝之介」はなんと著者が二十有余年にわたってペンネームとして使用したものだそうです。しかしその作品は、ことごとく「ボツ」になった因縁の名前らしいのです・・・。ここで甦るとは、浅田さんの執念を感じました。(99.11.25)
「撃つ薔薇」 AD2023涼子
大沢 在昌 ・ 光文社 ・ 評価★★★★★
久々の大沢兄貴の小説、もったいなくって今日までとって置いたのですがとうとう読んでしまいました。ハードボイルドというと主人公は「男」と思いがちですが、この本は副タイトルでもわかるように女性が主人公です。大沢さんの本で、女性が主人公として登場するのは「天使の牙」と、題名は忘れてしまいましたがもう一つあったような・・・。女性はどうしても感情の動物と言われているだけに、ハードボイルドには合わないように思うが大沢さんの手にかかればこれが不思議と違和感がなく読めるのはなぜなんでしょうか・・・。
櫟涼子(くぬぎ りょうこ)・職業 刑事・任務 潜入捜査官(アンダーカバー)。暴力にも恐怖にも彼女は負けない・・・・。愛と裏切りが彼女を切り裂くP463の長編小説です。女性には不向きとされるアンダーカバーに、自ら志願して捜査に乗り込む涼子。そこにまっているものは、命をかけた過激な任務遂行。女性だからという甘えは許されないこの世界で、一人組織に乗り込み事件を解決するあたりは、大沢さんの世界が、そして大沢さんの本領が思う存分発揮されています。
ここしばらく本を発表してなかった大沢さん、なにをしていたかと思っていたら「ゲームソフト」を制作していたとのこと・・・。そのゲームソフトの延長上にこの本が出来上がったそうな・・・。ゲームのストーリーの主人公を小説に描きたくなったという大沢さんは、やっぱり物書きだった・・・。こうして生まれたのがこの本、ゲームとは切っても切り離されないものらしいが、それぞれ独立して楽しめるものなので興味のあるかたはぜひゲームのほうも挑戦してみてください。
大沢の兄貴には、いつも新鮮な話題を提供していただけるし、この一冊をとっても読んでさすが、と思わせる執筆をしてくれるので、次にでる本は・・と期待してるのですが、北方さんにはない大沢節健在をしばらくぶりに見てもっと読者のためにどんどん本を提供して欲しいと心から思いました。(99.10.11)
http://www.undercover.co.jp/index.htm
浅田 次郎 ・ 集英社 ・ 評価★★★★
「男てえのは理屈じゃあねえ。 俺ァ男だとてめえに言いきかせて生きるもんだ。」・・・アールヌーボーの闇の底、江戸っ子義賊が駆け抜ける・・・・天衣無縫の大正ピカレスクロマン。
第二部は、「小説すばる」に1998年1月号から8月号まで掲載された「残侠」をはじめとし、「切れ緒の草鞋」「目細の安吉」「百面相の恋」「花と錨」「黄不動見参」「星の契り」「春のかたみに」が、天切りの松の闇がたりとして語られています。前回作同様、奇想天外の成り行きに盗人もこういう男粋が感じられるなら悪くない・・・と思わず浅田さんの思惑にはまってしまいました。
「残侠」は、その名のとおり渡世人が話しの主人公。誰あろう、あの清水の次郎長の子分・・・そういって思い出すのは、大政、小政、森の石松くらいなのですが、その小政が天切り松のところで一宿一飯の義理を果たすというくだりは、「なんと・・・!!」と思わず読んでいて浅田さんならではの発想だ・・・と感嘆してしまいました。
身体は五尺にも満たないが、長刀を持たせりゃ鬼より怖いといわれた居合斬りの達人小政は、明治7年に静岡の監獄で牢死したといわれている御仁。それが大正時代に甦って、物語のなかで胸のすくような立ち回りを演じるのだから痛快を通り越して、これは本当の出来事なのでは・・・と読者に思わせる浅田さんの執筆は、決して期待を裏切らない本物を感じます。
せっかく読むのでしたら、絶対二巻一緒にお読みください。最後は、天切り松自身の回顧になっていますが、なにかが心に根付き、また江戸っ子義賊の心粋が読後魅了してやみませんでした。(99.9.26)
