1.書名 2.著者名 3.出版社 4.読んだSIMの評価(5段階) 5.内容・感想等を記載
「ハリー・ポッターと死の秘宝」 上・下巻
J.K.ローリング=作 ・ 松岡佑子=訳 ・ 静山社 ・ 評価★★★★★
7月31日、17歳の誕生日に、母親の血の護りが消えます。「不死鳥の騎士団」に護衛されてプリベット通りをハリーに、どこまでもついていくロンとハーマイオニー。一方、あれほど信頼していたダンブルドアには、思いがけない過去が・・・・。分霊箱探しのあてどない旅に、手がかりはダンブルドアが三人に残した遺品だけでした。しかし、ダンブルドアが遺したものは、謎ばかりです。御伽噺の裏にある秘宝の謎はなにか?分霊箱を求めて、三人の旅が始まります。(上巻)
求めるべきは「分霊箱」か「死の秘宝」なのか。ダンブルドアがハリーたちに残した遺品の真意はどこにあるのか?ヴォルデモートが必死に追い求める物は何か?最後の分霊箱を求めて、ハリー、ロン、ハーマイオニーは、絶対戻らないと決めたホグワーツに向かいます。壮絶な戦い、胸を引き裂く愛するものとの別れ。果たしてハリーは「生き残った男の子」になれるのか?戦いの中、ついに明かされる驚くべきハリーの運命。鍵を握るのは一本の杖でした。ハリーの運命は生まれたときから決められていました。より大きな善のために・・・。(下巻)
とうとう最終巻になってしまったハリー・ポッターシリーズ。2000年から8年間長かったですが、この巻でもう終わりかと思えば、寂しさが込み上げてくるような感じして、もうこの物語の続きを読むことができないのは残念です。この物語は、ハリーが11歳の誕生日を迎えるところから始まりましたが、今回は17歳の誕生日を迎えるところから始まります。冒頭から登場するヴォルデモートとの戦いに備えて、ハリーがダーズリー一家と永遠の別れをし、母親の血の守りが消える17歳の誕生日までに、ヴォルデモートの前から姿を消すために、不死鳥の騎士団に護られて身を隠すところから最終巻は始まりますが、最初からハリーの心を痛める出来事の連続で物語は進んでいきました。
この回で重要な人物が死ぬ・・・と言われてきていて、それが誰なのか・・・。ハリーが?ロンが?ハーマイオニーが?それとも・・・・。また、本当にダンブルドアは死んだのか・・・スネイプはハリーの敵か味方か?全ての謎がここで明かされています。読めば、なるほどと納得するのですが、ヴォルデモートとの戦いの際、意外な人物の活躍もあり最後はハッピーエンドで終わるのですが、少し呆気ないと思われるほど山場はやってきました。それまでの児童書とは思えない残忍さなどから比べると・・・。
ハリー・ポッターシリーズは、第一巻から今回の第七巻まで一貫して、「愛」「友情」「勇気」をテーマに掲げてきていますが、「死の秘宝」といわれる、透明マント、ニワトコの杖、蘇りの石よりも分霊箱探しのために、ハリーやロンやハーマイオニーたちの愛に満ちた友情溢れる、そして勇気ある行動のほうが宝だといっているような気がします。さあ、出かけましょう・・・ハリーの最後の旅に・・・・最後の冒険に、7年間の思いをこめて!!(08.8.4)
大沢 在昌 ・ 講談社 ・ 評価★★★★
着手金は100万、仕事は「殺し」以外のすべて・・・・。六本木裏通りのバーに持ち込まれる無理難題を解決するジョーカーのもとに、長身で白髪の英国人男性が訪れました。彼は20年以上前、ジョーカーが先代を継いで二代目となった初仕事の依頼者でした。イギリスからロシアに亡命するため、ある女性を探し出して欲しいという依頼・・・。裏世界を生きるトラブルシューターのプライドと美学を描くシリーズ最新作です。
初出誌:「ジョーカーの鉄則」小説現代2003年2月号、3月号/「ジョーカーの感謝」小説現代2003年8月号/「ジョーカーと『戦士』」小説現代2004年1月号、2月号/「ジョーカーと亡命者」小説現代2004年8月号/「ジョーカーの命拾い」2005年1月号/「ジョーカーの節介」小説現代2005年9月号に掲載されました。
第一作目と違うところは、ジョーカーが事務所としているバーくらいでしょうか。以前は六本木の外れ、飯倉片町から麻布台へと抜ける目抜き通りの裏側にあるバーでしたが、今回は1985年六本木の外れにバーを出した元プロボクサーの沢井のところでした。ジョーカーの仕事は着手金100万、その半分は事務所としての店に入る仕組みになっています。短編ということもあり、前作も気軽に読めましたが、今回もテンポのよい流れで一気に読める内容でした。
仕事は「殺し」以外の全て。決して楽な仕事ではないし、身の危険も伴います。今回は諜報部員や革命からの亡命者、コンピュータから抜け出したような若者など・・・様々な人々のトラブルを解決していきます。裏社会と繋がっていないとできないような仕事です。ジョーカー自身、身を隠して仕事をしているわけではないので、危険を伴う仕事では命を狙われて当然と思うのですが、読んでいて緊張感がないというか切迫したものが感じられないには、物語だからでしょうか・・・。「殺し」はしないから・・・でしょうか。大沢さんと等身大の主人公という感じがした一冊です。(08.7.5)
「標的走路」 レスリーへの伝言
大沢 在昌 ・ JULIAN ・ 評価★★★★
ある日の深夜、「僕」(佐久間公)はビリヤード場で混血の美青年レスリーと出会います。その後、僕はレスリーとの再会はスクリーンを隔ててすることになるだろうと思っていました。けれども、法律事務所で「調査士」として失踪人を探し出すことを生業とする「僕」のもとに持ち込まれた仕事は、映画の撮影所から姿を消したレスリーを探し出すことでした。それは、友人としてではなく、法律事務所に勤める調査士としての仕事でした。(未発表短編「レスリーへの伝言」より)
調査士・佐久間公の活躍を描く大沢在昌の人気シリーズ、その出発点ともいうべき「レスリーへの伝言」が初めて単行本化されました。同シリーズ幻の処女長編「標的走路」も復刊収録されています。大沢ファン待望の一冊です。佐久間公シリーズ「感傷の街角」でデビューした大沢在昌さん。その記念すべき処女長篇にして、入手不可能だった「標的走路」が復刻版とて甦りました。クルマに仕掛けられた爆弾。誰かが僕を殺そうとしたのだ・・・。そんな僕に「調査士」としての仕事が依頼されます。まだ若い佐久間公が行方不明になった二人の若者を追って東京から軽井沢へと・・・佐久間公を待ち受けるものは一体なに?(平成14年12月文春ネスコより刊行された「標的走路」に加筆修正し、さらに「レスリーへの伝言」を新たに収録)
「レスリーの伝言」は、1977年に「オール読物新人賞」に投稿し、最終候補作となりましたが、落選をした作品だそうです。そして、大人になった佐久間公を主人公にした初めての作品でもあります。佐久間公の高校生時代の短編(ナナハンにまたがり、ヤクザなどを相手にトラブルシュートするという設定だそうです)もあるようですが、出版されているのかどうか・・・不明です。今まで発表しなかった作品を今回発表したのは、「公にもこんな時代があった」ということを知って欲しかったという理由だそうです。貴重な作品を是非読んでみてください。
ちなみに、大沢さんの本で一番最初に手にしたのは「雪蛍」でした。内容ははっきり覚えてはいないのですが、暗く重い感じのハードボイルドだなあという印象を持ちました。その「雪蛍」が新・佐久間公シリーズ1だったとは発見でした。(08.4.12)
白川 道 ・ 新潮文庫 ・ 評価★★★★
少年時代、父の後妻が連れてきた弘。私は弟を、血の繋がりを超えて愛しました。彼は夢を追っていました。しかし、ついに羽ばたく機会のないまま、あの日、弟は私の妻と心中してしまいました。かつて兄弟で星を眺めた高原で・・・。弟と妻を追い詰めたものに復讐するため、私はただ一度の大勝負に賭けます(表題作)。豊かな物語性と胸にしみる5つの短編集です。初出:「アメリカン・ルーレット」オール読物1997年9月号/「イヴの贈り物」オール読物1997年12月号/「カットグラス」小説新潮1998年4月号/「浜のリリー」オール読物1997年4月号/「星が降る」オール読物1998年7月号。(この作品は「カットグラス」というタイトルで、1998年7月文藝春秋より刊行され、2001年7月文春文庫に収録されました。新潮文庫収録にあたり改題されました。)
白川さんの小説の世界、ギャンブルと男の世界。白川さんが小説を書くきっかけとなったのは、北方謙三の初期の作品「檻」だそうです。以前、改題される前の「カットグラス」を読みました。一番最初の白川さんの作品と出会いでした。それまでは、北方さんと大沢さんのハードボイルドしか読んだことがありませんでしたから、久々にヒット!と感じた作家に会った瞬間でした。でも、このころはなかなか次の作品が登場せずに忘れかけていましたが、ギャンブルから卒業した(?)とたん、次々と作品を発表し北方さんとは一味違ったハードボイルドを楽しませて貰っています。一度読んだ本でしたが、新鮮な気持ちで読み返すことが出来たのは、作品の出来がよかったからだと思います。
「アメリカン・ルーレット」は、麻雀小説です。白川さんの麻雀小説といえば、自伝的ギャンブル小説「病葉流れて」のシリーズがありますが、この作品は麻雀の勝敗そのものよりも、主人公・榊と水穂という女性の人間関係が読みどころです。「イヴの贈り物」は、大手商社マン戸辺和人が喫茶店のウエイトレスに死んだ娘の影を見出し、クリスマスイヴを一緒に過ごすことを約束します。読み進めていくうちに思いもよらない展開を見せますが、陰惨な終わり方ではないのが救いでした。「カットグラス」は、高校時代に仲の良かった男たちの物語で話が展開していきます。現在と過去を交差させて描いている手法は、白川さんの小説の特徴のひとつで、この作品でも効果的に描かれています。「浜のリリー」は、建築家法月秀明のもとに一通の手紙が届くところから始まります。リリーという歌い手の素顔がポイントとなっていますが、ミステリータッチの展開を取っています。
5つの短編集を見てみると、中年男のリアルファンタジー的な要素がある作品となっています。勢力争いの渦に巻き込まれてそれに破れ今までの努力も報われないまま去って行かなければならないとき、男の心には「自分が生きてきた意味」の疑問符でした。誰しもが生きていくうちで感じる悲壮感を漂わせている白川作品は、是非読んでいただきたい作品です。ギャンブルが苦手な人には辛い作品かも知れませんが、胸に染み渡る叙情は感じていただけると思います。(07.9.12)
浅田 次郎 ・ 新潮文庫 ・ 評価★★★★
時は幕末、処は江戸。貧乏御家人の別所彦四郎は、文武に秀でながら出世の道をしくじり、夜鳴き蕎麦一杯の小遣いもままなりません。ある夜、酔いにまかせて小さな祠に神頼みをしてみると、霊験あらたかにも神様があらわれました。 しかし、この神様は、神は神でも、なんと貧乏神でした。その次に現れたのは、疫病神。そして最後は死神と、とことん運に見放されながらも懸命に生きる男の姿は、幕末の波乱の世の中で誠実に武士道を貫いたものでした。(初出:平成17年9月新潮社から刊行)
「憑神」は御徒士のお話です。主人公・別所彦四郎は、幕末の御徒士です。幕末の御徒士は、貧乏と相場が決まっていました。その貧乏侍に憑いた神が貧乏神。神頼みをした祠の神様は、出世祈願の霊験あらたかな神社ではなく、三巡神社という貧乏神、疫病神、死神のツキガミ様を奉る神社だったのです。この主人公、最後は鳥羽伏見の戦いのあとに、江戸城に逃げ帰った徳川慶喜と対面し、上野の山に立て篭もる彰義隊のもとに神君家康の影鎧をきて出向き、武士の意地を貫きます。
この作品では、人は何を目的に生きていくのか、何が人間の幸せなのかということを問いかけています。主人公も貧乏侍で、まして武家の次男坊に生まれれば家を継ぐことも、役職につくこともままなりません。財布の中味や立身出世のことを気にするのも当然です。そんな主人公ですが、貧乏神や疫病神などに取り憑かれて気がついたことがありました。「小さなことに一喜一憂し、神頼みなどをしているかぎり、人は本当の幸せな心の境地に達することなどできない」ということです。自分だけの小さな損得の発想を乗り越え、毅然とした意思の前には神も仏も関係なくなる・・・のです。
今を生きる私たちも、昔の人たちと同じように限られた命の弱い人間です。毎日の生活で暮らしていくには、辛いこともあるし、損得にもこだわります。しかし、もっと広い気持ちで物事を考えてみると、案外、悩みであったものがそれほどの悩みではなく、その人の心の持ち方次第で、幸福にも不幸にもなるのではないか・・・ということを、この作品は語りかけてくれていると思いました。でも、貧乏神や疫病神、死神に取り憑かれたら、こんな冷静な態度は取れないかも知れないというのも本音でした。(07.8.16)
白川 道 ・ 講談社文庫 ・ 評価★★★★
旅館の跡取り息子・伸介と下働きの息子・相楽。境遇の違いから少年時代に抱いた殺意を負い目に、想いを寄せた遥子も伸介に譲り生きてきた相楽。遥子の死、伸介の失踪後も、伸介の娘の樹里を支え、借金を肩代わりしました。遥子の命日、樹里のピアノの余韻の中で明かされる苦い真実。 意外な真相と結末は・・・。表題作ほか「切り札」「淡水魚」「車券師」「達也」など、人生の哀愁を織り込んだ作品集です。(初出:2004年12月講談社から刊行されました)
今回の5作品、白川さんの生き方や性格的なものが反映されているようです。と言っても、私自身白川さんを良く知っているわけではないのですが、経歴や他の作品などから見えてくる感じからです。ギャンブルに精通している、特にマージャン、競輪などは半端ではないものを感じます。作品のなかに借金や賭け事の金額がでてきますが、いずれも半端じゃないほどの金額です。一般の感覚すれば現実離れしているように思われる金額は、白川さんの生きてきた世界では並のようなもので、それが作品の魅力を特徴づけるものになっているようです。金銭的感覚を除けば、文章の筆運びは無駄が無く話の展開は巧みで個性的です。
すべての作品に共通していることは、ラストシーンです。読んでいる者には決着を予感させる気持ちを抱かせますが、明確な結論は書いていません。含みを持った言い回しで、エンディングを演出しています。ある意味、もったいぶった描き方ですっきりしない読後感ですが、作品を活かす効果はあるようです。実にいい・・・と思ってしまいました。今回の作品の共通しているところのもう一つは、すべてが過去に還っていくというところです。登場人物の独特の生き方が、過去を語ると言うことでより鮮明に描かれているようです。