浅田 次郎 ・ 集英社 ・ 評価★★★★★
この小説は、1996年徳間書店より「天切り松 闇がたり」として刊行されたのを、第一巻「闇の花道」・第二巻 「残侠」として発売(1999年9月20日第一刷発行)されました。
浅田さんの本は、これまでもいろいろ読ませていただいていますが、これはちょっと毛色がかわっているな・・・と思い読もうかどうか迷いましたが、結局読み始めてみると夢中になって一気に読み終えてしまいました。
「盗られて困らぬ天下のお宝、一切合切ちょうだいしようじゃねえか!」。粋でいなせな怪盗たちが、意地と見栄とに命をかけるー古今無双の大正ピカレスクロマン。当時の時代背景もさることながら、主人公が盗人という設定で、留置所のなかで語られるその偉業の数々・・・夜盗の声音・闇がたり。展開そのものは、天切りの松の闇がたりという形で進んでいくのですが、それは聞いている人々に語りかけるものでありながら、読んでいる者も思わず「話の続きは・・・」と催促したくなる不思議な魔力をもって迫ってきます。
天切り松の生い立ちから始まって、親分の「目細の安」、振袖おこん、黄不動の栄治、書生常、説教寅の面々のエピソードをこれでもか・・・というほど小気味良いテンポで次々に繰り広げられるが、最後に「永井荷風」がでてきたのにはちょっとびっくり・・・。浅田さんのユーモアかと思ったのですが、この本を読んでいると全然違和感がなく受け入れられるのは流石です。
浅田さんは、いったいどんな方なんでしょう・・・。普通泥棒とかスリとかは悪いこと・・と教えられている者にとって常識を覆されるこの本の内容は、わかりやすく言えば義賊といわれた「ねずみ小僧」のようなものといえばわかってもらえるかな・・・。「盗みは小手先でするものじゃなく心意気で盗るもの」「無益のものの有り難味」、この本を読んでいるとなにが善で、なにが悪かということから考え直さないといけない思いにさせられました。
いつもとちょっと違う浅田さんの世界、足をふみいれても損はありません。(99.9.23)
小池 真理子 ・ 講談社 ・ 評価★★
久しぶりに、恋愛小説を読んで疲れてしまいました。どうもこの手の本は苦手です。小池さんは、仙台に住んでいたことがあったということで、なじんだ場所が登場する、そして描かれている時代的にも共通するところが多いので読ませていただいているのですが、正直男と女の関係を描いた読み物は読まなくてもいいなあ・・・・とつくづく思いました。
「冬の伽藍」の舞台は、今作者が住んでいる軽井沢が取り上げられています。(ご近所には、私の大ファンである内田先生のお住まいもあるようですが・・・)結婚して3年目、突然事故により夫を失った主人公の悠子、薬剤師の仕事で軽井沢にある診療所に勤めるようになるのだが、診療所を任されている先生・兵藤義彦との出会いが彼女の運命を変えていく・・・。それは義彦やその父である英二郎の運命にも少なからず影響を与える結果となるのだが・・・。
ストーリー的には、男と女の悲劇的なラブロマンスと映るこの物語に、奇麗事ばかりではなく、心の裏側も描いている点また人間の偽ざる葛藤などそれなりに表現されてはいると思うのですが、やはり小説の中の物語なんだよね・・・現実はこんな奇麗事じゃないよ・・という自分なりの感想で終わってしまいます。
どうしてこういう恋愛ものが苦手かというと、男の心理とか女の心の動きとか人それぞれ感じかたが違うし、こんなの現実離れしてると思ってしまうとすんなり受け入れることができなくなって拒否反応がでてしまうからなのです。やはり身近に、そして自分の体験等などと比べることができるから・・・かな。
その点、もっとも現実ばなれした推理小説とかハードボイルドの世界のほうがすんなり現実逃避できる分はまってしまう気がします。同じ考えるにしても謎解きや男の世界を考えていたほうが私の趣味にあっているということが改めて感じました。(99.9.20)
浅田 次郎 ・ 徳間書店 ・ 評価★★★★★