また、白川さん本人が熱中している最大のものは競輪なのですが、作品のモチーフとしてはあまり取り上げられてはいません。その中でも「車券師」は、その数少ない例外です。一読する価値はあります。こんなふうに書くと、白川さんはとんでもないギャンブラーという印象を与えてしまいそうですが、その答えは白川さんの作品を読んでいただければはっきりします。私は・・・決してそうは思いませんが、白川さんはギャンブルに必要なツキや度胸を持ち合わせている作家だと思います。そんな白川さんの本だから面白い!(07.7.6)
浅田 次郎 ・ 文藝春秋 ・ 評価★★★★
三十歳を過ぎた吉原の太夫・生駒にふってわいた身請けの話。月島に行ったら幸せになれる・・・・やっと自由を手に入れた吉原の太夫は、愛する男の住む「夢の島」へ思いを馳せますが、そんな人生の転機を目前に、思いがけない現実が待っていました。自分にふさわしい幸せを見つけた彼女の人生の選択とは、一体何だったのか。希望を持って生きていく人々の、感動の短篇集です。(初出:「月島慕情」=別冊文藝春秋2002年1月号/「供物」=オール読物2005年2月号/「雪鰻」=オール読物2006年8月号<「冬の鰻」改題>/「インセクト」=オール読物2006年2月号/「冬の星座」=オール読物2001年2月号<「お香番」改題>/「めぐりあい」=オール読物2007年2月号/「シューシャインボーイ」=オール読物2005年8月号)
戦前、戦後、そして現代と、どの時代を舞台にしてもリアルで生き生きとした人間を描ける浅田さんの今回の作品「月島慕情」ですが、これは大正時代に運命に翻弄されながらも気丈に生きる姿を描いています。明治26年の巳年に生まれたから名前は「ミノ」。親から貰った名前が好きではなかったミノは、吉原に買われてきて太夫となり、生駒という名前をもらいました。30歳を過ぎてしまった太夫の生駒に身請け話が持ち上がります。人生の転機を目前に、ミノは思いもかけない現実に直面しますが、ミノはこんな言葉を残して身を引きます。
「わたし、あんたのおかげで、やっとこさ人間になれたよ」
「わたしね、この世にきれいごとなんてひとっつもないんだって、よくわかったの。だったら、わたしがそのきれいごとをこしらえるってのも、悪かないなって思ったのよ」
作品の底にあるのは、たとえ辛い過去と現実をもっていても、人間にとって一番大切なものは希望を捨てずにまっすぐに生きることということだと思いました。表題作のほかの作品も同様に、何一つ幸せを絵に描いたような作品はありませんが、人間の持っている切なさや優しさがにじみ出てくるのです。物悲しいという言葉がぴったりくる浅田さんの作品。手紙の使い方などが巧みで、作品の中で効果的な役割を持って登場しますが、全編を通じていかに生きるかという課題を背負って描かれています。小説から当時の様子(時代背景)がわかるという点では、とても貴重なものと思います。(07.4.28)
「輪違屋糸里」 上・下
浅田 次郎 ・ 文春文庫 ・ 評価★★★★
文久3年8月。「壬生浪(みぶろ)」と呼ばれる壬生浪人組は、近藤勇ら試衛館派と、芹沢鴨の水戸派の対立を深めていました。土方歳三を慕う島原の芸妓・糸里は、姉のような存在である輪違屋の音羽太夫を芹沢に殺され、浪士たちの内部抗争に巻き込まれていくます。音羽太夫の「だえれも恨むのやない。ご恩だけ、胸に刻め。ええな、わてと約束しいや」という最後の言葉を胸に、運命の波に身を任せていきます。新選組局長・芹沢鴨はなぜ殺されたのか。京都・島原の女たちは、愛する男を守るため、剣を持たずに血の雨の中に飛び込んで行きます。「壬生義士伝」に続き、新選組の“闇”=芹沢鴨暗殺事件の謎に迫る心理サスペンスです。(上)
芹沢鴨の愛人お梅、平山五郎の恋人・島原の芸妓吉栄、新選組の屯所、八木・前川両家の女房たちは、それぞれの立場から、新選組内部で深まる対立と陰謀を感じ取っていました。愛する土方のため、芹沢暗殺の企てに乗った糸里の最後の決意とは?ついに壬生屋敷で悲惨は起きました。新選組の浪士が、真の武士になるための戦いが始まりました。(下)(初出:単行本2004年5月文藝春秋刊)
浅田さんは、「壬生義士伝」の主人公・吉村貫一郎で、“義”を貫いた男の視点から生命とは何かを描きましたが、この「輪違屋糸里」では同じテーマを女性の側から描いた作品といえます。新選組といえば、近藤勇や土方歳三、沖田総司、斉藤一など名の知れた壬生浪が多々いる中で、浅田さんが取り上げる新選組は南部藩の浪人・吉村貫一郎だったり、酒癖が悪く乱暴狼藉の限りを尽くした芹沢鴨だったり、そして島原の芸妓だったりと、一味も二味も違った視点から捉えた描き方をしています。それだけに、表の新選組の顔と裏に隠された新選組の顔を知ることができ、いつも面白く読むことができます。今回の作品は、新選組局長の近藤が、百姓出身であるため剣は強いのに剣術指南役の夢を果たせなかったことが根底にあり、武士=芹沢鴨の暗殺を遂行することにより、新選組を侍の集団に生まれ変わらせようとするものです。そこに糸里たち女性を事件に巻き込んだことで、物語は百姓と武士の対立のほかに、生と死とは何かという問題提起を投げかけています。
新選組と縁が深い島原に、芸妓置屋「輪違屋」は現在でも存在します。そこに糸里はいました。また、桜木太夫は“維新の名花”と称された輪違屋の芸妓でしたが、糸里が桜木太夫になったかどうかは定かではないようです。新選組を芸妓を始めとする女性の視点から語った今回の作品は、生きていくうえで大切なことをこのように訴えています。物語の中で糸里は次のように言っています。邪魔者は消せという発想より、何よりも生命を尊ぶべきだと・・・。また、他人を不幸にしたのに、自分の本分を貫かないのは卑怯な行為であると・・・。自分の命を賭けて子どもを産む女性が口にするからこそ実感できる生命の尊さかも知れません。幕末の波乱の世に生きた人々の証しは、今の世にも通じるものがあるように感じました。是非、「壬生義士伝」と併せて読んでいただきたいものです。(07.4.5)
井上 靖 ・ 新潮文庫 ・ 評価★★★★
自ら謀殺した諏訪頼重の娘・由布姫を武田信玄の側室とし、子どもを生ませることによって諏訪一族との宥和を計る独眼の軍師・山本勘助。信玄の子を生みながらも、なお一族の敵として信玄の命をねらう由布姫。輝くばかりに気高い姫への思慕の念を胸にして川中島の激戦に散りゆく勘助の眼前に、風林火山の旗はなびき、上杉謙信との決戦の時が迫ります・・・。(初出:昭和30年12月新潮社より刊行)
2007年のNHK大河ドラマの「風林火山」の原作です。「風林火山」と言えば、戦国武将の武田信玄というイメージが強いのは私だけではないと思います。孫子の兵法の中の言葉を自分の軍旗に記し、その言葉どおりの強い戦いぶりを発揮したので、後の世にも語り継がれるようになりました。孫子の兵法書の一説に、「兵は詐(さ)をもって立ち、利をもって動き、分合(ぶんごう)をもって変をなす者なり。其の疾(はや)きことは風のごとく、其の徐(しず)かなることは林のごとく、侵掠(しんりゃく)することは火のごとく、動かざることは山のごとく、知りがたきことは陰のごとく、動くことは雷の震うがごとく、郷を掠(かす)むるには衆を分ち、地を廓(ひろ)むるには利を分ち、権をかけて動く、先(ま)ず迂直(うちょく)の計を知る者は勝つ、此れ軍争の法なり」とあり、其の中の言葉を戦の教訓にすべく軍旗に記した武田信玄の軍師・山本勘助の話です。
今テレビで放映されているものは、小説の中には登場してきません。浪人であった山本勘助は、ある出来事から武田晴信(のちの信玄)に仕える板垣信方の計らいで、武田家に仕官します。その当時の勘助は既に50歳に近く、身長は5尺(約150cm)たらず、色は黒く、眼はすがめ(片方の眼がつぶれている)で、しかも跛(ちんば・びっこをひく)であり、右の掌の中指を1本失っていました。異様な風貌の勘助でしたが、戦いの場においては晴信の信頼を受けるようになります。川中島の戦いで上杉謙信と刀を交え戦死をしてしまいますが、一風変わった御仁であったようで、人間・山本勘助を堪能しました。テレビで見ている限り本のイメージとは違いすぎると思いましたが、これから話が進むにつれてどんな風に展開していくか楽しみでもあります。
「風林火山」は武田信玄というイメージがあまりにも強いので、この題名から主人公はてっきり武田信玄かと思いましたが、本を読んでもなぜ「風林火山」なのかと疑問は残ってしまいました。山本勘助という名前は聞いたことがありましたが、武田信玄の軍師が山本勘助という人物と言うのも今回のことで知りました。井上靖さんの作品は始めて読ませていただきましたが、話の展開も読みやすさもとてもよかったと思いました。テレビ化されなければ出会いも無かった本でしたが、人間の出会いと同じで何が縁になるかわかりませんね。山本勘助や井上靖さんとの出会い、新鮮な感じで読み終えました。(07.2.19)
「レベル4」 子どもたちの街
アンドレアス・シュリューター/作 ・ 岩崎書店 ・ 評価★★★★
13歳のベンがコンピューターゲームで遊んでいたところ、コンピューター画面から「レベル4」のゲームが突然消えてしまいます。その瞬間、ベンのまわりから15歳以上の人たちが消えてしまいました。現実の世界がゲームなのか?ゲームの世界が現実なのか?ゲームと同じように子どもたちが協力して様々な問題を解決し、レベル4をクリアしないとゲームは終了しません。子どもたちの冒険の旅が始まります。
この物語の作家アンドレアス・シュリューターは、ドイツのハンブルクに住んでいる方で、この作品が始めて日本に紹介された作品です。現在、この作品に登場するベン、フランク、ジェニファー、ミリアムの4人の仲間が活躍するシリーズは、すでに11冊目まで出版されていて、ベンたちは毎回タイムスリップや宇宙旅行などのハラハラ・ドキドキの冒険をしているようです。日本でも「レベル4−2」−再び子どもたちの街へ-という続編が、2007年2月21日に発売されるようです。無事にゲームの世界から現実の世界に戻ってきて、冒険は終わったはずでした。でも、再び大人が消え子どもまでコンピュータゲームにプログラムされ・・・と、ベンたちは再び冒険の旅に出かけていきます。果たして、元の世界に戻れるのでしょうか。第2弾の内容を見ると、今度は一体どんな冒険なのかと楽しみが広がります。
この作品は、小学校高学年からの読み物ですが、今どきの子どもの物語らしくコンピュータゲームがメインで話は展開していきます。13歳の主人公ベンは、とても欲しかった新しいゲームソフトを自分の新品のジャージと、友人のフランクから交換してもらいます。家に帰り、やっと手に入れたコンピュータゲームで遊び始めたとたん、街から大人の姿が消えてしまいました。子どもたちだけで生活をすることになり、最初は好き勝手なことばかりして大変でしたが、お互いにそれまで知らなかった力を発揮しあって、楽しく暮らし始めます。ところが、突然水道の水が出なくなってしまい、街の支配をめぐる戦いが始まるのです。子どもたちは知恵と勇気を出し合い、協力しながら暴力に対して立ち向かうのです。
レベル4に達したとき、市長の部屋にあったコンピュータを発見します。そこには、大人たちの街というゲームがありました。パスワードは、「決定」。パスワードを想像するとき、子どもが大人に対してどんなイメージを持っているかがわかり、面白いと感じると同時に、自分の小さい頃も同じようだったと思いました。二つのコンピュータゲームをインストールしたとき、ベンたちは元の世界に戻りましたが、少し無理があるのではと思ってしまいました。初期化するということは、一番最初に戻ること・・・と描かれていますが、それまでの時間の経過は一体なんだったのか、と大人の目線で物事を真剣に考えてしまいました。きっと子どもたちなら、コンピュータゲームとはこんなものと、割り切ってしまうことでしょう。大人の頭って固いなあ、想像性がないなあと感じた瞬間でしたが、物語はとても面白く読むことができました。(07.2.10)
富安 陽子(絵・大庭賢哉) ・ 偕成社 ・ 評価★★★★
信田家の子どもたち、ユイ、タクミ、モエには重大な秘密があります。それは、三人のママがじつはキツネだということ。人間のパパの両親にさえ、そのことは知らされていませんでした。それなのに、突然、パパ方のおばあちゃんがユイたちのマンションに来ることになりました。しかも、おばあちゃんから送られてきた古い鏡台が届いてから、信田家にはあやしいできごとが次々におこるのでした。キツネの親戚たちは、やってきては面倒をおこします。いっぽう、鏡の謎は深まっていくばかり・・・です。
今回の作品は、パパのふるさとから届いた古い鏡台が災いを持ってきました。その鏡が届いてからというもの、信田家では怪しい出来事ばかり起きます。何故鏡が送られてきたのか。鏡は何を意味するのか。そんな鏡の謎を解くカギは、パパの小さなころの出来事に隠されていました。パパのふるさとに伝わる河童伝説と、パパの大切な「ファーブル昆虫記」が、鏡の中にある秘密に重大な意味を持っていたのです。「シノダ!」シリーズの第3弾です。
信田家の話も3作目となりましたが、今まではママの親戚の狐たちは出てきましたが、パパのほうの親戚は出てきていませんでした。息子の結婚相手の正体が狐だと知っているのでしょうか。設定では、パパのお父さんとお母さんは、古い門前町で静かに暮らしています。そして、やはりママの正体は知らないみたいです。でも、門前町に住むパパのお母さんも一筋縄では行かない人物、そう只者ではありません。もしかしたら、本当は知っていて知らないふりをしているのでは・・・と、今回の話を読んで思ってしまいました。でも、かわいい自分の子どものため、そんなことは口には出しません。とても賢いお母さんみたいです。
今回はいつもは控えめなパパが主人公です。ユイ、タクミ、モエの三兄弟が狐一族から受け継いだ、風の耳、時の目、魂よせの口もあまり活躍をしませんでした。今までの2作品から見ると、少し違ったように見える描き方ですが、鏡の中に隠された秘密を解き明かす過程は、話に引き込まれるような展開で、十分楽しめました。信田家の家族は、いつも明るく元気な一家で、非現実的な話の内容ながら不思議な雰囲気を持つお話です。是非1巻目から読んでみてください。(07.2.10)
「ほたる」 〜慶次郎縁側日記〜
北原 亞以子 ・ 新潮社 ・ 評価★★★
「深追いすれば火傷する。でも、消せない面影と未練がある。そいつは理に合わねえだと? そんなことは言われなくても、わかってらあ。しかし、男女の仲も、世間さまも、理とやらで動いちゃいねえ。今度のこればかりは、どうにもこうにも抑えられねえ」。“蝮”の異名をとる非情の吉次にも宿る妄執と恋心。隠居した元南町奉行所同心の森口慶次郎とその家族・友人たちの事件簿です。表題「ほたる」ほか7編を収録した慶次郎縁側日記シリーズ第10弾です。 (初出:「みんな偽物」小説新潮2004年12月号・「惑い」小説新潮2005年1月号・「長い道」小説新潮2005年2月号・「水の月」小説新潮2005年3月号・「付け火」小説新潮2005年4月号・「春の風吹く」小説新潮2005年5月号・「五月雨るる」小説新潮2005年6月号・「ほたる」小説新潮2005年7月号)
北原さんのこのシリーズは、 NHKテレビで放映されているのを見て、一度読んでみようかな・・・と軽い気持ちで手に取りました。なかなか馴染みのない方の本を読もうとは思わないのですが、TVのストーリーが面白いので興味を持ちました。作品の傾向としては、とっても悲しいところから 物語が始まります。主人公の森口慶次郎がなぜ「仏」と呼ばれているのか、人の痛みや悲しみを 自分のものとして受け入れて、思いやり、一緒に悩み、そして癒してくれる人間性からかと思いました。作品自体は、主人公の慶次郎などはあまり登場しません。淡々と毎話毎話、訳ありの人や過ちを犯した人が登場し物語が展開していきます。そして気がついたことですが、この作品では結末が描かれていません。読者の想像に任せているのか、どうも好き嫌いが分かれるところです。
同じ江戸時代の捕物帳を描いている平岩さんの本を愛読している身としては、時代背景や江戸の情緒に欠ける描き方だと思いました。登場する人物も生き生きと描かれていません。印象に残りませんし、流れがはっきりわからないところが多々ありました。きっと字面しか追っていなく、小説の世界に入りきれなかったからかも知れません。テレビの脚本が良いせいか、原作を読んでみたいと思わせるところがありますが、少々がっかりしました。がっかりしたといえば、この本を読む前に西村京太郎の「華の棺」を読みました。山村美紗のことを描いた作品でしたが、最後まで読む気にはなれないものでした。どこが・・・というより、内容自体に入り込めなかったのです。西村京太郎の書いた本を読みたいと思って手に取ったのですが、最近はミステリーも全然魅力を感じません。今回のように哀悼の意をこめて書いた本にしては、自画自賛的な本で読むに耐えられないものでした。読みなれた作家の方々の本しか安心して手に取ることができないというのは、良いことなのか悪いことなのか・・・。(06.12.25)
「崩れる日なにおもう」 ―病葉流れてV―
白川 道 ・ 小学館 ・ 評価★★★★
国立大学を卒業して大阪に就職した主人公・梨田。大学に在学中も勉強することよりもギャンブルと女に明け暮れ、エリートコースの就職さえも興味を示さずに流れ着いた大阪で梨田は、またも人生の大博打を打ちます。マージャンによる借金のかたに、堅気の勤め先を辞め、相場の裏社会に身を落としていくのです。そこで梨田は伸るか反るか、気の遠くなるような大金と男の義侠心を賭けた最後の大勝負にでます。自分の意思で毀していく自分の人生の中で、何を思い、何を祈るのか。自伝的ギャンブルハードボイルドです。(この小説は「週刊ポスト」に連載された「病葉流れて」を大幅加筆したものです。)
「崩れる日なにおもう」は、梨田が大学を卒業し社会人1年目の話です。大阪に就職し、着いたその日からマージャン賭博に身を委ねます。シリーズの根底に流れている博打という題材そのものを継承していますが、今回は相場の話がメインとなっています。堅気の務めができない梨田でしたが、相場では裏の世界を実体験し、その会社のあくどいやり方に正義感を燃やします。運を味方にした梨田でしたが、裏社会は甘いものではありませんでした。最後報復にあいますが、「あとは、おまえの運しだいやな」という言葉で終わっている今回の物語は、その後梨田はどうなってしまったのか・・・という大きな興味を持たせたまま完結しています。話の流れからすると「運」はあるように思えるので、きっとまたどこかで梨田に会えるような気がするのですが、次の作品が楽しみな終わり方でした。
この本を読むのには、少々のマージャン知識が必要かと思います。単に小説として読むには、マージャンがネックになっています。相場の話は裏の社会はきっとそんなものだろうと思わせるような話の展開で、梨田の思い通りの展開でトントンと進んでいきますが、やはり裏社会につきものの暴力行為が最後は勝つのかなって感じました。それでも、話の内容は面白く、崩れていく主人公を見てても、決して汚いとか落ちこぼれとか思わせない白川さんの話の展開は流石だと思いました。(06.12.2)
浅田 次郎 ・ 光文社 ・ 評価★★★
人を想い、過去を引きずり、日々を暮らす。そんな当たり前の日常を不器用だけど生きていく姿が、そこにありました。これで最後、恋人と別れるつもりで出掛けた海辺の旅館で起こった出来事は、ほろ苦い青春の1ページを飾るにはあまりにも切なく、そして不思議なものでした。まるで奇跡でも見ているかのような一場面、夢心地で去った場所から再スタートした人生は、幸福なものだったのだろうか。表題作「月下の恋人」(初出:小説宝石2004年1月号)の他に、昭和を舞台にアパートの隣の部屋に住む駄目ヤクザを描いた「風蕭蕭」(初出:小説宝石2005年9月号)、「情夜」(初出:小説宝石2001年9月号)、「告白」(初出:小説宝石2003年3月号)、「適当なアルバイト」(初出:小説宝石2005年9月号)、「忘れじの宿」(初出:小説宝石2003年8月号)、「黒い森」(初出:小説宝石2002年7月号)、「回転扉」(初出:小説宝石2005年12月号)、「同じ棲」(初出:小説宝石2006年6号)、「あなたに会いたい」(初出:小説宝石2006年9月号)、「冬の旅」(初出:小説宝石2004年11月号)など11の短編を収録しています。浅田さんが5年の歳月をかけて書き綴った物語は、深い余韻と切なさを残してくれる物語となりました。
11編中、物語の内容が理解できたのはほとんどありませんでした。難しいというか、浅田さんは一体何を語りたかったのだろうか・・・という思いが最後まで残りました。確かに物語の中に潜む人を思う心、物語の中に漂っている余韻はありました。でも、描かれている主人公が何を考え、何をしたかったのか、結局のところ摩訶不思議な出来事の結末はどうなったのか、頭の中は謎、疑問のオンパレードでした。勝手に想像するのは簡単ですが、浅田さんが言わんとすることを正しく理解できない状態で想像することは、浅田さんが望んでいる結末と大きく違ってくると思いました。それでもよしとするのなら、もう何も語ることはありません。読まれた方々の数だけの結論が出てくるかと思います。是非一読してみてください。一言付け加えるのなら、「告白」だけは唯一共感を受けた作品でした。素直になれない友人を、後押しする同級生。不器用なほど朴訥した義理の父に対する娘としての感情の描き方は、浅田さんならではの優しさ溢れるものとなっています。
心をほぐす物語・・・と帯紙に書いてありましたが、今回は心をほぐされることはなく、自分の読解力に疑問を生む結果となってしまいました。前作「あやしうらめしあなかなし」もそうでしたが、短編は難しいものがあります。短い文章でその物語の全てを描かなければなりませんから、どうしてももっと説明が欲しいと思ってもそこの中から読み解かなければならない部分も出てきます。できたら、爽快な読後感を感じて読み終えたかったなあと思いました。浅田さんの文章は好きなのですが、描かれている背景や物語の主人公の心の中は入り込めないこともあります。ちょっと距離を感じた作品でした。(06.11.2)
「狼花」 新宿鮫\
大沢 在昌 ・ 光文社 ・ 評価★★★★
大事件の発端は、新宿中央公園でのナイジェリア人同士の些細な喧嘩でした。この事件から浮かび上がってくる事実は、地獄を覗かされ、日本を捨てた国際犯罪者・仙田の過去。そして、外国人犯罪を撲滅するために限界を超えようとするエリート警官・香田の謎の行動。どん底からすべてを手に入れようとする不法滞在の中国人女性・明蘭の存在。自ら退路を断ち突き進む男女の思惑と野望が一気に発火点に到達した時、孤高の刑事・鮫島が選ばざるを得ない「究極の決断」とは・・・。理想と現実、信念と絶望、個人と社会、正義と意味、そしてこの国のありようが問われる新宿鮫シリーズ最新作です。(初出:「小説宝石」2005年1月号から2006年9月号の連載に加筆・訂正)
新宿鮫シリーズ九作目は、前作より5年半の時間が経過してしまいました。 この5年間で鮫島さんも変わったものです。キャリア警察官でありながら、新宿署生活安全課で警部の身分のまま一匹狼として犯罪に立ち向かっていたのが、今回の作品では直属の上司であり鮫島の数少ない理解者である桃井課長に、ことあるごとに相談・報告しています。今までの鮫島の行動からはあまり考えられないことでした。少しは大人になったということでしょうか・・・。そんな鮫島の前に現われたのは、仙田(ロベルト・村上)でした。仙田は、「氷舞」から登場し「風化水脈」にも登場していますが、今回の作品でも重要な鍵を持って事件に関わってきます。また、今回の作品で重要な鍵を握っているのが、鮫島の同期でライバルの香田警視正です。香田の家族に起きた事件をきっかけに、外国人犯罪に対して異常なまでに執念を注ぐようになります。一体香田に何が起きたのかということは、作品の中では何も語られず、最後もその身がどうなったのかにも触れられてはいません。そういう意味で、新宿鮫シリーズ]が楽しみといえば楽しみですが、後味の悪い物語の展開で終わっているのも確かです。
最初に新宿鮫シリーズを手に取ったときは、物語の展開、人物設定に新鮮なものを感じましたが、最近の作品は鮫島自体は今でも単独行動を余儀なくされていますが、時間の経過と共に理解者も出来、一人で悩むこともなく一匹狼という悲壮感を深く感じることもなくなりました。無難なハードボイルドに仕上がっているとは思いますが、事件背景の複雑さに比べて、主人公である鮫島が活躍する機会が少なく鮫島の個性が活かしきれないままストーリーが終わってしまっているような気がしました。以前ならこんな思いを感じたことはなかったのですが、最近の大沢さんの作品を読むと何かが違うと思う自分がいます。今回の作品でも鮫島を描くということはそのまわりの人間を描くこと・・・と大沢さんは言っていますが、新宿鮫は鮫島がいてこそ成り立っている物語だということをもう少し考えて欲しいと思いました。(06.10.21)
富安 陽子(絵・大庭賢哉) ・ 偕成社 ・ 評価★★★★
人間のパパとキツネのママが恋におち、結婚して、そして生まれた三人の子どもたち、ユイ(結)、タクミ(巧)、モエ(萌)には、キツネ一族からおくられた不思議な能力がありました。お母さんのお兄さんで、厄介者の夜叉丸おじさんの持ってきた厄に巻き込まれて、三人の兄弟は古い箪笥の引き出しから不思議な世界へと引きずりこまれてしまいます。それぞれが持つ不思議な能力、“風の耳”“時の目”“魂よせの口”をもつ信田家の兄弟が、時空をこえて呼び寄せられたのは、金色のドングリが実る山でした。しかも、その山の人々は、なぜか石に姿を変えられていたのでした。せまりくる災いを前に、キツネの血を引く子どもたちの運命は・・・。
この本は、「シノダ!」の第二弾です。一巻目は「シノダ!チビ竜と魔法の実」という作品です。ユイの家族には、誰にも知られてはならない重大な秘密があるのです。それは、ママの正体がキツネだということです。植物学者のパパとキツネのママ。そして、キツネの血をひく三人の子どもたち。そんな秘密を抱えた信田家に、小さな竜が迷い込んできて始まる第一巻。それに続く二巻目が今回の作品です。ママのお兄さん、夜叉丸おじさんが持ち込んだ厄、それは時空を超えて異界へと導くものでした。子どもたちには半分、異類のものの血が流れているで、子どもたちは冒険を望んでいなくても引き込まれてしまうのです。子どもたちに受け継がれた狐一族の能力は、異界と呼び合い、ときには強引に、子どもたちを向こう側の世界へと巻き込んでいきます。人物の設定や物語の展開が、とても楽しい作品です。
この作品は、「信田妻」と言う物語が元になっているそうです。一匹の雌キツネが人間の男の妻となって子どもを設けますが、やがて正体を知られ、家族の下を去っていくという物語です。大阪の阿倍野を舞台にしたこの物語は、歌舞伎や文楽などにも取り上げられてきました。一説によれば、このときキツネと人間の間に生まれた子どもが、のちに安倍晴明という陰陽師になったといわれています。映画「陰陽師」の安倍晴明役を、狂言師・野村萬斎が演じていましたが、今になって「なるほど!」と妙に納得してしまいました。野村萬斎ファンの方々には失礼かもしれませんが、「信田妻」の話を聞いてしまうと、野村萬斎に安倍晴明役はぴったりという感じがします。雰囲気も嵌っていますし、もしこの本「シノダ!」が映画化される際は、ぜひとも夜叉丸おじさん役を演じていただきたいと思いました。
児童書ですが、信田家の三人の子どもたちの冒険の話は、大人でも十分に楽しめるお話です。(06.9.10)
柏葉 幸子(絵・竹川功三郎) ・ 講談社 ・ 評価★★★★
小学六年生の上杉リナは、夏休みに一人旅で自分の家の家がある静岡から東京と仙台でのりかえ、お父さんの知り合いがいるという「霧の谷」を訪ねていく話です。駅を降りて交番で聞いてみたら、誰も「霧の谷」なんて知らないといいます。もしかしたら、銀山村かも知れないということで、交番のおまわりさんはとりあえず地図を書いてくれました。近くを通りかかったトラクターで途中まで送ってもらい、森の中に入っていくと風が吹いてきてリナの赤と白の水玉模様の傘を飛ばされてしまいます。それを追いかけていくと白い霧が流れてきて、霧が晴れたと思ったらいつの間にか地面は石畳に変わり、まるで外国のような町にリナはいました。リナは夏休みをこの町で過ごす間、不思議な出来事や事件が次々に起こっていきますが・・・。(1974年、「気ちがい通りのリナ」として出版されましたが、翌年「霧のむこうのふしぎな町」と改題して刊行されました。)
この作品を書いた柏葉さんは、岩手県生まれで、東北薬科大学を卒業しました。その縁でなのか、この「霧のむこうの・・・」にも、仙台という地名が登場します。親しみを持って読みましたが、もう一つ、きっとこの話を読んだ方はどこかで似たような話を聞いたことがあると思われることでしょう。人物設定や背景はだいぶ異なりましたが、「トンネルのむこうは、不思議な町でした」という予告で映画になった「千と千尋の神隠し」がそうなのです。もともとは、この本を映画化しようとしたものだそうです。本と映画では、内容的に本当に異なっているとは思うのですが、所々にあれ?と思わせられる箇所もあります。リナが見た生垣の場面描写は、千と千尋にも使われています。
それにしても「霧の谷」はヘンテコな町でした。四季の花々が咲き乱れ、いくら食べても太らないお菓子屋さんがあって(食べても太らないのですが、食べ過ぎると虫歯にはなるみたいです)、この世界にはいない子鬼や小人にも会えます。せっかちな本屋のナータによると、この「霧の谷」に住んでいるのは魔法使いの子孫で、「この町が本当に必要な人は、この町にくることができる」のだそうです。もしかしたら、いつかこの町を歩いている自分がいるかも知れない・・・そんな気にさせるファンタジー溢れる作品でした。