なんとも言えない気分で読み終えました。浅田さんの小説は、セピア色だという表現を前にしましたが、時代にたとえると昭和の初期というイメージで懐かしい感じを与えてくれて、落ち着ける場所を見つけたという作品なんです。
仕事や家族の葛藤を抱え、人生にくたびれきった中年のサラリーマンが、地下鉄という場所でタイム・トリップする物語。主人公が、過去と現実を行き来しながら、憎み軽蔑していた父を理解し、愛するものを失いそれでもなお、自分の意志で生きていこうとしている・・・この作品を読んで日常なんでもなく乗っている地下鉄に意外性を見た気がしました。発想といい無理のない文章の流れといい、全編を通じ浅田節がいきいきと描かれています。
浅田さんのこの小説には、戦後の、戦中の、戦前の東京が描かれていますが、当時の情景が目の前にあるかのように本を読んでいて感じさせられるのです。そして、さまざまの出来事に遭遇する主人公の心の変化が手にとるようにわかるというのも、浅田さんの表現力の豊かさ、的確なムダのない文章ならでは・・・と思いました。おもわず読んでいて感情移入してしまいます。
最近読後感で、この作品は・・・と思わせるものが少なくなってきていますが、ぜひ一度浅田さんの作品を手にとって見てください。絶対心を洗われるような気分にしてくれることまちがいなし・・・です。自分の居場所がある本とめぐり合えますよ。(99.8.6)
いしい ひさいち ・ 朝日新聞社 ・ 評価★★
名前に惹かれて(書名・著者名)手にとった一冊でしたが、読みやすいことは請け合います。ただ何を言いたいのかを理解できなかったのが残念です。
最近漫画、とくに4コマ漫画を読んでいないせいか、そこから作者が訴えかけているものを読み取ることが苦手になっている自分を発見。同じ活字なのに、それも漫画というわかりやすい手段で表現しているのにわからないなんて・・・。
「となりの山田くん」がなければ手にとることも無かった一冊でしたが、書評まんが集で取り上げている本は、シドニィ・シェルダン著「星の輝き」・河合隼雄著「物語とふしぎ」・宮部みゆき「蒲生邸事件」・ロバート・M・ブラムソン著「困った人たちとのつきあい方」・馳星周著「鎮魂歌ー不夜城U」等など書評と4コマまんがで本の紹介をしているユニークな本です。
評価がいまいちなのは、なんと言うことは無い「ダジャレ」が理解できなかったということと、好きな作家の本が紹介されていなかった・・・という単純なことで、今からこの本に紹介されている本を読もうとしてる人、またもう読んでしまった人も楽しめる一冊です。(99.7.30)
関西じゃりン子チエ研究会 ・ データハウス ・ 評価★★★
「じゃりン子チエ」が登場したのは、21年前。1978年の秋に「漫画アクション」に連載されたのが最初です。先ほど単行本になった連載も終わりましたが、大人の世界に巻き込まれながら小学5年生の女の子が、細腕で父を養いながら(?)ホルモンを焼いている健気な姿に、大阪ならではの「ド根性」という精神を教わったような気がする漫画の副読本です。
「じゃりン子チエ」という漫画を読んだことのない人には面白くないかもしれませんが、ぜひこの本と一緒に漫画の方も読んでいただきたいと思います。物語のすべてが徹底的に大阪弁で展開され、父テツ、母ヨシ江、そして隠れた主人公「猫の小鉄」と、登場人物の個性や人間関係等チエちゃんの魅力や日常の面白さを実に面白く紹介しています。
たとえば、「チエちゃん」といったら髪を結んだボンボリと下駄履きがトレードマーク、ではいったいいつから下駄を履いているかというと、赤ちゃんのときから父テツから身を守る「護身用の武器」として樫木でできている下駄を愛用している・・・、またチエちゃんの靴下は足袋のように親指と人差し指の間が分かれている(単行本23巻181P参照)という内容を始め、盛りだくさんの秘密の解明をしています。