児童書は、なかなか手に取ることはないのですが、たまたま読む機会がありました。そして、この本が大好きなジブリ作品の原作となったという話を聞いて、興味を持って読み始めました。話の内容は全くといっていいほどの違いはありましたが、宮崎さんが興味を引かれた理由もわかったように思います。話の展開、そして意外性で、大人でも面白く読めます。たまには童心に帰るのも良いかもしれません。(06.9.6)
浅田 次郎 ・ 双葉社 ・ 評価★★★★
日本特有の神秘的で幻妖な世界で、生きる者と死んだ者が邂逅するときに、静かに起こる優しい奇蹟がこの小説にありました。此岸と彼岸を彷徨うものたちの哀しみと幸いを描いた、読むほどにじんわりと・・・ほろりと・・・心が満たされ、忘れかけていた懐かしい記憶が蘇ります。文学の極意は怪談にありという言葉を、見事に描いた7つの優霊物語、ここに始まります。(初出:「赤い絆」小説推理05年8月号/「虫篝」小説推理02年11月号/「骨の来歴」小説推理04年8月号/「昔の男」小説推理03年12月号/「客人」小説推理05年11月号/「遠別離」小説推理06年4月号/「お狐様の話」小説推理06年6月号)
夏の夜に読む怪談話。怖ろしい物語なのですが、浅田さんの心優しい文体が物語の世界に誘ってくれます。この本を読んで、やさしい気持ちと懐かしい気持ちを感じました。そして、本当に怖いのは死んだ者ではなく、今を生きている者なのではないか・・・と思いました。何の感情も無く人を殺めることができる怖ろしい心を持った人のほうが、幽霊などより怖い存在になっていると感じました。
「赤い絆」と「お狐様の話」は、子供たちの寝物語に語って聞かせた怖い話です。由緒ある神社で起こった無理心中した男女の話と、神をも恐れぬ狐にとり憑かれた女の子の怪異譚です。語り手の伯母さんのひどく間延びした悠長な語り口が想像力をかきたてると書いてありましたので、ためしにゆっくりと語り調子で読んでみてはいかがでしょうか。「虫篝」は、そんなことが・・・と思われる内容です。自分とまったく同じ人間が同じ空間の中にいるのです。ただし環境がまったく異なる立場で、魂を入れ替えて生きる者と死ぬ者とに人生が分かれてしまう、なんとも形容のしがたい話でした。実際あったら怖い・・・と本気で思わされる話でした。「骨の来歴」は、親の反対で恋人と別れさせられ、自殺を図った恋人の骨に纏わる話です。その他3編もそれぞれが趣向を凝らした内容で、オドロオドロした怪談話とは違い、さり気なくふっと感じさせられる怖さを、この夏味わいました。こんな表現の仕方もあるのか・・・と思わせられる浅田さんの一冊です。(06.8.25)
「ハリー・ポッターと謎のプリンス」 上・下巻
J.K.ローリング=作 ・ 松岡佑子=訳 ・ 静山社 ・ 評価★★★★★
名前を言ってはいけないあの人・ヴォルデモートの復活のせいで、夏だというのに国中に冷たい霧が立ち込めていました。そんな中、ハリーのもとに、ダーズリーの家にダンブルドアがやって来るというふくろう便が届きます。一体何のためにやってくるのか・・・そして、やってきたダンブルドアの右手に異変を見つけるハリーでした。17年前の予言「一方が生きる限り、他方は生きられぬ」は、ハリーとヴォルデモートとの対決を避けられないものにしました。過酷な運命に立ち向かう16歳のハリーに、ダンブルドアの個人教授が始まります。(上巻)
新しい「闇の魔術に対する防衛術」の先生は、思いもかけない人物でした。一方ハリーは、突然「魔法薬」の才能を発揮します。授業はますます難しくなりますが、ホグワーツの6年生は青春の真っ只中でした。ハリーには新しい恋人が現われ、ロンとハーマイオニーは仲たがいをします。しかし、ドラコ・マルフォイだけは不可解な行動をとります。そんな中、ダンブルドアの個人授業は、「憂いの篩」でハリーを過去へと導くものでした。一体ハリーに何を教えようとしたのか。最後に起こる衝撃のどんでん返し。そして、悲しい別れ。物語は謎を残したまま第7巻の最終章へともつれ込みます。(下巻)
今回の作品では、「選ばれし者」の予言を受けて立つハリーを、二人の親友、ロンとハーマイオニーが支え、ロンの妹・ジニーがハリーの心を捉えます。また人生が変わるほどの災難にあったロンの兄ビルとフラー、トンクスとルーピンなど「愛」がいかに強いものであるかを、ダンブルドアはハリーに理解させようとします。唯一それだけがヴォルデモートとの違いでもあり、大きな武器になると考えていたからです。大人になったハリーたちの物語は、大人が読んでも違和感を感じさせないものになっています。6巻になってハリーは旅立ちのときを迎えます。シリウスを失ったのは独り立ちの序章でした。1歳で両親を失い、15歳で名付け親のシリウスを失い、16歳になったいま、ハリーはかけがいのない人を失います。倒すべきはただ一人なのですが、ハリーが失うものも大きいものみたいです。
発売からだいぶ経ってしまいましたが、やっと手に取ったハリーの第6巻。読むほどに物語の中に引きずり込まれ、あっという間に物語りは最終章まできてしまいました。読み出しから意外な展開で、謎のプリンスとは一体誰だったのか(本人は自ら名乗りましたが)、マルフォイの今回の役割とは・・・など、いろんな疑問を残したまま第7巻へと続くようです。ダンブルドアの個人授業では、ヴォルデモートの過去を「憂いの篩」で見てきました。戦いに勝つには相手を知る必要があるというダンブルドアの考えでしたが、第6巻ではヴォルデモートが過去の記憶でしか登場しなかったというのも不吉(?)な感じでした。今まで不死鳥の騎士団と思っていた人が、実は・・・・と思われる件では、やはりそうだったのかと納得する反面、そうではなく本当はスパイ的な仕事をしているのだろうと自分に言い聞かせてしまいました。それだけ予想外の展開の連続で、息をつく暇もないほどでした。そして、物凄く暗く悲しい結末で終わっています。6巻を読み終え、第7巻では何が待っているのか・・・という期待と、もうすぐ終わってしまうハリーの世界と別れたくないという複雑な心境の中にいます。
「謎のプリンス」は、原作ではthe Haif−Blood Prince「半純血のプリンス」となっています。今回の作品「謎のプリンス」が残した謎は多かったようです。第7巻で何が起き誰が死ぬのだろうか、ハリーは本当に一人でヴォルデモートの戦いに旅立つのだろうか、ハリーは生き残れるのだろうか、スネイプは果たしてどちらの味方なのだろうか、「R・A・B」とは誰のことなのか、そしてダンブルドアは本当に死んだのだろうか。第7巻が全てのことに答えてくれるとは思うのだうが、それまでは息詰まる日々になるかも知れません。(06.8.2)
大沢 在昌 ・ 文藝春秋 ・ 評価★★★
東京で裏稼業のコンサルタントをしている〈冬子〉は、男の仕事の能力を見抜く「目」を持っています。その能力は彼女の暗い過去―彼女は娼婦として何千人もの男を相手にしてきた―から得たものでした。九州のある県の小島。そこは地獄島と呼ばれ、女たちが男に体を売る所です。彼女は両親の死後その島に売られ、まさに地獄のような生活をおくりますが、ある男の手引きで逃亡に成功し、今日まで来たのです。しかし彼女を追う地獄島の恐怖の「番人」が・・・。裏切りと騙し合いの中で展開する、スリリングなハードボイルドです。(初出:「オール讀物」1998年12月号・1999年12月号・2000年11月号・2001年6月号・2002年1月号・2003年1月号・2004年2月号・2004年7月号・2005年2月号・2005年8月号)
今回の作品の 主人公は女性です。最近の大沢さんの作品にしては、連載の短編集のような構成のおかげで、とても読みやすいものとなっていると思います。主人公の水沢(冬子)の過去 が、読み進めるうちに少しずつ明らかになっていく過程は、読み手を厭きさせません。また、最初は「島」とだけ書かれていた主人公が過去にいた場所も、話が進行していく中で徐々に所在地も わかってきます。どちらかというと、女性が主人公のハードボイルドは迫力に欠け、女々しさもあり、読後感がすっきりしないのが欠点です。この作品も、女性と言うことを武器にしていることが多々見受けられますが、それはそれで違った観点から見れば面白い発想なのかも知れません。ストーリー は、登場人物の個性もそれぞれはっきりしていて、最近の大沢さんの作品にしては面白く読ませてもらった作品でした。
「新宿鮫」のような作品から、最近はだいぶ路線が違ってきたような気がする大沢さんの作品ですが、できたら以前のような思いっきりハードボイルドしている男性的な作品を期待したいです。人それぞれ好みがありこのような作品も好き・・・と言う人はいるとは思いますが、やはり女性にハードボイルドは合いません。絶対そんな女性はいないよと思ってしまうほど格好はよいのですが、反対にやはり女性なんだよな・・・と思ってしまう冷めた目で見てしまう自分がいます。小説の世界に入り込めない作品は、うわべだけで終わってしまって、心には残らないものです。格好いいだけで終わらない人間性も兼ね備えて主人公は生きるのでは・・・と思ってしまい、この作品が果たしてそうなのかと考えた場合、単なるハードボイルド作品ではなく、娯楽性のほうが強い作品なのではと思いました。大沢さんの作品が変わってきていると感じた一冊でした。(06.6.3)
白川 道 ・ 幻冬舎 ・ 評価★★★★
男鹿半島で暮らす漁師の高田剛一は、息子・健一との間に、長年の確執によって生じた親子のわだかまりを抱えていました。その健一がガンに冒されたことを知った高田は、民俗学者である健一に代わり、仮面劇「単騎、千里を走る。」をビデオに収めるため、中国の奥地・雲南省麗江を訪れます。その旅は彼にとって、親子の埋めることのできない心の溝を埋めるための旅でもありました。言葉のわからない地で次々と降りかかる難題。しかし、彼の一途な想いが、周囲の人々の心を動かしていきます。そして高田自身も、多くの素朴な心情に触れ、人が生来持っている優しさや、自分が過去に見失ってしまった家族の意味を、少しずつ取り戻していくのでした。(この作品は、映画「単騎、千里を走る。」をもとに創作を加え、小説化したものです。)
主人公・高田剛一は人付き合いが苦手で、会社でも研究に没頭してばかりいた弾痕の世代の不器用な男です。結婚してからも仕事一筋で家庭も顧みなかった高田は、家族にさえ心を開かなかった後悔の念が残りました。その結果、妻をガンで亡くしてからというもの、息子・健一との深い溝は広がるばかりでした。その健一もガンに冒されて余命幾ばくもないと宣告され、そのとき初めて高田は息子のために行動を起こします。仮面劇「単騎、千里を走る。」のビデオ撮影のため中国へと旅立ちました。幾多の困難を乗り越え、目的を達成する前に健一は逝ってしまいますが、高田の心にも健一の心にも親子の絆が甦った想いを感じました。
「単騎、千里を走る。」は、「三国志」の時代、蜀の劉備のもとで関羽、張飛と後世「桃園の誓い」と呼ばれる固い約束を以って、義兄弟の契りを結びます。あるとき関羽は、義兄である劉備の妻と子供と共に、魏の王、曹操に囚われの身となってしまいます。曹操は、武将の誉高い関羽が自分の部下になることを切望します。しかし、関羽は、劉備との固い約束を守り、曹操の申し出を拒絶します。そして、劉備の妻と子供を連れて、荒野のなかを馬を駆って劉備のもとに逃走するというエピソードを仮面劇にしたものです。この物語に人々が心を打たれたのは、関羽の「義」を守った生き方に共鳴したからだといわれてします。息子のために遠い中国に渡り、多々の難題に立ち向かい息子の願いを叶えてやる姿に、関羽の姿がオーバーラップして中国の人々の心を動かした高田でしたが、息子も亡くなる前に高田に言葉を残していました。健一が仮面劇に惹かれたのは、仮面の下に隠れた素顔に自分自身を見つけ出したから・・・・。本当は、親子でありながらお互い仮面を被って、素顔を隠してきたことが親子の絆までを奪い取ってしまったと言い残しています。言いようのない寂しさと虚しさを感じる高田でしたが、そのことを知ったとき、全ての終わりが待っていました。
寡黙な男・・・というイメージでは、映画の主人公・高倉健さんはぴったりの配役だと思いました。本を読んでいても、どうしてもイメージが頭から離れずに高田剛一=高倉健という感じで読んでいましたが、男の心の葛藤とか哀愁みたいなものを感じさせる作品でした。映画ではどのように描かれているのか興味はありますが、本を読んだイメージを大切にしたいとも思っています。「まごころが世界を変える」・・・・親子の心のあり方、知らない土地で知らない人との心の触れ合い、全てに共通して訴えている作品だと思います。(2006.2.15)
白川 道 ・ 新潮社 ・ 評価★★★★
主人公・岡部武は 「関東将星会」の幹部です。幼なじみの小野真澄を自分の不注意で死なせ、育った町を離れてすぐにやくざの道に入ってしまいました。それ以前に、岡部が高校生のとき、父親の経営していた工場が倒産し、父親が出稼ぎに行った苫小牧で心中事件を起こしたことが、自分の責任のように心の底で重くのしかかっていました。ロクなことをしてこなかったという岡部の人生で、心のしこりとして残った二つの出来事をそのまま引きずって生きてきましたが、ある日盲目の「かほる」と出会ったことから、岡部の生き様が変わります。それまでは、情熱など失っていた人生でしたが、岡部は愛の始発駅に降り立ったように生を取り戻します。平凡な暮らしを取り戻すべく、闇の生活から解き放たれる日を心待ちにしていたある日、思いがけない事件が岡部に起きてしまいました。「君にもう一度、この星空を見せたい」という願いだけに、岡部は命を張るのです。(初出:「波」2002年6月号から、2004年8月号に掲載された作品に加筆修正を行い、書き下ろしをくわえたものです)
今回の作品の舞台となっているのは、白川さん自身が育った湘南の町です。白川さんは、1945年に北京で生まれ湘南で育ちました。一番最初の作品は、1994年の「流星たちの宴」(新潮社刊行)ですが、これまで12〜3作品くらいしかないかも知れません。白川さんは最近は作品を結構発表していますが、それ以前は2年に一作品というペースでしか書いていませんでした。ハードボイルドの作品では、北方謙三さんについで好きな作家ですが、男の生き方を語らせたら右に出るものはいない北方さんの作品と比べると、物とか形には拘らず心の中を描いている作家です。しかし、やくざの闘争場面などではピストルや刃物など血生臭い場面も多く、好き嫌いがはっきり出るかも知れません。文章は読み応えがあり、物語の展開も厭きさせないテンポで進んでいきますので、小説の世界に入り込んでしまえば一気に読める本だと思います。
自分の生きる意義を見出したとたん、「終着駅」に辿り着いてしまった主人公でしたが、その意義を見出したことに意味がある・・という内容の小説だったと思います。何気なく生きている今の生活にどっぷりと浸かり、このままでいいのかと思いながらも平凡な暮らしに胡坐をかいて生きていることに、「少しは目的を持ったら?!」と言われているような思いでした。また、人間を外見や職業で判断するのではなく、中身をよく見なさいと教えてくれるような作品でした。盲目のかおるの澄んだ心を通して巧みに表現している白川さんの作品でした。(06.1.2 0)
堂本 剛 ・ 集英社 ・ 評価★★★
ご存知、キンキ・キッズの堂本剛くんのエッセイです。今回の本は、「MYOJO」1999年2月号から2005年3月号までに掲載された「ぼくの靴音」に加筆・訂正をしたものです。
今回の作品は、ジャニーズのアイドルとしてのキンキ・キッズ堂本剛ではなく、19歳から25歳までの普通の男の子・堂本剛が描かれています。毎日の出来事、日常で感じたこと、仕事での悩み、人生観などなど、普段TVの画面からは見ることの出来ない年相応の剛くんを感じることができました。最初のほう(19歳当時) は、自分について書いていることが多かったのですが、だんだんエッセイが進むにつれて、自分のことから自分の環境(愛犬ケンシロウのことなど・・・)や音楽のこと、後半は人生観とだんだん大人へと成長していく姿が描かれていて、堂本剛の6年を読ませていただきました。
誰しもが思うこと、悩むことを素直に言葉にしていると共感を持ちましたが、いまどきの若者が考えていることとは少々ニュアンスが違うなあ・・と感じました。自分の置かれている立場を良くも悪くも理解して、そこにおきる葛藤や迷いなどが最後のほうでは色濃く表れていると感じました。よく言われるタレント本とはちょっと違う感じがしましたが、かと言って読み手はアイドルの剛くんのイメージを捨てきれないで読んでしまいます。でも、読んでみてそこに書かれているのは堂本剛そのものでした。
帯紙に「19歳ー25歳 6年にわたり、笑って、泣いて、本音を綴った、熱きエッセイ集」とありました。また、「・・・ただ、自分で在れば良い」という剛くんの言葉は、背伸びをせずにそのとき、そのときを自分なりに一生懸命に生きるというメッセージが隠されているように感じられました。「ぼくの靴音」・・・・6年間の剛くんの生の言葉を聞かせてもらったような思いです。(06.1.3)
大沢 在昌 ・ 講談社 ・ 評価★★★★
東京・六本木の工事現場から白骨死体が発見されました。通称モーリス、「サムソナイト・モーリス」と呼ばれていた武器商人でした。7年前、大きな取引を前にして姿を消したとされていましたが、真相は闇の中に消えてしまっています。最後の取引は核爆弾、その恐怖の品物を目当てに、危ないテロ集団や欲に目のくらんだ悪者がやってきました。「サイキ インヴェスティゲイション」は、内閣調査室副室長・島津の依頼により、危険な調査に乗り出します。高校生探偵冴木隆(リュウ)と不良中年オヤジ・涼介は、事件で知り合ったモニークと東京を救うために、ノリも正義感も、女好きもそのままに帰ってきました。(初出:「週刊現代」2003年1月18日号〜12月20・27日号)
大沢さんといえば、「新宿鮫」シリーズや佐久間公が主人公の小説(最近作では「心では重すぎる」)がありますが、このアルバイト探偵(アイ)も今回の作品で6シリーズ目です。「アルバイト探偵」(1986年)「アルバイト探偵 調毒師を捜せ」(1987年)「女王陛下のアルバイト探偵」(1988年)「不思議の国のアルバイト探偵」(1989年)「アルバイト探偵 拷問遊園地」(1991年)に続き、15年ぶりに冴木驍ェ帰ってきました。高校生でありながら酒・タバコ・女となんでもOKの隆は、本当の父親ではない冴木涼介(元刑事)とともに、好むと好まらずにかかわらず私立探偵事務所に舞い込む難事件に挑みます。しかし、今回の事件にかかわる発端は、隆の進学に絡むことでした。父親の涼介はあまり乗る気ではなかったのですが、事件解決の見返りに島津に大学進学の便宜を約束させた隆は大張り切り。東京を舞台に、中国公安部の人間やロシアKGBなど、危険な人物たちと危険な物をめぐって意外な結末を迎えます。
この小説は、ハードボイルドの大沢さんの作品の中ではコミカルなものです。軽い・・・とは思うのですが、そこは大沢さんの手腕でストーリーに救われていると思いました。大沢さんの作品はほとんど読んでいますが、新宿鮫や佐久間公シリーズのように、本格的ハードボイルドもあれば、アルバイト探偵(アイ)やらんぼうなどコミカルなものまで幅広いです。また、「撃つ薔薇」はゲーム化されていますし、「黄龍の耳」はアニメ化されています。どちらかといえば、「雪蛍」や「新宿鮫」みたいなものが好きなのですが、今まで読んできた経緯からついつい読んでしまうシリーズもの。良いことか悪いことは別にして、結構面白く読みました。(05.8.23)
http://www.osawa-office.co.jp/o/o_list.htm
「いしぶみ」 広島二中一年生全滅の記録
広島テレビ放送編 ・ ポプラ社 ・ 評価★★★★
日本にも戦争の時代があって、こんな悲しい出来事がありました。広島の悲劇を二度とくりかえすことのないよう、原水爆兵器をみんななくしたい、そして平和というものがどんなに大切なことかを、知ってもらいたいということでこの本ができました。この本は、文部省主催の昭和44(1969)年度芸術祭のテレビドラマ部門で、優秀賞を受賞した広島放送制作の「碑」(いしぶみ)の草稿をもとにして書かれたものです。(初出:1970年)
「碑」という題は、広島市公園にある広島二中の慰霊碑の一字をとったものだそうです。碑とは、「事跡を後世に伝えるため、文字を刻んでたてておく石」(広辞苑)と、説明してあります。広島二中の慰霊碑は、ここで何の罪もないたくさんの生徒たちが死んだ事実と、原子爆弾が落ちたとき、広島にどんな悲惨なことがおこったか、そして戦争のない平和な世界がどんなに大切かを、多くの人たちに考えてほしいという願いがこめられているのです。実際、戦争を体験していない世代が多くなってきている今、日本に落とされた原子爆弾の悲惨さを知ってもらうことは、とても大切なことだと思います。広島に原爆が投下されたとき、二十数万人の人が一瞬の間に亡くなっています。もちろん、広島二中の321人も全員が死亡しました。どんな様子で亡くなったかわかっているのは226人ですが、広島二中の一年生がたどった悲惨な運命は、あまりにも悲しいものでした。なにが少年たちをこんな目にあわせたのか、私たちはしっかり考えていかなければいけないと思います。現在の幸福に感謝しつつ・・・。
広島二中の慰霊碑には、「なぐさめの 言葉しらねば ただ泣かむ 汝がおもかげと いさをしのびて」と刻まれています。
また、広島二中5学級の山下明治くんのお母さんの歌に、「烈し日の真上にありて八月は 腹の底より泣き叫びたき」
将来のある子どもを亡くした親の気持ちは誰しも同じだと思います。痛いほど親の気持ちを痛感させられる歌ですが、今も地球のどこかでは戦争が起こっており、原子爆弾も進化しています。悲しい出来事は、もう二度と起こしてはならないのです。この本を読んで、平和の大切さを考えるとともに、これからの世のかなを生きていく子供たちに、日本にも戦争があった時代のことをしっかりと知ってほしいと心から思いました。今年は戦後60年、8月6日の広島原爆と8月9日の長崎原爆を、もう一度しっかり見つめなおすのもよいのではないでしょうか。(05.8.9)
あきやま ただし 作/絵 ・ PHP研究所
ぼく、まめうし。まめつぶくらいの ちいさなこうし。あるあついなつのひ、おさんぽをしていたまめうしくんは、あまりのあつさにばたっとたおれてしまいます。そこに“わっはっは〜っ!”というわらいごえといっしょにあらわれたのは、かぶとむしみたいなぶたの“かぶたむし”くんでした。かぶたむしくんにたすけられたまめうしくん、こんどはかぶたむしくんがこまっているときにくわがたむしみたいなうし“くわがたうし”になって、かぶたむしくんをたすけます。“かぶたむし”と“くわがたうし”はせいぎのみかた。ふたりちからをあわせてこまっているひとをたすけます。
この絵本は、あきやまただしさんの“まめうしシリーズ”の最新作です。まめつぶくらいのちいさなこうしのお話です。愛嬌のある絵と心温まる話は、読んでいるものを和やかにしてくれます。また、言葉遊びが巧で、絵本の読み聞かせに良いと思います。大好きな絵本の中のひとつです。まめうしシリーズは、「まめうし」「まめうしとありす」「まめうしのおとうさん」「まめうしとつぶた」「まめうしとまめじい」「まめうしのおかあさん」「まめうしとひめうし」と、「まめうし あいうえお」「まめうし ぽんぽんぽん」(まめうしのあかちゃんえほん)があります。どれをとっても楽しいこと間違いなしの作品です。
絵本作家のあきやまただしさんは、1964年東京生まれ、東京芸術大学デザイン科を卒業。「ふしぎなカーニバル」(講談社)で第14回講談社絵本新人賞を、「はやくねてよ」(岩崎書店)で’95日本絵本大賞を受賞しています。「まめうしシリーズ」の他に、「パンツぱんくろう」シリーズ(講談社)、「たまごにいちゃん」シリーズ(鈴木出版)、「シマリスのしまおくん」(教育画劇)、「○×うさぎ」(佼成出版社)、「へんしんトンネル」「うみキリン」(以上、金の星社)、「ひまわに」シリーズ(PHP出版社)など多数あります。
絵本の世界も楽しいです。好みが分かれるとは思いますが、ほのぼのと心温まる絵本が好きです。絵も愛嬌のあるものが好きで、あきやまさんの作品はダジャレもあり、子供だけではなく大人にも楽しい作品です。(05.7.6)
浅田 次郎 ・ 集英社 ・ 評価★★★★
あの「天切り松」が帰ってきました。時は昭和9年。戦争という「巨悪」を仕掛ける「お上」に江戸の矜持を持ち続ける夜盗の一味が立ち上がります。どんなやぶれかぶれのよの中だって、人間は畳の上で死ぬもんだ・・・戦争の影さす中、「まっとうな生き方」を貫いた伝説の夜盗たちの話です。-古い歌の文句じゃあねえが、天にかわりて不義を討つのァ、何も軍人の仕事じゃあねえんだぜ。よしんば遠吠えにせえ屁のつっぱりにせえ、不義は不義、不実は不実と口にしてこその人間じゃあねえか。俺ァ天下の盗ッ人だが、衆を恃んで不義を正義と言ったためしァ、ただの一度もありゃしねえ。-(本文より)(初出:「昭和侠盗伝」小説すばる2003年6月号/「日輪の刺客」小説すばる2004年1月号/「惜別の譜」小説すばる2004年4月号/「王妃のワルツ」小説すばる2004年7月号/「尾張町暮色」小説すばる2004年10月号)
東京拘置所で特別扱いされる「天切り松」こと村田松蔵。盗っ人の二つ名を、盗みに入った先で東郷平八郎に付けられました。昔気質で江戸っ子のきっぷのよい語りは、盗っ人特有の闇がたり・・・。留置所の受刑者のみならず、看守たちも息を呑んで聞き入ります。説教や手柄話なら、いくら面白くても人を真剣にはさせません。天切り松の話は、善と悪との根源について語っているのです。日の当たらぬ道を歩いてきたとは思えぬ澄んだ瞳を、まっすぐに向けて・・・。
今回の「昭和侠盗伝」は、どこかで読んだ記憶がある内容でした。小説すばるは手に取った記憶はないし、はて?と思いながら読み進んでいきました。そういえば、いつだったか「天切り松闇がたり」がTVで放映されたことがあったことに気づき、其のときの内容かと思いましたがいまいち自信がなく、調べてみたら「青年時代の松蔵 ―『天切り松』誕生秘話」の原作みたいでした。あのときの松蔵は、五代目中村勘九郎(現十八代目中村勘三郎)が演じていました。イメージ的には少し違うかなと思いつつ、闇がたりを語らせる配役としてはこの人しかいないのかな・・・と妙な納得をしてしまいました。闇がたり(六尺四方にしか聞こえないという夜盗の声音での話し方)という独特な話し方は、普通の役者では無理なのかも知れませんね。
浅田さんの作品は、ナンセンスを感じさせるものもあれば、哀愁を感じさせるものもあり、浅田さん自身がどんなキャラクターかはっきりわからないところがあります。でも、作品的には共感できるものが多く、言葉一つ一つとっても決して驕らない言葉で語りかけてくれる小説は、そんなに多くはありません。そんな粋を感じさせてくれる作品です。(05.6.7)
http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2004/04-193.html (「天切り松 闇がたり」フジテレビサイト)
「草原からの使者」 沙高楼綺譚
浅田 次郎 ・ 徳間書店 ・ 評価★★★★
各界の名士が集う秘密サロン「沙高楼(さこうろう)」。世の高みに登りつめた人々が、人生の秘事を明かしあいます。沙高楼の足元には青山墓地が横たわっており、六本木の灯を前衛にしたベイ・エリアの高層ビル群を見渡すことができます。ここの女装の主人は、顎回りは頑丈な男性の骨格を持ち、首も太くたくまいいのに、思わず見惚れるほど美しいのは挙措の艶やかさのせいで、高くは無いが口に含むような声で言います。「沙高楼にようこそ。今宵もみなさまがご自分が名誉のために、また、ひとつしかないお命のために、けっして口になさることのできなかった貴重なご体験を、心ゆくまでお話しくださいまし。語られる方は誇張や飾りを申されますな。お聞きになった方は、夢にも他言なさいますな。あるべきようを語り、巌のように胸に蔵うことが、この会合の掟なのです。」
今回の会合で語られる話は、与党衆議院議員の私設をしていた鏑木克雄の「宰相の器」(初出:問題小説2003年2月号、3月号)、三杷財閥の当主・第十九代三杷儀右衛門こと、三杷晴樹の「終身名誉会員」(初出:問題小説2003年9月号、10月号)、中央競馬会屈指のオーナー・プリーダーである鶴岡勝政の「草原からの使者」(初出:問題小説2004年9月号。10月号)、最後に登場するのは、特別ゲストとして紹介されたアレクサンダー・ラッセル・ジュニア、アメリカ合衆国軍人の「星条旗よ永遠なれ」(初出:問題小説2004年12月号、2005年1月号)です。稀代のストリーテラーによる息を呑む驚愕の物語が語られる会合への誘いは、友人の小日向賢吉君からちょうど仕事に疲れていた「私」のもとに突然にやってきました。「沙高楼」の名前の由来は、あやうい砂の上に築かれた大廈高楼ということか・・・人生そのものを言い表しているようです。