ちなみに、研究本としては「サザエさんの秘密」「サザエさんの悲劇」「ドラえもんの秘密」「ちびまる子ちゃんの秘密」「ゴルゴ13の秘密」「水戸廣門の秘密」「ドラゴンボールの秘密」「サーラームーンの秘密」「ゲゲゲの鬼太郎の秘密」「クレヨンしんちゃんの秘密」等がでていますが、たまにはこういう本で息抜きはいかがですか・・・。(99.6.30)
浅田 次郎 ・ 集英社 ・ 評価★★★★★
高倉健さん主演で映画化される「鉄道員」。あまり映画化される本は、イメージが崩される恐れがあるため読まないのだが、映画化されると決まる前に買っておいたものだったので、映画が上映される前に読んでしまいました。
浅田次郎さんの「直木賞」受賞作の「鉄道員」は、他に「ラブ・レター」、「悪魔」、「角筈にて」、「伽羅」、「うらぼんえ」、「ろくでなしのサンタ」、「オリヲン座からの招待状」の8作品がおりなす作品集。大人の哀愁、セピアがかった情景、独特の浅田さんの世界がここにはありました。中でも、「鉄道員」「角筈にて」が好きな作品です。
仕事一筋の定年退職まじかの主人公佐藤乙松、生き方が不器用で、それこそ仕事以外なにもなかった乙松だったが、家族の愛の中で人生の最後を迎えるくだりは、胸にジーンとくるものがありました。こういう生き方は、今の時代は考えられないことですが、今も昔も変わらない「人にとって一体何が大切なものなのか」ということえを教えてくれると思うます。
「角筈にて」はエリート社員が左遷されるくだりから始まりますが、こちらは現代にあい通じるものがあるかと思いますが、世のなかの不利尽や欺瞞等を主人公の目を通して読みてに訴えてきます。親子、兄弟、夫婦など人間関係の愛や心情等を細やかに描ききっています。
いつも浅田さんの作品を読んで感じることですが、ほのぼのとしたやさしい気分にさせられ、物語のなかの主人公と一緒になって泣き、笑いをしてしまいます。いいですね、こんな本とめぐりあえたってこと・・・。(99.5.30)
西村 京太郎 ・ 読売新聞社 ・ 評価★★★
盲目の画家の射殺死体が、井の頭公園で発見された。その直後画家の恋人が行方不明になり、第二・第三の殺人が起きる。事件を追う十津川警部・亀井刑事は、行方不明中の恋人が事件の鍵を握っていると思いその行方を探すが・・・・。
事件の陰にある殺人の動機が解き明かされるとき、真犯人は最後の復讐という名の殺人をしょうとしていた・・・。この小説は、犯人がわかっていてもその動機がはっきりしない、動機を解き明かし犯人を追いこんでいくという進め方で流れています。
以前の西村京太郎は、やはり謎解きというトリックをつかった推理小説を書いていましたが、最近は今回の作品みたいな心理面に重点を置いたものが多いような気がするのは私だけでしょうか・・・。
名コンビの十津川とカメさんの会話から、その事件の核心に迫る事実を引き出すテクニックは西村さんの世界なんですよね。長年このシリーズを読んできた者には、この二人の掛相は小気味良いリズムとなって体の中に自然と入ってきますが、やはり謎解きのスリルのほうが、犯人との心理作戦より好きだな・・・って思って読み終えました。(99.5.12)
津村 秀介 ・ 講談社 ・ 評価★★★★
ルポライター・浦上伸介と女子大生の前野美保が殺人事件のアリバイ崩しに挑む、津村秀介ご存知のシリーズ。「米沢着15時27分の死者」と副題がついているとうり時間のトリックが、時刻表が謎ときのキーワードとなっています。
「山手夫人」を死に追いやった男二人に、一人を殺害し一人を殺人犯にしょうと復讐の計画を立てる犯人。正体不明の「山手夫人」が自殺した同じ場所で死を選んだ真犯人にはアリバイがあり、容疑をかけられた男にも完璧なアリバイが・・・。
死を選ぶ人間が、なぜアリバイを必要としたのか、死者のアリバイだけにルポライターでアリバイ破りの名人・浦上伸介も崩すのに苦労しています。
津村さんの推理小説は、謎ときをしっかり読み手に納得させてくれ、いつもながら時刻表を駆使したトリックには「さすが・・・」と思います。津村さんをはじめて読む人にも、この本は決して期待を裏切らないことを請け合います。(99.5.8)