人生はいろいろ・・・ということでしょうか、名を成した人も、財閥とか大富豪とかも、一皮剥けば誰しも人には言えない秘密の一つや二つはあるのです。そんな話を引き出してくれるのが、沙高楼です。しかし、聞き手も人の子。会合の掟が、巌のように胸に蔵うことといわれても、言わずに黙っていられないのが人というものではないでしょうか。ここに参加している方は、物語の中とはいえよほど口の堅いばかりお集まりのようです。そういう意味でも、奇想天外な物語かも知れませんが、人の心理としてこの物語にあるような秘事を聞くことは、一種の快感、一種の特権意識を持ってしまいます。浅田さん特有のテンポのよい語り口調で、読み手を信じられない世界へ誘います。(2005.4.24)
「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」 上・下巻
J.K.ローリング=作 ・ 松岡佑子=訳 ・ 静山社 ・ 評価★★★★★
復活した名前を言ってはいけない人「ヴォルデモート」との戦いはいつ始まるのか?ハリーにはなんの知らせも来ません。そして突然ハリーは吸魂鬼に襲われます。それも、マグルの世界で・・・。「不死鳥の騎士団」に助け出されたハリーは、「騎士団」が何か重大な秘密を守っていることを知ります。新学期が始まり、「闇の魔術に対する防衛術」に恐ろしい新任教授アンブリッジが就任し、ハリーは黒い扉の悪夢と共に悩まされ続けます。そんなハリーに、チョウ・チャンが微笑みかけます・・・・。(第五巻・上)
5年生になったハリーには、大切なO.W.L.(普通魔法レベル)試験が待っており、日夜勉強に追われます。疲れきったハリーは、幾度となく恐ろしい夢を見ます。謎の夢は、ハリーの出生の秘密に繋がっていました。ハグリッドの秘密、スネイプの秘密、そしてダンブルドアの秘密・・・。過去から未来へそれぞれの運命の糸が紡がれます。そしてついに戦いは始まりました。立ち上がるハリーと「不死鳥の騎士団」。しかし、思いがけない悲しい死がハリーを待っていました。(第五巻・下)
発売されてから5ヶ月、読むのがもったいなくって今まで我慢していました。読み終える瞬間が怖かったから・・・。2月14日から読み始め、上巻661P、下巻701Pを長いとも感じずに読み終えました。日本で第五巻が発売される前から、この回でハリーにとって重要な人物の死に直面するということを知っていました。英語版を読んだ方が、わざわざ教えてくれました・・・。やはり小説の面白さは意外性と真実。内容がわかってしますと、緊張感が薄れてしまいます。そういう意味では、ハリーと一緒にシリウス・ブラックの死の悲しみを味わうことが出来ずに残念でした。
この第五巻では今まで登場した方が「騎士団」として、また意外なところ(聖マンゴ魔法疾患障害病院)で登場します。たとえば、第二巻でハリーの先生だったギルデロイ・ロックハート。「日刊予言者新聞」の記者だったリータ・スキーター。第四巻で登場した魔法の目を持つ老練の闇祓いマッドーアイ・ムーディ。第三巻でハリーに「守護霊の術」を教えた狼人間であり、ハリーの父の友であったリーマス・ルーピン。もちろん、ハリーの名付け親シリウス・ブラックは言うまでもありません。今回はハリーも15歳、ホグワーツ校の5年生になります。第四巻で甦ったヴォルデモートに立ち向かうため、またダンブルドアを中心とした「不死鳥の騎士団」がハリーを守るために行動を起こしました。次々とハリーの身辺で起きる事件、ハリーの初恋・・・・そして、いままで語られなかった秘密が今語られます。最後まで目が離せないハリーの世界は、物語の展開の巧みさ、謎が少しずつ解き明かされていくスリルとサスペンスは大人でも十分楽しめます。
15歳という年齢は、思春期で難しい年頃です。ハリーも例外ではなく、自己主張が強くなり、反抗的でいろんなことに腹を立てています。いままでのハリーからは考えられないようなことでした。小説の中で、確実に成長しているのですね。あと2年でハリーもホグワーツ校を卒業します。一抹の淋しいさを感じながら、一日も早い第六巻の発売を待っている矛盾した気持ちを抱いて、結末はどうなるのだろう・・・と興味が沸々と沸いてきます。(05.2.21)
「朽ちた花びら」 病葉流れてU
白川 道 ・ 小学館 ・ 評価★★★★
30年前の春、梨田雅之は難関を突破して東京郊外にある国立大学に入学しました。ボストンバックひとつで、人影まばらな私鉄の駅に降り立った梨田の胸に去来していたのは、安堵感を枕にまるで中身のない布団を被って横たわっているような、漠たる不安感でした。そんな梨田の前に唐突に現れた男、通称「雀ゴロのカミュ」。四浪二留のこの男に導かれ、梨田はたちまち麻雀にのめり込みます。また、四浪のT大生、通称「赤門」は梨田に競輪を教え込みます。18歳で女を知り、博打にのめり込む梨田。大学では何も学ぶこともなく、引き返しようもないほど空虚で火傷しそうなほど熱いギャンブルの世界で成長しようとしていました・・・・やるならとことんだ・・・・病葉は流れ流れて、裏社会の本流に漂着しようとしていました。(この作品は、「週刊ポスト」に連載された「病葉流れて」を大幅加筆したものです。)
白川さんの作品「病葉流れて」は、自伝的小説と言われています。一時は株の世界で巨額の資金を転がしたこともある白川さんのギャンブル小説である「病葉流れて」ですが、今回の「朽ちた花びら」はその続編です。この小説も、大学に入学したものの本業の学業そっちのけで、麻雀や競輪などギャンブルにのめり込むという話です。麻雀を知らない方は、読んでいてゲームの場面は面白くないかも知れません。少しは麻雀をしたことがある者でも、麻雀の場面は難解でした。しかし、心理状況や場面設定は面白いものがありました。人はこのような場合どうするのだろう・・・と考えさせられると同時に、なんでそこまで自分を追い込むのかと白川さんがわからなくなりましが・・・。話はギャンブルのことですが、白川さんの文章は飽きることなく読むことができます。興味のある方は、「病葉流れて」完結編である「崩れる日なにおもう」(小学館)もぜひ一読してみてください。
年明け早々読んだ本が白川さんでした。特に意味は無いのですが・・・。(05.1.15)
浅田 次郎 ・ 角川書店 ・ 評価★★★★
とある港町、運河のほとりの古アパート「霧笛荘」。法外な安い家賃、半地下の湿った部屋、そして訳知り顔の管理人の老婆。誰もがはじめは不幸に追い立てられ、行き場を失って「霧笛荘」まで辿り着きます。しかし「霧笛荘」での暮らしの中で、住人たちはそれぞれに人生の真実に気づき始めるのです。・・・・不幸の分だけの幸せは、ちゃんとある。どっちかが先に片寄っているだけさ・・・・霧笛荘の6つの部屋に住む、6人の住人たちの様々な人生を描き出しています。不器用だけれども誠実に生きていた6人でしたが・・・・浪漫あふれる短編集です。(初出:「港の見える部屋」小説王1994年8月号/「鏡のある部屋」小説王1994年10月号/「朝日のあたる部屋」小説王1994年12月号/「瑠璃色の部屋」KADOKAWAミステリ1999年11月号/「花の咲く部屋」野生時代2004年3月号/「マドロスの部屋」2004年6月号/「ぬくもりの部屋」野生時代2004年7月号)
「暗い運河のほとりに、その奇妙な意匠の建物はあった。」という書き出しで始まる「霧笛荘夜話」は、建物同様に人生に暗い影を背負った6人の住人たちの物語です。一貫して言っていることは、お金で買えない大切なものがこの世にはたくさんあるということです。浅田さん特有の優しさに満ちた小説で、霧笛荘での暮らしの中で、住人たちが人生の真実に気づき始めることをさりげなく描いています。
「港の見える部屋」は、星野千秋が主人公です。死ぬことばかり考えて辿り着いた先が霧笛荘。結局は自殺未遂の末、幸福な家庭の奥さんになるのですが、この小説では珍しいハッピーエンドの物語です。
「鏡のある部屋」は、尾上眉子が主人公です。星野千秋が霧笛荘に飛び込んできたとき、親身になって世話をし千秋が死に損なった方法で、自殺をしてしまった眉子。幸せな富豪の奥様でしたが、「吉田よし子」という名前が大嫌いで霧笛荘に転がり込みました。
「朝日のあたる部屋」は、半ちくなやくざ・鉄夫が住んでいたいました。要領が悪く、義理人情に厚い鉄夫は、兄貴分利用されて刑務所暮らしを余儀なくされてしまいます。
「瑠璃色の部屋」は、田舎からミュージシャンを目指し家出同然に出てきた四郎が主人公です。四郎の一番の理解者であった姉の死を乗り越え、大スターになった四郎ですが、その影にはカオル存在が大きな影響を持っていました。
「花の咲く部屋」は、そのカオルが主人公です。こちらも田舎から上京し、造花をつくる工場で働いていましたが、いつの間にか「オナベ」になって霧笛荘で暮らしています。誰も愛さなかったカオルは、人間ではなくカオルという名の花だったのではないかと太太(大家さん)が言うように、カオルが死んだ後もその情けで花が咲いているのです。
「マドロスの部屋」は、戦争で生き残った園部幸吉の部屋です。玉砕寸前に終戦を向かえ生き延びた園部ですが、戦争で失った代償は大きかったようです。身寄りの無い園部は、マドロスという第二の人生を演じきりました。
「ぬくもりの部屋」は、大家である太太(タイタイ)の部屋です。温床(オンドル)のある部屋で、いろいろな人生を見てきた纏足の太太ですが、彼女の人生についてはこの小説に描かれていません。その代わり、立ち退きにあった霧笛荘を描き人生にとって大切なものとは・・・を優しい心で訴えています。いつもながら、浅田さんの世界観にどっぷり浸れる一冊です。(04.12.13)
津村 秀介 ・ 祥伝社文庫 ・ 評価★★★
岩手県雫石川の河畔で、横浜在住の藤本昌代の死体が発見されました。そして後日、四国徳島でも女性の死体が発見されます。ともに現場には薬物混入のワインボトルとダイイングメッセージが遺されていました。この一致に、岩手・徳島の両捜査本部は色めきたちます。やがて容疑者に昌代の元愛人・牧内が浮かび上がりましたが、検死の結果、二件の殺人は<同日同時刻>と証明されました。不可解な事件をルポライター浦上伸介が追います。(この作品は、昭和63年2月祥伝社ノン・ノベルから新刊判で刊行されたものです)
この作品は、今までの津村さんの作品とは異なっていました。ルポライター浦上伸介が登場はしますが、これまでのように大学の先輩で毎朝日報の谷田実憲と協力して、容疑者の偽アリバイを崩すというイメージからはかけ離れたものでした。どちらかというと、アリバイ・トリックよりも、犯人探しが中心に描かれています。ですから、今回はいつもの時刻表トリックもなければ、息のあった先輩、後輩の掛け合いも見られません。津村さんの作品の固定観念を持っている者には、物足りないと言えば物足りなさを感じますが、犯人は誰かという推理を純粋に解明していく小説としては楽しんで読めると思います。
この作品の序章で殺人事件が起きますが、その殺人が雫石で起きた殺人と錯覚して読み進めていました。その後の話しの展開も、雫石の方が中心になって進んでいったので、当然に現場となったのは雫石と思わせるような書き方になっていると感じました。読み進めていくうちに、あの序章の殺人事件は徳島の方だったのか・・・と気がつきましたが、その時は話も終盤になって犯人がその現場に行けないとわかったときでした。どうも、話の展開や無理にこじつけているのではと思われるところがあり、スムーズに事実を受け入れられない、納得していない自分がいます。推理小説としては、話の内容は面白いのですが、やっぱり読んで納得のいく謎解きのほうが読後感はいいようです。(04.9.11)
津村 秀介 ・ 祥伝社文庫 ・ 評価★★★
枝垂桜で知られる東北の小京都・角館で、白骨死体が発見されました。捜査の結果、3年前に失踪したOLの遺体と判明、彼女の元恋人小此木が有力容疑者として浮かびますが、彼には鉄壁のアリバイがありました。ルポライター浦上伸介は真相解明のために角館に飛びますが、彼を待っていたのは第二の殺人でした。そこで遭遇した殺人事件とは、なんと容疑者と思われた小此木が刺殺されていたのです。そして、新しい時間の壁が浮上してきました。(この作品は、平成4年3月祥伝社ノン・ノベルから新書判で刊行されたものです)
津村さんの作品は、旅行の醍醐味が実感できます。このシリーズの探偵役は、ルポライターの浦上伸介です。彼は、「週刊広場」の「夜の事件レポート」に寄稿するライターですが、彼の大学時代の将棋部の先輩であり、神奈川県警の記者クラブで「毎朝日報」のキャップを務める谷田実憲と組んで、殺人事件のアリバイトリックを解明していきます。また、ある事件で知り合い「週刊広場」でアルバイトをするようになった女子大生の前野美保が、浦上の取材や事件解明を手伝うようになります。今回は、この3人が謎解きに大活躍をします。
今回の舞台は、「小京都」と言われている尾道と角館。殺人事件が起きるのは角館ですが、二つの殺人事件の被害者は、どちらも他所から来た旅人でした。一見何の関係もないような尾道と角館を結ぶものは何か、浦上伸介の出番となりました。津村さんの作品の特徴は、徹底的なアリバイ崩しの解明にあると思います。また、時刻表が謎を解くのに必要不可欠なものとして、毎回登場します。旅行の醍醐味が実感できる所以が、ここにあると思います。
お酒が思考の潤滑油という先輩(谷田)と後輩(浦上)は、会話の端々で将棋の用語を織り交ぜながら事件解明をしていきます。小説を読んでいて、この二人がお酒を飲むシーンがありますが、あんなに飲んでよく考えられるものだと思ってしまいました。小説だからできるのか、はたまた津村さんにも経験があるのかわかりませんが、一つの特徴となっているのは確かです。なんにしろ、読んだ方は爽やかな読後感が得られるのは間違いないと思います。トリックを解明するにも、必ず物的証拠も提示してくれるのは、疑問を残さずに読み終えることができます。それが推理小説の醍醐味なのですから・・・。(04.9.7)
マリオ・ラモ/作・原光枝/訳 ・ 平凡社
越野民雄/文・高畠純/絵 ・ 講談社
いじわるオオカミは、森で出会うみんなに「一番強いのは誰だ」と尋ねます。そのたび、「あなたですよ」と答えられて、ルンルン気分。自信満々、ヒキガエルに似た小さなみっともない生き物に尋ねてみると・・・・うーむ、むむむむ。本当につよいのは、だーれだ?!フランスの人気絵本作家マリオ・ラモが贈るユーモアの世界です。
作家マリオ・ラモは、1958年ブリュッセル生まれ。母はベルギー人、父はポルトガル人。子供の頃、森のハズレにある母方の祖母の家によく泊まりに行き、夏休みはポルトガルで過ごしたそうです。ブリュッセルのラ・カンブル国立芸術学院で、グラフィック・コミュニケーションを勉強。その頃、ソウル・スタインバーガーとトミー・アンゲラーの作品に出会い、強く影響を受けました。1992年頃から、子供の本のイラストを始めます。邦訳作品に、『ねんねだよ、ちびかいじゅう!』『小さな王さまヌーノ』(ともに平凡社)などがあります。
「オー・スッパ」は、レモンの話です。レモンを食べた動物の反応を、面白くおかしく描いています。本の中には、「レモン24ページぶんのビタミンC」と書いてあり、「きみは ついうっかり あのレモンをガブリっとやってしまったことがあるかい。もしあるのなら きみもりっぱな ぼくらの スッパともだち」と書き出しにあります。そうです、題名のとおりすっぱいレモンを食べたときの言葉「オー・スッパ」は、すっぱい思いをいっぱい伝えるための絵本です。「オー・スッパ」は、お2人のコンビの『オレ・ダレ』に続くワンダーランド絵本第2弾です。
越野民雄さんは東京生まれ、広告代理店のコピーライターとして広告制作に携わりながら、文筆家としても活躍しています。主な作品に、『ぼく きょうりゅう』『名探偵モンスターパパの日曜日』(ともに佼成出版社)、『ワン』『わたしエリカ号』『オレ・ダレ』(ともに講談社)などがあります。高畠純さんは愛知県生まれ、東海女子大学教授です。1983年、『だれのじてんしゃ』(フレーベル館)で、ボローニャ国際児童図書展、グラフィック賞受賞。主な作品に、『ピースランド』『だじゃれすいぞくかん』(ともに絵本館)、『ペンギンたんけんたい』『オレ、ダレ』(ともに講談社)などがあります。
久々に「おはなし会」で絵本を読みます。もう2年くらいしていないので・・・どんな絵本を選ぼうか迷いました。対象年齢が幼稚園児以下なので、難しい内容よりも言葉遊びのようなものという感覚で選びました。「いちばんつよい・・・」は、いじわるオオカミが、森のなかで出逢う動物たちに「一番強いのはだれ?」と質問して、「オオカミさんです」と答えられ自信満々になっているという話です。出逢う仲間が、うさぎ、赤ずきんちゃん、三匹のこぶたたち、七人の小人たちです。あれ?みんなオオカミに苛められた経験の持ち主?最後に出逢った怪獣の子供の前では、小心者のオオカミに変身してしまいますが、本当に強いってなんだろう・・と子供たちと話ができたらいいなあと思いました。また、「オー・スッパ」も言葉遊び的なところがありますが、レモンに視点をあてているのが面白いと思いました。子供って何でも口にしたがりますが、もしかして誰でも好奇心から経験があるかな?と考えてしまいました。だったら、話の内容の理解できるかな・・・なんて。どっちにしても、この絵本のもつ楽しさが伝えられるか・・・と、今から緊張しています。(04・3・15)
浅田 次郎 ・ 集英社文庫 ・ 評価★★★★
昭和44年、京都。大学の新入生で、大の日本映画ファンの「僕」こと三谷薫は、友人の清家忠昭の紹介で、旧き良き映画の都・太秦の撮影所でアルバイトをすることになりました。そんなある日、清家は撮影現場で絶世の美女と出会い、恋に落ちます。しかし、その絶世の美女は30年前に死んだ大部屋女優でした。若さゆえの不安や切なさ、不器用な恋。失われた時代への郷愁に満ちた瑞々しい青春恋愛小説です。(この作品は、1997年7月に単行本、2000年5月に文庫として双葉社より刊行されました。)
−僕の青春、そして失われた親友と、永遠に愛する初恋の人へ−と、前書きに書いてありました。浅田さんの青春時代を彷彿させるものが、この中に描かれていると思いました。例えば、映画の世界の話とか、大学の紛争の話とか・・・・。しかし、この小説に登場する亡霊は、本当にあった話なのか浅田さんが作り出したものか、読んでいるうちに錯覚を起こしてしまうほど、文章は巧みに描かれています。実際、ここに登場する大部屋女優の伏見夕霞が、京都太秦の撮影所で自殺を図ったことは本当のようです。話の中に登場する映画監督山中貞雄が戦死した、昭和33年9月17日と同じ日だったようです。この因果については、小説を読んでいただけると判ると思います。前書きから意外な結末まで、この話は息をもつかせぬ展開で進んでいきました。
青春恋愛小説とありますが、どっちかというと青春小説かも知れません。男女の恋愛感情も描かれていますが、それよりも男同士の友情関係の方が強く描かれています。映画館で出会った三谷薫と清家忠昭。その友情を通して物語が展開していくのですが、二人の共通の趣味である映画なしでは話は展開していきません。京都という場所にこだわった理由も納得がいきました。この本を読んで、日本の名画と言われているものが無知な者にもわかるような内容なのです。映画を見ない者にとっては良さがわからないのですが、少しばかり勉強になったのも本当です。(04.1.16)
大沢 在昌 ・ 角川書店 ・ 評価★★★★
千葉・勝浦の別荘地で、松原龍は静かな生活にこだわり続けていました。ある日、浜辺で杏奈という女性と出逢い、今の生活では捨てていた恋愛感情を呼び起こされてしまいます。エージェントから逃げ出してきた杏奈を匿おうとしますが、彼女は松原の前から失踪してしまいます。龍は己の恋愛感情と杏奈とのあるべき距離を確かめるために彼女を追いますが・・・・。殺し屋、CIA、FBI、チャイニーズマフィア、警視庁、複雑に絡む巨大な悪の罠、龍が心の底から求めていたものは、復讐でもなく正義でもなく、女への想いを確かめるために龍は闘ったのです。春に彼女と出逢い、夏に熱き感情を覚え、そして秋に過ぎ去った夏を想う。男と女の新しい関係を、いままでにない形で描いたハードボイルドです。(初出:「野生時代」1994年12月号〜1996年9月号/「カドカワミステリ」1999年12月号・2002年2月号)
舞台は、千葉県勝浦から始まり、アメリカ、軽井沢、東京、石垣島と展開していきます。静かに、世捨て人的な生活をしていた松原の前に、突然現れた杏奈。そこから、松原の生活、また心境に変化が生まれてきます。始めは、男と女の静かな出逢いでしたが、読み進むうちに展開は意外な方向へと進んでいきます。また、松原の心の葛藤など、ハードボイルドとしては殴りあいなど少ないぶん、人間関係や心情に重きを置いているようです。松原の親友・ケインが、今回の小説では大きな存在となってきますが、親友と思っていたケインが実は・・・と、最後には予想を越える結末を大沢さんは用意していました。話を読み進めていく過程で、そんなニュアンスを暗示させることを書いていますが、まさか・・・と言う気持ちが強く、最後まで気を惹きつける内容展開でした。
最初の文章を読んで、内容がどこかで読んだことがあったかな・・・と思わずにはいられませんでした。それだけ、北方さんの手法というか描いてあるものが酷似していたように思います。都会から離れたところで生活し、釣りに詳しく男一人で料理などをしているところなどは、北方さんがよく描いている風景です。どちらかと言ったら大沢さんは、六本木など都会的なイメージがあったため、北方さんとダブってみえて意外でした。しかし、やっぱり違いはありました。北方さんは必要以上に物にこだわりますが、大沢さんのハードボイルドにはそのへんはあまり感じられません。男を描くにも、北方さんは「男」こだわりますが、大沢さんはこだわりを持っているようにはみえません。だんだん読んでいるうちに違和感は薄れていきましたが、それまでは今まで読んだ本をいろいろ考えてしまいました。こんな場面、どこかで出てきたことがありそうだ・・・と。
「大極宮」というのをご存知ですか?!大沢オフィスに所属する大沢在昌と京極夏彦、宮部みゆきのHPサイトのタイトルです。その中に、大沢さんの新刊に関する情報が載っていました。「週刊現代」に連載するため、12年ぶりに「アルバイト探偵」を書き出したという内容でした。登場人物の年齢はそのままに、再び楽しめるとあって今から単行本になるのが待ち遠しい思いです。(03.9.28)
伊集院 静 文 ・ 堂本 剛 イラストレーション ・ 朝日新聞社 ・ 評価★★★★
「きみとあるけば」に続く第2弾です。“君”との“今”を大切にしたいという思いが、随所に描かれていて、堂本剛くんが描くイラストがほのぼのとした雰囲気をかもし出しています。このエッセイは、「月刊アサヒグラフperspn」(朝日新聞社)の2002年3月号〜2003年4月号の連載「きみとあるけば」が初出です。
異色コンビ伊集院静と堂本剛の二人が、エッセイとイラストという共著で出版した2冊目の本です。
「いつかは別離の時がくる。でも、出逢ってともに過ごせば、かたちは失せても、ずっといっしょ・・・。」伊集院さんと剛くんが飼っている犬は、ミニチュア・ダックスフント(伊集院家の「亜似須(アイス)」と剛くんの愛犬は「ケンシロウ」)で、共通のものがあったため一緒に仕事をすることになったようです。伊集院さんの日常を通して、愛犬との関わりや世の中との関わり、また伊集院さんの昔の思い出を、剛くんのイラストがいい味を出して添えてあります。前回のタイトルは「きみとあるけば」でしたが、今回は「出逢った瞬間から、“ずっーといっしょ。”なのが、生きることの素晴らしさかもしれない。」という思いがあって、本のタイトルを“ずっーといっしょ”にしたそうです。
伊集院さんが書いていましたが、人には出逢いがあれば別離があります。しかし、別離はあるがものすべてが消えるわけではないのです。いつか目の前から姿が消えて、手で触れられなくなっても、手の感触に心の中に残りつづけるものだと思います。人は人生の中で、必ず経験することが二つあります。それは、生を受けることと死ぬことです。その間、人間は出逢いと別離を繰り返しますが、いっしょにいるその時間を大切に生きていることがすべてであると言っています。今回のエッセイの中でも、伊集院さんの幼いときに経験した出逢いと別離をテーマに描いていて、そのことが今になっても自分の中に生きていると書いています。なんとなく、わかるような気がします。そして、そこに剛くんの描いてあるイラストは、とてもあったかさを感じさせてくれるのです。
人は誰でも同じような体験があり、同じようなことを繰り返ししていると思います。そんなとき、“ずっーといっしょ”と言える人(動物でも・・・)と巡り会えることができたら、それが一番幸せなことではないでしょうか。(03.8.11)
「仙台青葉の殺意」 十津川警部
西村 京太郎 ・ 双葉社 ・ 評価★★
仙台の見知らぬ女性から、十津川警部に電話が入ります。死んだ夫の手帳に「自分が死んだら十津川警部に葬儀に来てもらってくれ」と書いてあったというのです。十津川には、死んだ男に心当たりはありませんでしたが、なぜか気になるのでした。死んだ男が残した一冊の手帳が、次々と殺人事件を生んでいきます。十津川警部と亀井刑事は、仙台で姿の見えない殺人者に立ち向かうのですが、悲劇的な殺人が発生してしまいます。(初出誌:「小説推理」02年11月号〜03年5月号)
タイトルに興味を持って読んだのですが、やはり西村さんの作風は変わってしまったようです。以前は、十津川警部と亀井刑事の絶妙なやりとり、テンポのよい展開、謎解きも読んでるものを納得させるだけの手法をもっていました。しかし、数年前からちょっと変わったかな・・・と思い、最近もなかなか手に取ることはありませんでしたが、地元が取り上げられていると思うと、やはり読んでみたくなるのが心情です。
期待は、見事に裏切られてしまいました。まず、仙台として取り上げられているのは、一番町と秋保温泉。仙台って取り上げるところがないのかな・・・と思ってしまいました。そして、気になったのが亀井刑事のこと。もっと穏やかで、十津川警部のよき相談相手と思っていたのですが、性格が変わった?!と思われるほど少し荒っぽさが目立ちました。また、事件のつながりがはっきりしなく、謎解きも中途半端で終っているのが残念です。全てが、十津川と亀井の二人の会話で成り立っているため、特に「仙台青葉」とタイトルに入れなくても、他のところでも通用する内容でした。ダイイングメッセージに、「アオバのウラギリ」と出てきますが、その言葉の意味も最後までわからず、なんのために引用したのか疑問が残りました。殺人事件の解決にしても同様で、何のために誰が殺したか、全てが中途半端で読んだものは消化不良を起こしてしまいそうです。
旅情ミステリーの部類に入る一冊だとは思うのですが、全然旅情を感じることができず、またミステリーというには裏づけがはっきりしないもので、正直がっかりしてしまいました。(03.7.30)
「壬生義士伝」 上・下
浅田 次郎 ・ 文春文庫 ・ 評価★★★★
小雪舞う1月の夜更け、大阪・南部藩蔵屋敷に満身創痍の侍がたどり着きました。貧しさから南部藩を脱藩し、壬生浪と呼ばれた新撰組に入隊した吉村貫一郎でした。“人斬り貫一”と恐れられ、妻子への仕送りのために守銭奴と蔑まれても、飢えた者には握り飯を施す貫一郎。元新撰組隊士や教え子が語る、非業の隊士の生涯がここにありました。(上巻)
五稜郭に霧がたちこめる晩、若侍は参陣しました。あってはならない“まさか”が起こったのです。義士・吉村の一生と、命に替えても守りたかった子供たちの物語が、関係者の“語り”で紡ぎだされます。吉村の真摯な一生に関わった人々の人生が、見事に結実するクライマックスを迎えます。(下巻)(初出誌:週刊文春1998年9月3日号〜2000年3月31日号・単行本:2000年4月文藝春秋刊)
この小説は、実に面白い構図となっています。まず、時代とか場所とかの状況、そして登場人物を始めとする人々の置かれている情況や配置だけを描き、物語を通じて主人公である吉村貫一郎その人を、前面に押し出す描き方はしていないのです。次の場面では、突然東北ことば(南部なまり)の一人称になり、捕らえどころのない吉村貫一郎という下級武士が、訥々と語るという展開で進んでいきます。さらに、3つ目に場面では吉村貫一郎に関わった人たちの回想で、話の時代は幕末から半世紀を経た大正期となっています。そして物語は、吉村貫一郎の南部なまりの一人称に戻り、また回想になり・・・と話は展開していきます。回想の場面は、流石浅田さんと思うほど巧みに読み手の心を掴んでいました。
「壬生義士伝」は、映画化されTVでも放映されました。どちらも見なかったのですが、先日TV化されたのをビデオで見る機会がありました。田舎の侍の目を通してみた新撰組が描かれており、また侍でありながら自分の命に替えてでも守りたかった妻子への愛情。侍とは何か、義とは何かをテーマに、その時代に生きた一人の武士を描いていて、原作に興味を持ち後日本を手にしました。TVの展開と、本の展開とにギャップを感じながらも、意外と忠実にTV化されていたのには驚きました。新撰組に本当にこういう人物がいたのかどうか、歴史物を読まないので詳しくはわかりませんが、浅田さんの着眼点は素晴らしいと思えた一冊でした。(03.7.9)
「砂の狩人」 上・下
大沢 在昌 ・ 幻冬舎 ・ 評価★★★★
暴力団組長の子供ばかりを狙った猟奇殺人が発生します。警察庁の上層部は内部犯行説を疑い、極秘に犯人を葬ろうとします。この不条理な捜査に駆り出されたのは、かつて未成年の容疑者を射殺して警察を追われた「狂犬」と恐れられる元刑事でした。殺された組長の子供たちは、喉に携帯電話を押し込まれていました。中国人の仕業だと暴走した暴力団員、血染めの応酬をする中国マフィア、緊急配備につく機動隊・・・。新宿に戒厳令がひかれます。中国マフィアと暴力団の全面戦争が始まったのでした。この事態に、警察庁の女性キャリア・時岡は、「狂犬」と言われる元刑事・西野に拳銃の使用を許可したのでした。いつになったら、この犯行は終るのか。犯人の目的は何かのか。そして、西野は何のために犯人を追い詰めていくのか。過激にヒートアップする1200枚の長編です。(本作品は、サンケイスポーツ新聞に2001年4月2日より2002年5月10日まで連載されたものです。)
殺人事件の犯人を追いつめる主人公・西野は、刑事を辞めた後静かに海を相手に暮らしていました。自分の犯した過去を見つめながら。そんな西野が、また新宿に帰ってきます。自分の死に場所を求めているかのように、事件に深く関わっていくのでした。容疑者の目的が何なのか・・・物語の展開は、複雑に絡み合っていて読み応えはありましたが、十分に納得のいくものではありませんでした。もう少し、犯人の心理状態や犯行に至った経過など盛り込まれていたらと感じました。犯人を追い詰めることに、紙面の大半を要し、犯人が登場する場面が最後のほうに少しだけだったからかも知れません。また、「砂の狩人」と題した意味が、読み終わったあとでもわかりませんでした。狩人は、西野自身のことだとは思いましたが、なぜ「砂」なのか・・・・。「砂」にこめられた作者の意図は何だったのか、これからゆっくり考えてみたいと思います。
久々の大沢さんの大作でした。以前、「北の狩人」という本を出版した作者でしたが、安易な表題だ・・・と本を手にしたときの最初の感想でした。しかし、本の内容は大沢在昌ここにありというような感じで、存在感は今も健在です。内容は一言で言って、暗い、暴力的イメージですが、新宿鮫を彷彿させるハードボイルドです。(03.5.17)
島田 一男 ・ 扶桑社文庫 ・ 評価★★★
少年タイムス編集長・津田晧三の元に旧友の考古学者・曽根辞郎の訃報が届きます。多摩古墳群を発掘調査していた曽根が、その古墳の中で頭蓋を砕かれて殺されたというのです。彼の遺した謎の詩は、誰を告発しているのか?船を模して建てられた奇怪な家を舞台に、津田の推理が冴えます。考古学のペダントリィと怪奇趣味に彩られた「古墳殺人事件」に、義経伝説に取り憑かれた一族の間で発生する連続殺人事件に津田が挑む「錦絵殺人事件」を併録しています。後に「事件記者」で一世を風靡する著者が最初期に手がけたミステリーの復刻版です。
今回の作品は、一番新しい春陽文庫、徳間文庫から刊行されてから12年が経過していて絶版になっていた本です。「古墳殺人事件」は昭和23年、「錦絵殺人事件」は昭和24年に描かれたもので、復刊希望が多かったということで「昭和ミステリ密宝」シリーズとして刊行されました。島田一男さんは、1907年(明治40年)、京都に生まれ、大連市役所を経て満州日報に入社。戦時中は記者として活躍しています。96年に亡くなるまで、生涯現役のミステリ作家でした。
この本に収録されている作品は、少年タイムス編集長・津田晧三が探偵役を務めて、その相方には地方検事が「古墳」では原喬二、「錦絵」では小原喬二として登場しています。原=小原というのは、読んでいて一目瞭然なのですが、その当時実名のモデルということで架空の名前にしたものなのでしょう。最近の本から読み出したので、文体といい内容といい島田さんの作品とは思われない違和感がありましたが、推理そのものは思考が凝らしてあって面白いものでした。
島田一男さんといえば、NHKの「事件記者」の脚本を手がけていたことで有名です。島田さんが作り出した言葉に「事件記者」「トップ屋」と言った、現在は一般名詞として使われている言葉も少なくありません。そんな島田さんの作品では、新聞記者(ブンヤもの)以外でも、庄司部長刑事、花井警察医、南郷弁護士、海堂鉄道公安官などシリーズキャラクターを次々登場させました。その中でも、鉄道公安官シリーズの海堂さんの登場する小説は、話の展開といい、旅情を感じさせてくれる内容といい、またキャラクターの設定といい好きな作品の一つです。島田さんの作品の魅力は、謎解きの面白さと同時に文章に余計な飾りが無いのがいいです。推理小説の醍醐味は、端的な描写で想像力をかきたてるものでなければ、余計な言葉に惑わされてしまいかねません。そういう意味でも、島田さんの小説は推理ファンなら一度は読んでいただきたい一冊です。(03.3.10)
浅田 次郎 ・ 中央公論社 ・ 評価★★★★
武士という職業が消えた、明治維新の大失業にも自らの誇りを貫いた侍たちの物語です。「五郎治は、始末屋であった。藩の始末をし、家の始末をし、最も苦慮したわしの始末もどうにか果たし、ついにはこのうえ望むべくもない形で、おのれの身の始末もした。男の始末とは、そういうものでなければならなぬ。けっして逃げず、後戻りせず、能う限りの最善の方法で、すべての始末をつけねばならぬ。」(「五郎治殿御始末」本文より)
収録されている作品は、「椿寺まで」(初出「旅行読売」2000年4月号・5月号)、「箱館証文」(初出「旅行読売」2001年2月号・3月号)、「西を向く侍」(初出「旅行読売」2002年1月号・2月号)、「遠い砲音」(初出「中央口論」2002年6月号)、「柘榴坂の仇討」(初出「中央口論」2002年2月号)、「五郎治殿御始末」(初出「中央口論」2002年7月号)の6編です。なお、単行本化にあたり加筆訂正されています。
舞台は、明治維新。文明開化が唱えられ、武士という職業が消えつつある中、時代の流れに取り残された男たちの物語です。世の中が変わるという端境期に、武士ゆえに戸惑い、葛藤し苦労する男たちの姿を、浅田さんらしい哀愁といたわりの心を持って描いています。急速に移り変わる時代、欧米の思想が入り込んできてそれまでのものを否定する・・・。決して、今までの精神的なものが悪いとは思いません。しかし、新しい時代というものは古いものと相対する立場をとっています。なんか大事なものまで失ってしまったのではないか、と思わされました。
収録されている作品に登場する男たちは、ただ不器用で武士道の精神を貫いて生きていました。そして、近代の垣根の前に、ともかくも乗り越えようと苦労している姿を見ると遠い昔のような気がしますが、明治維新という時代はそんなに遠い過去ではないのです。この物語を読んで、私たちが忘れかけている日本の心と言うようなものが感じられました。古きよき時代・・・このような話をしてくれる人の存在も、周りには少なくなってきました。今度は、自分たちが語り繋いでいかなければならないのですね。(03.3.1)
「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」 上・下巻
J.K.ローリング=作 ・ 松岡佑子=訳 ・ 静山社 ・ 評価★★★★★
魔法界のサッカー、クィディッチのワールドカップが行われます。ハリーたちを夢中にさせたブルガリア対アイルランドの決勝戦のあと、恐ろしい事件が起きます。そして、100年ぶりに開かれる三大魔法学校対抗試合に、ヴォルデモート(名前を言ってはいけないあの人)が仕掛けた罠は、ハリーを絶対絶命の危機に陥れます。しかも、味方になってくれるはずのロンに、思いもかけない異変が・・・(上巻)
クリスマス・ダンスパーティは、女子学生にとっては待ち遠しいのですが、ハリーやロンにとっては苦痛で仕方がありませんでした。ハーマイオニーのダンスのお相手は意外な人物。そしてハグリットにもパートナーが?!三校対抗試合の緊張の中、ロマンスが飛び交います。しかし、その間もヴォルデモートの不気味な影がホグワーツ城を徘徊します。ほんとうに怪しいのはだれか?難題を次々とクリアするハリーでしたが、最後の試練には痛々しい死が・・・(下巻)
上巻557ページ、下巻573ページという児童書にしては長編作でしたが、一気に読むことができました。物語の展開はテンポよく、内容も一段とパワーアップしていました。話の始めは、これから起こる不吉な出来事の兆候を示すように、不気味なものでした。そして、それが300キロも離れたハリーの身に襲い掛かってきます。ハリーの額の傷痕が激しく痛んだのです。以前、額の傷痕が痛んだときは、近くにヴォルデモートがいましたが、今回は夢の中の出来事でした。果たしてハリーの身に何が起こっているのか・・・読者は興味津々で物語の中に引きずり込まれます。しかも、親友のロンには口も利いてもらえない事態になり、ハリーは窮地に追い込まれます。
今回は、ハリーの初々しい初恋が描かれているということでしたが、意外とさらりと流されているように思いました。話の展開は、クィディッチのワールドカップに始まり、三大魔法学校対抗試合にハリーが出場するように巧妙に仕組まれた罠に嵌ります。難題を次々にクリアしながら成長していくハリーと、いつにもなく多彩な登場人物によって、物語は進んでいきました。ヴォルデモートの復活も見逃せません。今回は、見どころ、読みどころが満載です。一時も目を離せないテンポのよい話の展開は、きっとこれから読む方にもハリーと一緒に「悪」と戦う気分を満喫させてくれることでしょう。
4年目になるハリーの物語、今年第5作目「ハリー・ポッターと不死鳥の勲章」(仮題)が出ますが、一年に一度の出版を楽しみにしている方は大勢いると思います。その中の一人として、これからのハリーの活躍、そして成長を、またハリーを取り巻く人々の行方を楽しみに見守っていきたいと思います。今回も、ハリーには困難に立ち向かう「勇気」と人を思いやる「やさしさ」を教えられました。(03.2.5)
浅田 次郎 ・ 朝日新聞社 ・ 評価★★★★
「思い出せない。どうしても思い出せない・・・・。純白の花を咲かせる沙羅の並木道を歩きながら、椿山和昭は懸命に考えた。ここはいったい、どこなのだ。自分はどこに向かって歩いているのだ。」 遣り残したことが多すぎる・・・このまま"成仏"するわけにはいかない・・・突然死した冴えない中年課長は、美女の肉体を借りて七日間だけ"現世"に舞い戻ります。希むものは、愛する人々の幸せでした。朝日新聞夕刊連載の単行本化です。(2001年7月2日から2002年4月16日にかけて朝日新聞夕刊に連載されたものを、単行本化に際し、加筆・修正されたものです)
ちょっと奇抜な発想でした。今の時代を象徴しているような中年の過労死から物語りは始まります。死後の世界の入り口で、「このまま死んではならない事情」があれば再審査が行われ、初七日まで現世に戻ることが許されるのです。しかし、必ず守らなければならない三つの掟「制限時間の厳守・復讐の禁止・正体の秘匿」を破ると、待っているのは・・・・。椿山和昭は、「相当の事情」を認められ美女の肉体を借りて現世に戻りますが、そこで見たものは家族の意外な秘密でした。
突然の死に対して、人の未練を描いているこの小説は、ユーモアあり、人情あり、家族愛ありのユニークな作品です。自分がこの小説みたいに突然死したら・・・と考えると、他人事だとは思えなくなりました。この小説の主人公の気持ちが痛いほどわかりますが、小説に登場する人たちが死に対して恐怖心を持っていないのが不思議でした。でも、考えて見たら死んだ後のことを描いているので、死に対する恐怖心がないのは当然と言えば当然なんですよね。テーマは暗いのですが、少しもその暗さが感じられない一冊です。
もし、死んだあと初七日まで"現世"に仮の姿で戻れるとしたら、一体何をしたいかな・・・と考えてしまった自分がいました。今はまだ死の恐怖のほうが強いので、そのような仮定もぼんやりと思うだけですが、この本を読んだ人は同じように考えると思います。あなたならどんな時間を持ちますか?!(02.11.18)
浅田 次郎 ・ 徳間書店 ・ 評価★★★★
−沙高楼にようこそ。今宵もみなさまが、けっして口になさることのできなかった貴重なご経験を、心ゆくまでお話くださいまし。お話しになられる方は、誇張や飾りを申されますな。お聞きになった方は、夢にも他言なさいますな。あるべきようを語り、巌のように胸にしまうことが、この会合の掟なのです。−(本文より)
南青山の秘密サロン「沙高楼」。この会合のオーナーは、紫のサテンに満艦飾の宝石類をちりばめた大柄の婦人です。しかし、その顔は紛れもなく男性の骨格を持っていました。そう・・・女装をした「マダム」だったのです。功成り名を遂げた人々の口から、夜ごと語られる秘めやかな真実。「真実は小説より奇なり」、厳選された人々がのっぴきならない秘密を披露し合うのが、この会合の目的なのですが、それは驚愕の連続でした。(初出誌・「小鍛冶」問題小説1996年2月号/「糸電話」問題小説1999年8月号/「立花新兵衛只今罷越候」問題小説2000年10月号/「百年の庭」問題小説2001年7月号「ゴースト・ガーデナー」を改題/「雨の夜の刺客」問題小説2001年10月号)
人には、誰にも言えない秘密の一つや二つはあるものです。それを言うことは、勇気がいると同時に、胸につかえていたものが無くなります。「沙高楼とは、なるほど言いえて妙ですね」と出席者は言います。砂でできた高楼は脆く殆いものです。しかし太古から人々はみな、そこに幸福があると信じて高みをめざします。一瞬の幸福感を求めて集まる人々は、結局自分の毒を吐く代わり、他人の吐いた毒を呑まなければならないのです。沙高楼の綺譚会は、そうやって人々の吐く毒を共有しているのです。
ストーリーは、すごく興味深くミステリアスでした。はっきりした結論は描かれていませんが、消化不良で終わることも無く、読み手の想像性も十分に計算した展開で終わっています。浅田さん独特の描き方で、話の流れもよく久しぶりに面白い一冊に出会いました。(02.11.9)
木谷 恭介 ・ 光風社文庫 ・ 評価★★
製薬関係者で賑わう銀座のクラブの客で、国から研究開発費が出るほどの新進学者・森中が特殊な凶器で斬殺されました・・・。深夜の銀座・虚飾の密室に"だんじり唄"が流れて・・・淡路人形浄瑠璃再興に賭ける笹野夕子の情熱に動かされる名警部・宮之原の推理が連続殺人の闇を解き明かします。
名警部・宮之原さんは、机上の推理を働かせる人です。現場主義の方ではなく、職務上話を聞いて推理を働かせ事件を解決する設定で描かれています。設定上ある意味、物足りなさを感じ、説明が多いと感じるのは仕方の無いこととは思います。どっちかと言うと、好きなタイプの作家、描き方ではないのですが、案の定読んだ後は消化不良を起こしてしまいました。いまいちスッキリとしない謎解きでした。筋道はたっているのですが、無理があるような感じが残ります。どこがどのように・・・と言われても、ここがこのように・・と指摘できるほど印象にも残りませんでした。もっと読み込めばいいのかも